スクリュードライバー(投げ技ではありません)
日本酒。
日本の中でも特に清酒を指すのですが、近年ではその消費量は落ち込んできています。
特に若者の間では日本酒よりもワインや焼酎が好まれ、日本酒は飲まないという人が多いそうです。
つまり作者は若者では無い可能性が微レ存(確定)
誠に遺憾である。
「むー、これじゃこの味。米からこれほど濃く旨味のある酒ができるとはのう。いやはや奥が深い」
夜も更けた安達家。幾つかの料理を肴に日本酒を堪能しているのは、ドワーフのオグニルさんです。使い慣れていない箸をぎこちなく動かしゴボウの唐揚げを口に放り込み、一気にお猪口の中身を飲み干します。
「うむ。わしとしてはちと味が薄くも感じるが、それでも飲まずにはおられぬ深みがある。まことこちらの酒は質が良い。わしの国のワインなぞ、雑味が多く飲めたものでは無かったのでな」
そしてそんなオグニルさんに同調するのは、元皇帝なグライオスさんです。
最も多くの地域で飲まれているとされるワインですが、中世ヨーロッパでのそれは質の良いものは少なく、防腐剤などの添加物も含まれ決して健康に良いものでは無かったそうです。
特に鉛糖と呼ばれる鉛を酢酸で溶かしたものがよく混ぜられており、多くの健康被害をもたらしたと言われています。
かの有名な音楽家であるルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンもワイン好きで知られていますが、近年の研究で彼の難聴の原因は鉛中毒であったことが分かったそうです。
そんな代物を好みでないと切り捨てる辺り、グライオスさんも本能的にその危険性に気付いていたのかもしれません。
流石は野生の勘で生きているワイルド系皇帝です。
「いやはや、確かにこれは抗いがたい魅力がある。ワインは神の血である等と言う言葉がありますが、これぞ正に神の恵みですな」
さらに賛同してきたのは、最近信仰対象をゼウス様からアマテラス様に鞍替えした中年神官ナタンさんです。
他の二人より酒に弱いらしく顔が真っ赤になっていますが、それで良いのか神官とつっこむのはやめてあげましょう。
今のナタンさんは様々なものから解き放たれアイアムフリーダム状態なのです。
――もう何も怖くない。
「おーい! つまみが無くなってきたぞ! はよ持ってこい!」
「やかましいわ!?」
盛り上がるおっさん三人。そんなおっさんどもを一喝しているのはダークエルフなリィンベルさんです。
珍しくエプロンを身に着け、出来上がった料理を運んでいます。
「子供たちはもう寝ておるんじゃ。騒ぐのも程々にせい。それを食って満足したらさっさと寝ておけ」
「あっはっは。怒られてしまいましたな」
「何、美女に怒られるのも一興よ」
「わしはもっと太めの女子が好みじゃのう」
「……〆るぞ貴様ら」
反省の色零なおっさんども。まるで駄目な男の見本市です。
「……楽しそうだな」
「ああそうじゃな。生きるのが楽しくて仕方ないじゃろうな、あの手の頭のネジが吹っ飛んだ馬鹿どもは」
相変わらず表情を崩さず静かに言うマカミさんに、リィンベルさんはうんざりしたような顔で返します。
未成年のシーナさんに酔っぱらいの相手はさせられないと自ら世話役を買って出たのですが、そのあまりの馬鹿っぷりにそろそろ堪忍袋の緒が切れかけているようです。
「リィンベル。先に休んだらどうだ。片付けくらいなら俺にもできる」
「む、そういえばおぬしは飲んでおらんのか。酒が飲めぬ歳でもあるまい」
「……俺は下戸なんだ」
「……意外じゃの。あれだけ大食いなのじゃから、酒もいけるのかと思っていたのじゃが」
そういうリィンベルさんですが、食事量と飲酒量は比例するなんて事例はありません。
ついでに犬や猫は人間に比べてアルコールへの耐性が低いので、興味本位で飲ませたりしてはいけません。
日本酒ならお猪口一杯でも致死量に至る可能性があります。ペットに晩酌に付き合ってもらいたい人も居るでしょうが、一緒に飲むのは絶対にやめましょう。
「俺は犬ではなく狼なのだが」
地の文につっこまないでください。
「まあそういうことなら後は任せるかの。ではわしは先に休むが、大概にしておくのじゃぞそこの男ども」
そう言ってリビングを後にするリィンベルさんでしたが……。
「おお、何じゃもう寝るのか」
「仕方あるまい。リィンベルも結構な歳であるからな」
「あっはっは。確かにお年寄りは寝る時間ですな」
「……」
――ブチィッ!!
堪忍袋の緒がキレる音を初めて聞いた。そう後にマカミさんは語ったそうです。
「では、後始末は任せたぞマカミ」
「……念のため聞いておくが、俺がやるのは始末ではなく片付けだな?」
静かになったリビング。そこには物言わぬ氷像が三体。
……今日も日本は平和です。
・
・
・
一方高天原。
神様にお供えするものと言えばお酒も含まれますが、これはお酒と神様に密接な関係があるからでもあります。
そもそも古くは酒造りというのは神事の一環とされており、自然への敬意を表した儀式でもあったのです。
同時に清酒という名前からも分かるようにお酒は清らかなものとされており、それを神様と一緒に頂く祀りがやがて民衆にも広がり、そして祭りになったと言われています。
「しかし姉上は梅酒が好きですね」
「ん?」
氷の入った梅酒をぐいーっと一気に飲み干すアマテラス様。
姿だけ見ると犯罪ですが、神様なので問題ありません。
「ぷはっ。んー、他のお酒も飲めるけど、あんまり美味しくないし。ビールとか苦いからおつまみ無いと飲めないし」
「……なるほど」
要はアルコールは平気でも舌が子供だということでしょう。しかしそれを口に出すと間違いなく拗ねるので、素直に納得しておくツクヨミ様でした。
因みに梅酒は女性が好みアルコール度数も低めだと思われがちですが、市販の薄められたものでも10%を越え、自家製なら軽く20%を越えます。
これはアルコール度数20%以下の果実酒を作ることが法律で禁じられているからであり、そもそもアルコール度数が低いと果実がすぐに傷んでしまうからでもあります。
飲みやすいのにアルコール度数は高い。正に日本のレディーキラーです。
「何にせよ飲みすぎないでくださいね。酔いつぶれた姉上を布団まで運ぶのは嫌ですよ」
「ふーんだ。いいもん。ツクヨミが運ばなくてもトヨちゃんが運んでくれるもん」
「それは是非見た……あまりトヨウケヒメに甘えないように」
ちょっと本音が出かけたいつも沈着冷静百合好きなツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。




