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姫は猫、魔法使いは大男  作者: 黒森 冬炎
第三章、虹色のブローチ

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27/80

27、フォレストは桜草愛好家倶楽部に敵認定される

 フォレストの熱情が、落とされる唇からも巻き毛を分ける指先からも伝わってくる。


「わたくし、もうディナーの着替えをしなくちゃ!」


 姫は慌てて猫になり、フォレストの腕から飛び出した。


「ぐほっ!いてっ」


 仔猫と雖も後足で蹴る力は強い。しかもフォレストの胸を蹴る時、自然と爪が出たようだ。


「ごめんなさいっ」


 姫は猫のまま叫びを残す。


「喋れるようになったのかよ!」


 フォレストは思わず棒立ちになり、長毛仔猫は西陽の彼方へ飛び去った。


「フッ、可愛い」


 フォレストは目元を赤らめ、唇を緩めた。



 翌朝の朝食後、フォレストが堂々と扉を開けて姫の部屋に訪ねて来た。マーサが居るのをものともせず、フォレストはプリムローズを抱き寄せる。


「おはよ」


 ふわりと肩を寄せ、唇、こめかみ、頬、そしてまた唇と、そっとキスの雨を降らせてゆく。


「会いたかった」


 最後にぎゅっと抱きしめて、しばらくじっとしていた。


(ひゃあーぁ)


 プリムローズは何が起きたか解らなかった。マーサは卒倒しそうになっている。


「認定試験、今日でいいか」

「え?もう?」


 肩まで真っ赤に染めながらも、プリムローズは正気を取り戻す。


「早い方がいいだろ」

「そう、かしら?」

「試験官俺だし、いつでもいい。受ければ受かる」

「えっ、不正」

「何言ってんだ」

「え、試験官俺だから受かるって」

「チッ、変なとこ繋げんな」

「ごめんなさい」


 フォレストは顰めっ面になるが、姫のなよやかな肩は包んだままだ。プリムローズは、やはり完全に正気ではなさそうである。フォレストの言葉をきちんと聞けていない。


「リムは事実上、大魔法使いだから」

「ありがとう」

「魔法認定試験なんざ、そんなもんだ」

「もしかして、受ければ全員受かるの?」

「まあな。魔法使いの権利取らねぇと面倒臭ぇから受けるだけだしな」

「そうなの」


 フォレストは、気が抜けたプリムローズも可愛いなと思う。肩に回した腕にぐいと力を込めて、腰を屈める。少し首も傾ければ、ふっくらとした小さな唇が見える。菫色の瞳に焔が揺れる。


「いけませんよ!程々になさってください!」


 マーサが叫ぶまで、フォレストはプリムローズのあちこちに軽く唇で触れ続けた。



 さて、マーサに怒られた2人は魔法省に向かう。城の一画にある小さな官舎は、魔法使いならフリーパスの扉から入れるようになっていた。プリムローズは認定試験志願生だが、フォレストの連れなので問題なく入る。


「よう、カスケード、認定試験するぞ」

「フォレストさん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「申請は国王陛下より承っております」

「おう、よろしくな」


 扉脇の総合受付には、お堅い雰囲気の男性が座っていた。きっちりかけた眼鏡は、緩いカーブを見せる水色の金属フレームだ。フォレストよりは暗い銀髪を短めに整えて、姿勢正しく対応する。


「姫様、この度はおめでとうございますっ!」


 それまで出していた堅苦しい低音の美声が、突然に上ずる。ギョッとしたフォレストに、みるみる眉間の皺がよる。カスケードは冷たい灰色の瞳をしていたが、それも熱を孕んで豹変している。


「えっ?まだ受けてませんわ?」


 カスケードから向けられる火力の高さに、プリムローズは思わずフォレストの腕にしがみつく。


「受験申請は、確実に合格する人しか出来ませんよっ!」


 カスケードが受付カウンターに身を乗り出す。フォレストとプリムローズは同時にのけぞった。


「姫様はいきなり虹色ブローチ受験です、なんと素晴らしい!」

「ありがとう」

「試験申告者は大魔法使い一名、透明ブローチ一名」

「間違いない」

「しかもただの透明ブローチじゃない」

「そうなの?」

「なろうと思えば虹色も確実と言われる魔法細工師のティモシーさん!」

「まあ、ティムは透明ブローチなの。知らなかったわ」

「おお!愛称で呼ぶ間柄なのですねっ」

「チッ」


 プリムローズがティムに対して尊敬の色を見せる。フォレストはプリムローズが掴まっている腕をギュッと自分に引き寄せた。


「ティムはどうして虹色にならないの?」

「魔法細工以外に興味がないからだろ」

「素晴らしい推薦者を得るとは、さすが、我等のプリムローズ姫!」


 カスケードは姫を拝み始める。フォレストが舌打ちを響かせた。


「チッ、さっさと受付済ませろ」

「はい」


 カスケードの温度が急速に下がる。むしろ敵意が見えてくる。


「チッ」


 フォレストは苛立つ。


「では、大試験場をご利用下さい」


 カスケードはフォレストを冷たく睨む。


(この方、どうしちゃったのかしら?)


 プリムローズは不審を抱く。


(レシィは大魔法使いよ?下手な対応をしたら危ないんじゃない?お城の魔法相談に乗ってくれなくなるかも)



 フォレストはプリムローズを伴って試験場に移動した。官舎は特に装飾もなく、防腐処理だけ施された木造3階建てだ。廊下の突き当たりにある階段は、一段ごとがやや高い。魔法使いは皆せっかちなのだろうか。


「魔法省の連中は、事務員と魔法相談員とに分かれてる」

「そう」

「事務員は魔法使いじゃねえ」

「あら、そう?」

「中央人事で本人の意思とは関係なく配置されてる」

「えっ?」

「中にはカスケードみてぇに魔法使いを蔑視してやがる奴もいるのさ」


 フォレストは不機嫌を隠そうともしない。

 三階の中程に大試験場はあった。扉をあけると、ガランとして何もない板敷が広がっている。四隅に人がいた。


「でも、ティムのことは絶賛してたわ?」

「ティムは人当たりがいいからな」

「ファンなのかしらね?」

「だろ」

「ふふっ、レシィ街の人には人気なのにね」


 プリムローズは、苔桃谷へ向かった日のことを思い出す。


「チッ、便利に使われてんのさ」

(素直じゃないわね)


 プリムローズがはふふっと笑うと、フォレストは軽く唇に触れてきた。


(また!人前で!)


 プリムローズは赤くなる。それを見たフォレストがフッと笑った。


(ああっ、笑わないで!胸が苦しくて息ができなくなっちゃうんだもの)



 四隅の人が物音を立てた。そのうちの1人は発言もする。


「立会人リバー、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。大魔法使いフォレスト、並びに虹色ブローチ受験生エイプリルヒルのプリムローズだ」


 これを機に他の3名も挨拶をした。甘い雰囲気は霧散する。


「立会人リーフ、よろしくお願いします」

「立会人クラウド、よろしくお願いします」

「立会人メドウ、よろしくお願いします」


 皆の挨拶が簡単に終わると、いよいよ試験が始まった。


「得意な魔法を3種類やってみな」


 プリムローズは、猫になり、その姿のまま風の籠を作った。立会人はどよめいた。


「おおっ」

「動物の姿で」

「なんと器用な」

「さすが姫様」


 渦巻くマーマレード色の小さな手が優雅に動いて、魔法の風を編んでゆく。フォレストは満足そうに目を細める。


(扉は試験場内にはないけど、出入り口が使えるわね)


 最後の一つを扉の魔法にしようかと、出入り口に近づく。フォレストと4人の立会人は、プリムローズの様子を静かに見守っている。


(あ、でも)


 プリムローズは、思い直してふわりと浮き上がる。それから縦横無尽に試験場の空間を飛び回り始めた。フォレストが魔法の礫を投げてくる。姫の体には防護と反撃の魔法がかけてあった。礫はフォレストに向かって跳ね返されて来る。


 立会人は驚愕に言葉も出ずやや青褪めて、ただ目で姫を追っていた。フォレストは礫をさっさと消すと、片手を挙げた。


「そこまで、合格だ」


 プリムローズは、ヒュンと戻って姫の姿を作る。


「立会人」

「見届けました」

「見届けました」

「見届けました」

「見届けました」


 プリムローズは優雅なお辞儀をした。


「ありがとうございました」

「じゃ、書類書いて終わりだ。ブローチは俺が作ってやる」


 プリムローズの顔に花が咲く。顔どころか全身が光り輝く。菫色の濃淡で水玉が染められたシルクの小さな靴を、ちょこちょこと踏み直す。愛する師匠に抱きつきたいのを、ぎりぎりで思い留まったようだ。


(足っ!リムのちっちゃな爪先が!我慢してるの可愛い)


 フォレストは頬を緩めて手を繋ぐ。プリムローズは嬉しそうにしなやかな指を絡めた。2人は寄り添いあって試験場を後にした。



 2階の事務所で書いた書類に、立会人4名からの署名を添えて提出する。フォレストとプリムローズの姿が消えると、奥から人が集まってきた。立会人4名が残るカウンターに群がり、ザワザワと悋気を放つ。


「おい、姫様のとなり」

「試験官だよな」

「何であんなに近いんだ?」

「手を繋いでたぞ」

「試験場でキスを」


 集まった男女事務員が避難の声を上げる。


「何だって」

「何と不敬な」

「何だあいつ」

「あいつ、元は街路清掃員だぜ」

「街の荒くれか?」

「しょっちゅう舌打ちするよな」

「仏頂面しやがって」

「姫様が偉業を成し遂げられたというのに」


 ざざっと音が立つほど素早く集まった事務員達は、怖い顔でフォレストの悪口を言い募る。その一方で、プリムローズに対する大絶賛も口々に言う。


「姫様のお喜びよう、拝見したか?」

「ああ、お可愛らしい」

「花盛りの桜草のように可憐であった」

「嬉しさに薄らと頬までお染めあそばして」

「我等の姫様の可憐さよ」


 男も女も老いも若きもこぞってふやけた顔をする。


「それだというのに、何ですかあの大男」

「不機嫌な顔をしやがって」

「大魔法使いだか何だか知らないけど」

「姫様だとて既に大魔法使いだ」

「そうだ」

「そうだそうだ」


 またフォレストへの不満が爆発する。


「桜草愛好家倶楽部を緊急招集するぞ」


 見届け人の1人、試験の時に最初に発言したリバー青年が強張り気味の顔で宣言する。


「よし、終業後に集合だな」

「交代勤務制の部署はどうする」

「昼休みにも集まれる奴には声をかけよう」

「そうしよう」

「それがいい」

「お前、本宮への書類便これからだよな?」

「すぐ行く」

「おう、頼んだ」


 事務員の1人が支度を整えて慌ただしく出て行く。毎日の書類便にかこつけて、プリムローズ姫のファンクラブが緊急集会を開くと知らせに走ったのだ。姫様のお相手として、フォレストは大不評のようである。

 銀髪の大魔法使いフォレストが彼等の崇拝する姫の婚約者候補に上がったのは、今のところ王家の最高機密事項だ。それが知られたらストライキが起こる可能性もある。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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