無宗教とは何だったのか
地鎮祭。
日本において工事や建築などを行う際に、その地の神に土地を利用する事を許してもらうための儀式なのですが、一般的には単に安全祈願として行われる事が多いです。
この地鎮祭をやらないなら工事は請け負わないという業者も多く、無宗教と思われがちな日本人が実は信心深いことがよく分かる事例でもあります。
そして異世界にて、そんな地鎮祭をやっちゃってるお爺ちゃんが一人。
「……はい。略式ですがこれで終了です。あとは皆で御神酒を頂きましょうか」
そういって穏やかな笑みを浮かべるのは、意識高い系エルフたちに呼び出され、何か色々教授してくれと無茶ぶりされた梁井イサオさんです。
見るからにご高齢のお爺ちゃんですが、その顔には楽しそうな笑みが浮かび生気が満ち溢れています。
どうやら退屈な老後を送る予定だったイサオさんは、異世界に来てかなりはっちゃけているようです。
「ふむ。これが地鎮祭というものですか。精霊たちも喜んでくれているようです」
そしてそんなはっちゃけた儀式でも効果があったことを告げるのは、意識高い系エルフの一人であるフィデスさんです。
一見すると二十歳前後の青年ですが、実年齢はイサオさんとタメだったりします。そのため何かとイサオさんに絡み仲の良い友人となっているのです。
「そうですか。なら色々と代用してでもやったかいがあったというものです」
そんなフィデスさんに言われ、イサオさんは安堵しながら御神酒代わりのワインを飲みます。
地鎮祭というにはフリーダムにも程がありますが、その土地に合わせてアレンジしても良いじゃない。日本人だもの。
因みに前述したように日本では地鎮祭を行わないと作業を嫌がる施工業者が多いので、教会を建てる際などにも地鎮祭は行われたりします。
そのため教会関係者と工事業者の間で、地鎮祭を行うのか教会の儀礼にのっとった地鎮祭のようなものを行うのか、激しいバトルが繰り広げられることもあるとかないとか。
もう両方やっちゃえよ。
「しかし……井戸を掘るのにこれほど大掛かりな装置が必要なのですか?」
「もちろんです。むしろこれで簡略化されているほうですよ」
そう言って二人が見上げたのは、何かでっかい車輪やら棒のついた大掛かりな台座です。
これは上総堀りと言われる井戸を掘るための装置であり、弓のような形をした木材や竹の弾力を利用し、少ない力で井戸を掘ることのできる画期的な装置なのです。
日本では機械式の掘削機の登場により姿を消していった技術ですが、人力で井戸を掘るならば現役の技術であり、今でも発展途上国などに技術指導を行っていたりします。
では何故そんな上総堀りをエルフの集落でやってるのかというと――。
「いやあ、一回自分でもやってみたかったんですよね。予算はそんなにかからないんですが、うちの学生はノリが悪くて誰も手伝ってくれなくて」
イサオさんの趣味でした。
それで良いのかと言われそうですが、エルフの人たちは水なんか近くの川で汲めばいいやと井戸を作って無かったので丁度良かったのです。
イサオさんが趣味に走りエルフが恩恵を得る。
正にWinWinな関係です。
「それでフィデスくん。井戸掘りに成功して水が確保できたら、今度は色々な紙を作ってみようと思うのですが」
そしてWinWinで誰も止めないのを良いことに、知識やら技術の教授を夕日の彼方に投げ捨て趣味に全力投球しちゃってるイサオさん。
今日も異世界は平和です。
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「あうー……」
一方高天原。
いつも平和なその場所で、何故かアマテラス様が畳の上でへたれています。
「……どうしたのですか姉上?」
「疲れた。何なのあのエルフ2号。こちらを敬いながらも自分の主張は曲げずにしかも強硬に押し通してくるとか」
「ああ、アレは焦ると周りが見えなくなるタイプですね。というか変な呼び方をしないでください」
どうやらアマテラス様は、意識高い系エルフ筆頭であるイネルティアさんを相手にしたせいで精神的疲労がたまっているようです。
リィンベルさんも言っていたように、協調性があるようでいて自己中心的で我侭だから仕方ありません。
「まあ、あのエルフの信仰は、どちらかというと姉上よりトヨウケヒメ等に向けられているのではないでしょうか。食で忠誠を誓ってしまうような食い意地のはりっぷりですからね」
「……ちょっと全国に『アマテラス様は料理も得意』って宣伝してきて」
「堂々と嘘を宣伝しないでください。しかも自分でやらないで私にやらせないでください」
良いことを思いついたとばかりに輝く笑顔で言うアマテラス様と、今日も沈着冷静につっこむ百合好きなツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。




