魔王からは逃げられない
書籍が4月30日にファミ通文庫様から発売されます。詳しくはファミ通文庫様ホームページや活動報告などをご覧ください。
魔王様の居られる魔王城。
つい最近召喚勇者なマサトくんにトラップを突破されたせいで、魔王様が本気出しちゃってるその風雲魔王城に、久方ぶりに幹部の一人であるデュラハンさんが帰還していました。
「さて、何か言い訳はあるん?」
「えーとですね……」
満面の笑みで問う魔王様から目をそらしつつ、正座したまま言葉を探すデュラハンさん。
勇者を監視しに行ったはずなのに、監視対象の報告をしなかったどころかこちらの本拠地にまで招いたせいで魔王様おこです。
その辺りはデュラハンさんも対応が後手になったのは自覚しているので、言い訳しろと言われても本当に言い訳しかできません。
「……魔王様ならマサトにも負けないと信じておりました!」
「アッハッハ。てい」
「ああーーーー。頭を回さないでください!?」
白々しいデュラハンさんの信頼に応え、彼の頭を独楽のように床で高速回転させる魔王様。
このままではデュラハンさんが摩擦で禿げてしまいます。
「まあな、あのマサトくんが私を殺すことは無いと判断したんやろうけど、それならそれで何で事前に連絡いれへんねん? 戦闘能力はともかく隙だらけやったやんあの子」
「そ、それはですね。むしろマサトの仲間が問題でして……」
「仲間?」
そういえばマサトくんがくつろいでいる間、魔王城の入り口でずっと待っていた連中が居たなと思い出す魔王様。
「……マサトの師匠がトール神なんです」
「……」
デュラハンさんの言葉を聞いて一時停止する魔王様。
トールという名の神様。日本人でも知ってる人は知ってる有名な神です。
「……トール神ってアース神族の?」
「はい」
「短気で後先考えず気に食わなかったらとりあえず殴ってから考えるアース神族の脳筋筆頭の?」
「はい」
「……」
まさかの情報に絶句する魔王様。
一方勇者様(本物)は相変わらず我関せずと紅茶を飲んでおり、ミラーカさんは「あらあら」と言いながらケルベロスの毛を三つ編みにしています。
「ちょっ白兎! 兎さーん!」
「はい!」
「うん、いい返事! 神様ってそんなホイホイ人間界に降りてきてええの!?」
「むしろ僕たち国津神は人間界がホームグラウンドです」
「そうやった!」
このお話にも頻繁に出てくる天津神と国津神ですが、知らない人向けに簡単に言うと天津神は高天原に住む神たちで、国津神はそれぞれの土地で祀られる土地神のようなものです。
ちなみにトール様たちアース神族にも実はヴァン神族という別の神族が混じってたりするのですが、細かい説明は割愛します。
「……というか兎さんは国津神なん?」
「……よく分かんないけど多分そうです」
そして自分でも自分がどんなカテゴリーなのかよく分かってないシロウサギ。
八百万もいるんだからそりゃどっちにも属さない神様も居ます。
「やっぱ日本は神様多すぎてよく分からんなあ」
「まあ多神教の神なんぞそんなものだろう」
「うんそうや……?」
知らない声で相槌を打たれ一瞬フリーズする魔王様。
「……」
ゆっくりと視線を向けた先には、なんか筋骨隆々とした髭面のおっさんが一人。
「誰やこのおっさん!?」
「わしか? 我が名はトール! 戦神にして雷神なり!」
魔王様のつっこみに応えるように名乗るトール様。
名乗りに合わせて室内なのに雷が落ち、魔王様お手製トラップが幾つか吹っ飛びました。
「室内で放電すんな!?」
「おっとすまん。ついテンションが上がってな」
どうやらトール様はテンションが上がると勝手に放電してしまうようです。
迷惑なので早く帰ってもらいたい所ですが、この空気読めない神がすんなり帰ってくれるはずもありません。
「まあ細かいことは気にするな。それよりも……そこの勇者!」
「……俺か?」
紅茶片手に傍観していたらいきなり呼ばれて、勇者様が面倒くさそうに立ち上がります。
「俺が信仰してるのはテュール神で、トール様とは特に繋がりはないはずですが」
「呆けるな。分かっているのだろう、わしの言いたいことが。貴様。何故魔王を放置している?」
「!?」
突然始まったやり取りに、魔王様をはじめとした魔族たちに緊張が走ります。
「……放置して何か問題が?」
「勇者は魔王を倒す。人間の都合で呼び出されたマサトはまだしも、貴様という勇者の役割はそれであり世界の理であろう。貴様にも分かっているはずだ。このような停戦になんの意味もない。人と魔族が相容れぬ以上、いつかは破綻する仮初の平穏だと」
「ッ……」
トール様の言葉に魔王様の顔が悲痛に歪みます。
魔王様にだって分かっているのです。いくら自分が強硬に人間との融和を推進しても、例えばサイクロプスさんのように内心では不満を持つ魔族は居なくならないのだと。
そしていつかその不満は爆発する。抑えきることができても、魔王様かあるいは人間側の指導者が変われば今の停戦もふいになる。
根本的には何も解決していないと。
「長き平和を勝ち取るならば、貴様がやるべきことは一つ。魔王を殺し、魔族を殺し、人の敵を残さず駆逐することのみ。何故それをやらぬ。わしを納得させる答えを出せぬのならば、この場で我が裁定の槌を受けることを覚悟せよ」
「……」
何も答えないまま、勇者様は視線を魔王様の方へと向けました。
「……」
そこには涙目で縋るように勇者様を見る魔王様。
ああこいつ結構よく泣くよなと思いながら、勇者様はトール様へと向き直ります。
「無能な敵は有能な味方に勝るから、のさばらせるのは当然でしょう」
「ちょっと待てやコラァッ!?」
いい雰囲気で守ってくれるのかと思ったらこき下ろされて魔王様激おこ。
背後でミラーカさんが声を殺して爆笑しています。
「アンタそんなつもりで……」
「何より」
文句を言おうとした魔王様ですが、勇者様の静かな、しかし強い言葉に遮られます。
「惚れた女を守る。その程度のことができなくて何が勇者だ」
「……はい?」
勇者様の言っている意味が分からなくて首を傾げる魔王様。
一方それまでのいかつい面が嘘だったように歪み、マジで笑う五秒前なトール様。
「……ぶあっはっはっは! なるほど道理だ! 惚れた女のついでに世界を守るか!」
大うけなトール様。煽るようなことを言っていましたが、魔王様が日本人な以上、何かあれば日本の神々とトラブルになること間違いなしなので、実は勇者様に少しでもその気があればむしろ止めるつもりだったのです。
でもどうしたら素直に本性を出すか分からないので、とりあえず脅してみた。脳筋の面目躍如です。
「それにこいつがやろうとしてることも、あながち無謀とも言えません。どうせ最後は争う事になるのだとしても、試しにやってみるくらい良いでしょう」
「覚悟はあるか。ならばわしもこれ以上は言うまい。ではさらばだ! 明日を担う者(勇者)よ!」
そう言って満足したのか来た時と同じように一瞬で消えるトール様。
ロキ様がやらかすたびに激怒していますが、自分もやってることは大概です。
「え、えーと、勇ちゃん? さっきの言葉って……」
「……」
一方顔を赤くしてもじもじしながら勇者様に問いかける魔王様。
勇者様はそんな魔王様を一瞥すると――。
「要するに私のことを……って!?」
――ダッシュで裏口目指して逃走を開始しました。
「……待てや!? 言い訳するならまだしも逃げるってアンタは小学生か!?」
「まあ男なんて幾つになっても子供なものよ」
全力で追いかける魔王様と笑いながらそれを見送るミラーカさん。
果たして勇者様は魔王から逃げるという世界の理を越えた偉業を成し遂げられるのか。
別に八回逃げるのに失敗してもクリティカルヒットが出るようにはなりません。
今日も魔界は平和です




