お米が足の裏に刺さった
脱穀。
稲の実の部分を茎から落とす作業なのですが、昨今ではコンバインが一瞬でやってくれるので実際にその作業を見たことのある人は少ないことでしょう。
古来より脱穀は、櫛のような道具で実を扱ぎ落すのが一般的であり、かなり手間のかかる作業でもありました。
その面倒な脱穀作業を一気に軽減したのが、誰もが聞いたことがあるであろう千歯扱きなのです。しかしその千歯扱きが登場したのは江戸時代と、日本の歴史を見ると結構最近だったりします。
そして大正時代には足踏み式の脱穀機が開発され、さらにそれに動力付けて自動化されちゃったりと、実は活躍期間が短かったりします。
技術が近代に入り加速度的に発展した一例として見ることができるかもしれません。
結論。コンバイン最強。
「でも確か脱穀って未亡人の収入源になってたんですよね。力が無くてもできるけど、人を雇いたいほど面倒くさいってことですか?」
「そうそう。扱き落したのが散らばったりもするしな、だからこそ気が利く女にやらせた方が向いてたんじゃないか? まあそこに登場したのが後家倒しなわけだが」
「ああ。これのせいで未亡人の仕事がなくなっちゃったんですよね」
スクナヒコナ様を肩に乗せたアスカさんが稲の束を叩き付けているのは、大きな櫛のような装置です。
これが千歯扱き。稲の束を叩き付け。そして引っ張って扱き落す画期的な脱穀装置です。
しかし実際にお米が白米になるまでには、さらにもみすりと精米という面倒くさい工程がまだ残っていたりします。
日本人は何故こんなに面倒くさい穀物を主食にしたのでしょうか。
お米が美味しいからに決まっているだろうが!?
「なあ、これ水車に櫛引っ付けて自動で脱穀できないかな」
「……唐突に凄いこと言い出すねサロスくん」
それまで黙々と脱穀作業をやっていたものの、やはり思春期の少年には刺激が無さ過ぎたのか素っ頓狂なことを言いだすサロスくん。
でも前述した足踏み式脱穀機が回転式な事を踏まえると、それほど的外れな発想でもありません。人はこうして楽をしようと新たな技術を生み出すのです。
人間は基本的にニートだってスーパー求道僧が言ってた。
「そういやアスカ。議会の方から技術指導の要請があったんだろ?」
フィト村に居ついてからマイペースに農作業に打ち込んでいるアスカさんとスクナヒコナ様ですが、その現代知識と時代を超越した神様知識で得られる成果は目を見張るものとなっています。
そのため中央の政治家たちもフィト村に着目し、その成果の立役者であるアスカさんに接触してきたのですが……。
「うん。何か偉そうな人たちが来て、国の研究機関に来いって言われたけど、間に入ったスクナヒコナ様を見て鼻で笑ったから跳び蹴りくらって肥溜めに突っ込んでたよ」
「むしゃくしゃしてやった。反省はしてない」
「何やってんだよオマエ!?」
国のお偉いさんへのスクナヒコナ様によるまさかの暴挙につっこむサロスくん。
ちなみに肥溜めに落ちると聞くとギャグのように聞こえますが、実際に落ちると窒息死したり病気になったりで結構高確率で死に至るので注意しましょう。
「いや、俺としては蹴り飛ばすだけで済ますつもりだったんだけど、ウンが悪かったな。肥溜めだけに」
「うるせえよ!?」
上手いこと言ったとばかりにドヤ顔なスクナヒコナ様につっこむサロスくん。
「でも私もこの村を離れたくなかったし、話に来た人の態度が悪かったから『教えてほしいならそっちが来やがれ☆』って言っちゃった」
「何やってんの!? 何やってんのおまえら!?」
お日様のような笑顔で毒を吐くアスカさんにさらにつっこむサロスくん。
日本人と神様が自重しないせいで異世界人のストレスが甚大です。このままではサロスくんが若くして禿げてしまいます。
「どうすんだよ、そいつらが圧力かけてこの村潰しにきたら」
「いやー、そりゃないと思うぞ。何せこの地方で有力なガルディア王国の王妃が日本人だからな」
「アスカと同郷ってことか。けどそれがどう関係するんだよ」
「今この村を潰して米の収穫を妨げたら、ガルディア王妃がケロス議会に殴りこんでくる」
「どんだけ物騒なんだよ日本人!?」
一国の王妃が他国の議会に拳一つで乗り込んでくると聞き、驚愕するサロスくん。
世界でも有数の温厚事なかれ民族である日本人ですが、食べ物が絡むと割とすぐマジギレするので取り扱いには気をつけましょう。
「日本人といえば、アマテラスから連絡が来たんだが、米の出来を確かめるためにドワーフ王国から日本人の料理人が来るらしいぞ」
「日本人が?」
同郷の人間が来ると聞き目を瞬かせるアスカさん。しかしその顔には歓喜よりも戸惑いが強いです。
「どうした?」
「いえ。料理人の方が来るんですよね。私お米なんて作ったの初めてだし、プロの方にも納得してもらえるような出来になってるでしょうか」
「……」
不安そうに言葉を漏らすアスカさん。そんな姿を黙って見ていたスクナヒコナ様でしたが、不意にアスカさんの横顔をペチッと叩くと、元気づけるように言います。
「心配すんな。おまえは要領が良いし作物をちゃんと丁寧に育てて愛情もこめてる。何よりこの俺が手伝ってるんだぞ。献上品にしたって良いくらいの出来に決まってるだろ」
「……そうですよね! スクナヒコナ様にまで手伝ってもらって不安だなんて言ったら罰があたりますよね!」
「……」
スクナヒコナ様の言葉に元気を取り戻すアスカさんと、罰があたるってそもそも肩に乗ってるやつが神罰(物理)下す立場じゃねえかと心の中でつっこむサロスくん。
今日も異世界は平和です。




