茶番劇の舞台裏 (3)
卒業夜会からおよそひと月が過ぎた頃、レーナは家族と一緒に王宮での晩餐会に招かれた。
この晩餐会は参加者二十名ほどと、王宮で催されるにしては小規模なもので、招待されているのは「呪われたシナリオ」の関係者、名目は「慰労会」だ。
レンホフ家は両親と兄たちだけでなく、祖父母と叔父も一緒に招待されている。ジーメンス家も全員だが、アビゲイルやティアナの家は本人とその両親のみだった。兄弟姉妹にはこの件は知らされていなかったと見える。学長は妻帯者のはずだが、単身での参加だ。奥方は関わっていなかったのだろう。
王宮に到着すると、まずは控えの間に通される。レーナの家で食事に招いた客をまず応接室に通すのと一緒だ。
部屋に通されてくる招待者たちは、供された飲み物を手に雑談する。自然に五、六人くらいずつの輪ができた。大人は男性と女性に別れて輪になり、学生組は何となくひとかたまりに集まっている。
だいたいそろったところで、ハインツが学生組に対して今回の事件のあらましについて説明した。
大きな流れはレーナが新聞で読んだとおりだが、報道ではそこまで詳しく書かれていなかったことも含めて話された。
学生ばかり集まって話せば、自然に学院内での逮捕者が話題に上がる。
レーナはハインツに尋ねてみた。
「学院内に逮捕者が出るって、ハインツさまは事前にご存じでした?」
「うん、一応ね。聞いてはいたよ」
学院内から容疑者が出たのは、校内美化運動でごみの中から偽造署名が見つかったことがきっかけだったそうだ。それがなければ、署名を誰が偽造したのかは迷宮入りしていたかもしれないと言う。
偽造署名を廃棄したのは、逮捕された事務員だった。
彼は本来、単なる連絡係に過ぎず、偽造署名を所持しているはずのない役割だったのだが、初期の頃は偽造署名の納入も彼を経由して行われており、そのとき数枚ちょろまかしていたらしい。
ところがあのとき、突然学生たちが校内美化運動などというものを始めたために、この事務員はあわてふためいた。もしも学生たちが事務室内まで片づけにきて、隠してあった偽造署名をうっかり目にしてしまったらどうしよう、と不安に駆られたのだ。
そこで学生たちが美化運動を始める前に、他の書類に紛れ込ませて廃棄した。だが彼にとって不運なことに、却ってそのお陰で偽造署名が発見される結果となってしまった。
事務員の容疑が固まるのと同時に、美術教師パウル・ボルマンも容疑者として名が挙がった。
実はパウル・ボルマンは、もっと早い段階で一度容疑者に挙げられていた。市民劇場で、間諜が利用していたボックス席に出入りしていたからだ。
しかし彼には「劇団から美術監督の手伝いを頼まれている」という正当な理由があった。
しかも彼がボックス席に出入りするのは、間諜がボックス席入りするよりも前の時間に限られている。これでは間諜から指示を受け取ることができない。
そうした理由で、このときは容疑者から外されていた。
ところがその後、学院で偽造署名が見つかった。
こうなると、やはり疑わしく見えてくる。かくして再び容疑者入りすることになったのだった。
容疑をかけられてから逮捕まで半年近くの時間があったのは、関連する容疑者をすべて洗い出すのに時間がかかったのと、念のためシナリオが完全に終わるまで待ったためだ。だから最後の茶番劇の裏で、一斉逮捕が行われた。
レーナは、ぽつりとつぶやいた。
「ボルマン先生は、どうなるんでしょう」
「まだわからない」
つぶやきを拾ったハインツは、静かに首を横に振った。
「ただ、偽造って罪が重いんだよね。たとえば通貨偽造なら、死罪。たぶんそれに準じた求刑になると思う」
レーナは死罪と聞いて、息をのんだ。
しかし考えてみれば、外務大臣の署名が偽造されて悪用されたなら、戦争だって引き起こしうるのだ。実際その目的で使用されていたのだから、通貨偽造と同等以上の罪とみなされてもおかしいことではないのかもしれない。
場の雰囲気が重苦しくなってしまったところで、食堂ホールへの案内が始まった。
大人たちから順に名を呼ばれて、案内されていく。レーナは最年少なこともあり、最後のほうだった。
案内されて食事の席につくと、レーナは自分の両親と祖父母が主賓扱いなのに驚いた。主催者である国王夫妻は長テーブルの中央に対面で座るが、レーナの両親と祖父母がその両脇に座っていたのだ。そして逆に、国王に次いで身分が高いはずのジーメンス公夫妻は末席近くに座っていた。
レーナはテーブルの端の席だが、なんとその隣がジーメンス公エーリヒなのだ。ほぼ末席と言っていい。
レーナが両親たちの席と隣の席を見比べて首をひねっていると、エーリヒが笑顔で話しかけた。
「何か、気になることでも?」
「いえ、父と閣下の席が逆じゃないかしらと思って……」
エーリヒは声を上げて笑ってから、レーナの疑問に答えた。
「今日は貢献度順だから、我が家は一番下なんだよ。ヨゼフ卿やそのご両親に、救っていただいた立場だからねえ」
ジーメンス公爵家の貢献度が一番低いとはレーナには思えなかったが、何らかの思惑があってこのような席次にしたのだろうということだけはわかった。
ちっとも納得していない顔で相づちを打っている間に、食前酒の給仕が終わっていた。
国王リヒャルトがグラスを掲げたのを合図に、おしゃべりの声がやむ。リヒャルトは宴席を見回してから、乾杯の言葉を口にした。
「このたびの国難を無事に乗り越えることができたのは、諸君の協力あってこそだ。感謝する。『呪われたシナリオ』を無事にやりすごせたこと、ついでにアロイスくんとレーナ嬢の婚約も祝して、乾杯!」
レーナはグラスを手にしたまま、「えっ」と声が出そうになったのを何とか飲み込んだ。
対面に座っているアロイスに顔を向けると、彼は困ったように肩をすくめた。通常なら婚約者同士は、対面や隣の席にはならないものだが、婚約式がまだなのでこのような席次になったようだ。
この宴席の参加者は、ほとんどが婚約式の招待者でもある。しかしエーリヒの反対隣の席にいるティアナは、この場でこの婚約を知らなかった者のうちのひとりだ。彼女は「まあ!」と小さく声を上げて、ふたりに微笑みかけた。
思いもかけず注目を浴びてうろたえたレーナは、頬を染めて伏し目がちにグラスを掲げ、周りと一緒に乾杯した。
こんな風に乾杯のネタにされたら、当然その後の話題はアロイスとレーナの婚約について一色である。
ティアナはきらきらと好奇心に目を輝かせて、ふたりを質問攻めにした。
「いつ婚約なさったの?」
「正式にはまだです。二週間後に婚約式の予定なんです」
「まあ。おめでとう!」
「ありがとうございます」
ティアナは少しだけ声をひそめて、レーナに尋ねた。
「求婚をお受けになったのは、いつなの?」
「ええっと、冬休み中でした」
ティアナに返事をするため振り返って、レーナはギョッとした。全員の顔がこちらを向いて、質問の答えに耳を澄ませていたからだ。
このあたりの質問になると、レーナには秘匿したい情報が多すぎる。困り果てた彼女が救いを求めるようにアロイスのほうを向くと、アロイスはこともなげにレーナの答えを補足した。
「外乗に誘って、ね。運悪く、事件に巻き込まれちゃったけど」
「ああ、新聞で読んだわ。あの間諜の逮捕で、おふたりともご活躍だったんですってね。それはもう、忘れられない思い出になったことでしょうね」
活躍したどころか、ただ周りに迷惑をかけまくっただけの、できれば消し去りたい思い出である。
テーブルの反対側の端の席で、真相を知っているアビゲイルが肩を震わせているのが見えた。が、席が遠すぎて、文句を言ってやることもできない。じっとりした目でにらみつけると、アビゲイルは悪びれた様子もなく笑顔でひらひらと手を振ってみせた。
その後も終始、宴席での話題はふたりの婚約についてだった。
ときおり、シーニュにいる祖父母たちの親戚についての話題が混じる。
これではまるで、婚約式の前祝いだ。慰労会じゃなかったのか。
レーナが心のうちでそう考えたとき、ふとリヒャルトの意図に気づいてしまった。なぜ彼が、乾杯の言葉の中でこの婚約について触れたのか。
たぶん彼は、控えの間で学生たちの雰囲気が暗くなってしまったことに気づいていた。だから敢えて、シナリオ関連の事件とは直接関係のない、明るい話題を乾杯の言葉に加えたのだ。
そう気づくと、自分たちがネタにされたことを恨みがましく思った気持ちはきれいに消えてしまった。そしてレーナは、控えの間で聞いたことや感じたことに、心の中で蓋をした。
この宴席は、無事にシナリオを切り抜けられたことを祝う慰労会なのだ。
レーナは、自分の大事な人たちが傷つけられるのを防ぐことができた。今日はただ、それを祝うべきだ。
レーナは、対面に座るアロイスを眺めた。
彼はふたつ隣の席にいるアビゲイルの父オイゲンと何か話していたが、レーナの視線に気づいたのか目だけ動かして彼女のほうを見た。目が合うと、アロイスはふわりと笑みを浮かべる。それを見て、レーナは満たされた気持ちになった。
シナリオは、終わったのだ。




