だが私は謝らない
カレーライス。
本場インドのそれとはもはや別物となっているそれですが、そもそも日本に伝わったのはヨーロッパを経由した所謂英国式カレーなので、別物なのは仕方ない一面もあります。
前述したように厳密にはインドにカレーという料理は無く、スパイスを使った煮込み料理が外国人の思うカレーに相当する料理です。そのカレーを食べやすくするためにカレー粉を生み出したのが、フィッシュ&チップス(油が……あぶらがああ!?)で有名なイギリスなのです。
因みに前回「日本人は何でもご飯にかけたがるから仕方ないね☆」とほざきましたが、イギリスからフランスに伝わった時点でライスにカレーをかけたカリー・オ・リなる料理が生み出されていた事が先日発覚しました。
……オレにだって……わからないことぐらい……ある……。
「……何だかこのカレー甘くありませんか?」
そしてそんなカレーを一口食べて疑問を漏らすツクヨミ様。食べてる場所(高天原)含めてミスマッチ過ぎる光景ですが、日本の神様なので仕方ありません。
「むがー!?」
「あれ? ああ、すいませんツクヨミ様。アマテラス様にお出しするのと間違えました」
「なるほど。姉上は甘口しか食べられませんからね」
「あがー!?」
トヨウケヒメ様の言葉に納得し、カレー皿を横にのけるツクヨミ様。因みにアマテラス様が甘口しか食べられなのは辛いのが苦手だからであり、決して子供舌だからではありません。頑張れば中辛くらい余裕で行けます。
「もがー!?」
「ところでツクヨミ様。先ほどからお隣で簀巻が呻いて転がってるのはスルーですか?」
「……」
トヨウケヒメ様に言われてツクヨミ様が嫌そうに視線を向けたそこには、縛った上に口枷をはめられ転がされているマッチョな実の弟が一人。
目が合うと珍しく本気で助けを求めてきましたが、ツクヨミ様は黙って首を振るとため息をつきました。
「全力で流そうとしたのですが、こんなでかぶつが流れるはずがありませんでしたね」
「ツクヨミ様もしかしてスサノオ様のこと嫌いですか?」
「嫌いではありませんが、スサノオにこんなことをできるのは母上くらいでしょう。私は巻き込まれたくありませんよ」
「いえ、やったのはアマテラス様です」
「……何ですって?」
予想外の事実にツクヨミ様が目を見開きます。
いつもスサノオ様にからかわれ、猫の子のように首根っこを掴まれているアマテラス様がこのマッチョを簀巻に。一体何が起きたのでしょうか。
「実はスサノオ様がアマテラス様の鮑を勝手に食べてしまって」
「ああ、それはもう完全に地雷を踏み抜きましたね」
実はアマテラス様は鮑が大好物だったりします。
アマテラス様の御杖代である倭姫命が神宮を建てる場所を探しているときに、海女さんに鮑を分けてもらい「これは是非アマテラス様にも食べてもらいたい」と思い、伊勢神宮に鮑が献上されるようになったと言われています。そして伊勢に鎮座して以来二千年。ずっと鮑は献上されているのです。
つまりスサノオ様は、二千年も飽きもせずに鮑を食べ続けていた鮑馬鹿もといアマテラス様から鮑をかすめ取ったのです。もうこのまま川に流されても文句は言えません。
「で、肝心の姉上はどこに」
「台所に行かれました」
「何故に?」
スサノオ様を放置して台所へ。関連性が分からず首を傾げるツクヨミ様ですが、そんなツクヨミ様の疑問に応えるように後ろの衾がスパーンッと開きます。
「お待たせー! あ、ツクヨミもう来てたんだ」
「お先に頂いています。それよりその手に持っているのは……」
「ん? 胡瓜だよ」
胡瓜。皆さんにも馴染みがある野菜ですが、実はその90%が水分であり含まれる栄養素も雀の涙程度というある意味奇跡の野菜でもあります。
水分が多い故に暑い地方では需要がありましたが、日本では近年になるまで人気の無かった野菜でもあります。
「で、そのキュウリをどうするおつもりですか」
「スサノオに食べさせる」
「……」
ある意味予想通りな答えにツクヨミ様が瞑目します。
実はスサノオ様はキュウリが嫌いであり、スサノオ様の祀られている一部神社周辺ではキュウリの栽培すらご法度だったりします。
一説にはスサノオ様が窮地に陥った際にキュウリ畑に逃げ込み難を逃れ、それから胡瓜を神聖視し食べなくなったと言われています。
また別の説では、雷に驚いたスサノオ様がキュウリ棚に突っ込み、棚柱が片目に直撃し失明したからだと言われています。
キュウリ悪くないじゃんと言いたくなりますが、変な所にとばっちりがくるのが古今東西の神話のお約束なので仕方ありません。
「しかし口枷をしたままでは食べさせられないのでは?」
「口のところが開くタイプだから大丈夫。こうやって無理やり口を開かせて何度も味合わせるように出し入れして……」
「変なプレイにしか見えないからやめてください」
無理やり口を開かされ棒状の長いものを出し入れされるマッチョ。一部の層に需要がありそうですが、少なくとも作者はそんなものを詳しく描写する性癖はありません。
「じゃあキュウリの風味が分かるようにみじん切りにして流し込もうか。はいスサノオ、あーん」
「もがー!?」
アマテラス様からの「あーん」攻撃にスサノオ様が歓喜の声を上げています。
泣いているように見えるのは気のせいです。お姉ちゃんの手料理が不味いわけがありません。
「普段大人しい方が怒ると怖いですね」
「姉上は別に大人しくないでしょう。この場合は食べ物の恨みは怖いでは」
そして姉弟のスキンシップを生暖かく見守るツクヨミ様とトヨウケヒメ様。
今日も高天原は平和です。




