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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第四章、始源祭

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42、星乙女亭

 プリムローズの知っている御伽噺では、星乙女と森の精霊は親友だった。だが、この人形劇では恋人になっていた。乙女が森の泉に通い、森の精霊とたわいのない話を交わす。乙女は森を、精霊は人の暮らしを知ってゆく。


 ある時、乙女と精霊は話に夢中ですっかり夜になってしまった。


「枝の隙間をご覧なさい」


 精霊が歌う。


「月の船は蒼白く、星の海を渡ります」


 精霊は乙女の髪に手を伸ばす。


「その銀色の星々が、貴女の髪を飾ります」


 精霊の茶色と緑の斑模様の柔らかな指先が、乙女の金髪を優しく梳く。


「滑らかで輝かしいこの髪は、いつも私の胸を満たしてくれる」


 精霊の声は次第に高まり、情熱が迸る。


「あなたの微笑みは梢を渡る風、穏やかに優しく」


 精霊の片腕は乙女の肩を抱き寄せる。


「あなたの可愛らしい足は、そっと静かに苔を踏む」


 精霊は乙女に頬を寄せる。


「あなたの白い手で、花は開き木々は震える」


 2人は寄り添いあって枝葉の隙間から空を覗く。


「瞳に宿る真実は、何よりも尊い宝物」


 強く、甘く、そしてなお明るく爽やかな精霊の歌声が広場を満たす。フォレストとプリムローズが灯した魔法灯の光が、幻想的に舞台を彩っている。


「星降らせ、夜の森、幸せに、我が乙女」


 精霊の茶色い瞳に愛が煌めく。


「金の巻き毛の星乙女、わがあけの星、わが宵の星」


 精霊はついに乙女を掻き抱く。二重唱が始まる。


「わが命の導きよ」


 と精霊が呼び掛ければ、


「わが魂のほぎうたよ」


 と乙女が応える。


 そこから先は2人一緒に歌い出す。2人の歌は森の命と太陽や風、月や星の美しさを語る。最後は精霊と人と、それぞれの営みの素晴らしさを高らかに歌い上げた。




「心から幸せが湧き上がる」


 星乙女の独唱に移った。いよいよクライマックスだ。


「この幸せが歌になる」


 妖精楽団が派手な伴奏で盛り上げる。笛は伸びやかに音の階段を登り、竪琴は細やかな足の運びを思わせる。太鼓も活き活きとついてゆく。


「風よ、夜の運び手たちよ、おいで、共に歌おう」


 乙女は精霊と手を取り合って風に乗る。舞い上がる乙女の金髪とマントがふわりと広がる。乙女が精霊と過ごした森の日々を歌いながら、森を抜け、山を降り、草原の空を泳ぐ。


「連れて行って私の村に」

「着いて行こう君の村へ」


 また二重唱に戻り、そろそろフィナーレだ。魔法の背景は次々に変わる。2人が星空を飛び、眼下には村が見えてきた。


「星降らせ、我が乙女」

「幸せを、我が村に」



 森の精霊が星と呼ぶ

 金の巻き毛の麗し乙女

 その金の毛に星を受け

 不思議の力を身に宿す


 魔法使いの始祖(おや)として

 星降らせ 幸せ降らせ

 エイプリルヒルの村

 乙女の故郷


 幸せに溢れたその村は

 豊かに栄え国となり

 今に伝える不思議の力

 魔法使いの始まりは

 幸せ降らせ、星降らせ

 緑の森の精霊の

 愛し麗し星乙女


 栄えあれ エイプリルヒル

 誉れあれ 星乙女

 不思議の乙女の幸せの国

 星の乙女の春の国

 星の乙女の春の国



 妖精楽団の歌はことばを終えて、華やかに明るく妖精の楽器を鳴らす。舞台の周りには魔法の光が花のように広がる。魔法の火が空高く駆け上り、弾けて花が咲く。

 人形劇の観客席から拍手と歓声が沸き起こる。


 プリムローズは涙を流す。水晶宮の老魔法使い好みの華々しい光の絵巻が、広場の夜空いっぱいに広がる。しばらくは拍手が鳴り止まず、水晶宮のお爺さんは白く長い髭を扱いて腰を折る。


「ではまた来年、皆の衆!」


 老魔法使いは両手を高く上げる。銀の光と緑の葉がくるくると渦を巻く。観客たちが見守る中、金糸きらめく縁取りも鮮やかな藍色のマントが翻る。


「さようなら、お爺さん!」


 プリムローズも夢中で叫ぶ。


「新年に!新しい大魔法使いよ!」


 お爺さんは大声で答えると、春の空に消えていった。



 水晶宮の老魔法使いを見送って、フォレストはプリムローズに手を貸しながら立ち上がる。


「リム、ジルーシャさんのノートを買いに行こうか?」

「ええ!」

「あの鳩のやつが残ってるといいな」

「そうね」

「慌てて騒ぎの方へ行っちまったから、取り置きを頼むことも出来なかったしな」

「残念だけど、仕方ないわよ」


 飴細工の動物が動き出した騒動で買い損なった、ジルーシャの刺繍ノートのことである。ティムは自分の屋台を片付けている。始源祭は1日限りのお祭りだ。


「先に星乙女亭に行っててねー」

「ああ、刺繍屋台に寄ってから行く」

「私は席を取っておきますね」

「マーサありがとう!気がきくねぇ」

「たいしたことじゃございませんよ」

「そういうとこ、好きだなあ」

「ありがとうございます」

「それじゃ後でな」

「ええ、後で」

「なるべく早く行くよー」


 マーサは一足先に星乙女亭へと向かい、姫と魔法使いはジルーシャの出店に行く。


「だんだん店仕舞いなのね」

「そうだなあ。人形劇が終わればみんな帰るからな」

「急がないと刺繍屋台も終わってしまうかしら」

「かもな」

「星乙女亭は混むの?」

「けっこう混むぜ」

「あんまり席とり長くするのはご迷惑よね?」


 プリムローズはお城から離れないとはいえ、下働きたちの食堂や洗濯場にまで出没する姫である。庶民の生活もそれなりに予想がついた。食堂には席とりという文化があることも知っている。

 プリムローズが普段着くのは、席次の決まっている王侯貴族の食卓だ。だが庶民のテーブルマナーも、料理長と仲良しなのでよく分かっていた。


「ノート一冊買う暇ぐれぇあるさ」

「買うものは決まってるしね」

「そうだな」

「急ぎましょ」


 道沿いに並ぶお祭り屋台は魔法灯の光に照らされながら、荷物を纏めて帰る準備をしている。街の外から来た人たちはその場に荷物を残して宿に帰る。


「あら、もういないわ」


 ジルーシャの屋台があった場所に来てみれば、すっかり片付いて跡形もない。


「悪かったな」

「あら、いいのよ」


 プリムローズは、しょんぼりした菫色の瞳を見上げる。


「今日は楽しかったし、一緒にいられたからいいわ」


 フォレストは、もじもじしながら伝えてくるプリムローズを可愛いなと思う。


「さ、早く星乙女亭に行きましょ」

「あ、ちょっと待て」


 フォレストは柔らかな白い手を引くと、足速に片付け途中の店先を目指す。



 到着した屋台には、しまい残したブローチがあった。ミニチュアのランタンや丸く編まれた小さな金属の籠が、ペンダントやブローチになっている。


「これ、もしかして魔法灯なの?」

「よくわかったな」

「おじさん、まだ買えるかしら?」

「いいよ」

「ありがとう」


 プリムローズは、菫の飾りが付いている水色のランタン型ブローチを選ぶ。親指の爪ほどのランタンは、中に魔法の火を灯す受け皿のような仕掛けが見える。代金を払って品物を受け取ると、フォレストが姫に聞く。


「炎は何色がいい?」


 フォレストが魔法の火を灯してくれるようだ。


「銀!銀がいいわ。レシィの髪の色よ」


 プリムローズは迷わず答える。フォレストは照れながらも指先を振ってミニチュアランタンに灯を燈す。小さいが明るい。これなら夜道も安心である。だが、顔の近くにブローチを留めると眩しすぎる。明かりそのものの強さもあるが、お散歩ドレスの襟につけた虹色ブローチに反射してしまうのだ。


「レシィ、ボンネットにつけてくださらない?」

「いいぜ」


 魔法の火なので、帽子が焦げたりリボンやプリムローズの巻き毛が燃える心配はない。フォレストは菫色のボンネットのサイドに、水色のミニチュアランタンを留めつける。プリムローズが歩くにつれて銀の炎が揺れる。金属の微かな音も加わって、石畳の街にまるで妖精の鱗粉を撒いてゆくようだ。



 2人は仲良く手を繋ぎ、細道を抜けて階段坂の下に出る。先の見えない急な石段の下に入り込むように、大衆食堂「星乙女亭」は建っていた。石壁から路に飛び出した黒い鉄の腕木は、カールして複雑な模様を作る。そこには星乙女の姿が隠されていて、魔法の街路灯に浮かび上がる。


「ここだ」

「お外にもテーブルがあるのね」

「テラス席だな」

「お空が見られるわね」

「今日は満席だな」

「人気なのね」

「普段もけっこう埋まってるな」

「みんなグループみたいね?」

「この店のテラス席は団体専用だから、空いてても1人2人じゃ使えねぇんだ」


 テラス席にはほろ酔いの集団や若い女性のグループがいた。温かな灯りを漏らす窓辺には、見つめ合う恋人たちが見えている。窓を取り囲むように取り付けられた鉄枠には、月光に映える赤い花が絡まっている。花びらが巻き込むように重なる香りの良い花だ。


 扉はフォレストがゆとりを持って通れるくらいの大きさだ。藍色に塗られた細い板が、鉄の横木で止められている。フォレストがぐいと内側に押して扉を開ければ、途端に明かりと喧騒が溢れ出す。



「マーサよ」


 奥のテーブルで手を振る人を見つけて、プリムローズがフォレストに囁く。


「リム、ここじゃ大きな声ださねぇと聞こえねぇよ」


 プリムローズは、魔法で伝えることも考えた。しかし、煩いほどの笑い声が反響するこの店では、大きな声もいいなと思う。天井はうんと高く、太い梁が露出している。丈夫そうな鉄の鎖が鋲で梁に留めてあり、そこには魔法のランタンが幾つも下がっていた。


「灯りの魔法使いが居るのかしら」

「ああ、ここは城の魔法灯係の実家なんだよ」


 プリムローズは驚きの声をあげる。魔法灯係は、昼過ぎからお城の魔法灯を点けてまわるのだ。広いお城の隅々まで明るく照らす沢山の魔法灯を、全て1人で灯して歩く。

 灯りの魔法しか使えないので、移動は主に徒歩である。城にしてはこじんまりしたエイプリルヒル城ではあるが、それでも隈なく歩き回れば数時間はかかる。


 一区画まとめて点けられる一般区はまだ良い。王族居住区はひとつひとつ丁寧な点灯が義務付けられているのだ。その他に城下町の実家にまで魔法灯を燈しに来るとは、負担も大きいことだろう。


「毎日点けにくるの?大変じゃない?」

「城の灯りを全部点けた後で来るらしいからなあ」

「ちゃんと眠れているのかしら」

「昼寝していいらしいぜ」

「あら、案外気楽なのね」

「魔法使いだからな」


 テーブルの間を踊るような足取りで、派手なエプロンの男女が通る。緑色に星乙女の刺繍が大きくついていて、下半身を覆う長さがあった。二重に巻いた腰紐はお腹の前で蝶結びになっている。大きめのポケットには、紙で先を包んだフォークやスプーンが入っている。


 エプロン姿の男女は、大ぶりのジョッキを片手で幾つも掴んで運ぶ。皿も片手に5枚は持っている。運ぶ道すがら、あちこちからかかる注文の声にも対応するのだから驚きだ。曲芸のような給仕たちは、星乙女亭の名物でもあった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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