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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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卒業式 (2)

 そんなこんなで勉強に明け暮れているうちに冬が終わり、後期の中間試験がやってきた。

 前回に引き続き、今回もレーナは危なげなく首位の成績を維持した。


 実のところ、学年首位までの成績でなくとも、女子の中で一番でさえあれば模範生にはなれる。本当はそれで十分なのだが、アロイスが全力で支援すると自然とこういう結果になってしまうのだった。何が起きるかわからないので、不用意に手を抜くこともできない。


 中間試験が終わった後、レーナは気になる捜査状況についてハインツに尋ねてみた。


「ハインツさま、その後の捜査状況について何かお聞きになってますか?」

「うん。一応、聞いてはいる」

「どんな状況なんでしょうか」

「進展してはいるから、安心して。でも具体的な内容については、ごめん、捜査上の秘密だから話せないんだ」


 気にはなるが「全てが片付いたら話す」と言われれば、引き下がらざるを得ない。

 しかしハインツは「安心して」と言いつつ、どこか憂いに満ちた、あるいは悲しそうな目をした。何だかその表情がレーナには気に掛かって仕方がなかったが、話せないと言われてしまえばそれ以上尋ねることはできない。


 中間試験が終わった後は、勉強漬けの日々であることは変わらないものの、少しずつ卒業夜会の準備を進めていくことになった。


 卒業夜会で演じられる茶番劇のことは、ごく一部の関係者をのぞき一切知らせないことになっている。そうするよう、ハインツ経由で国王から直々の指示があった。知らせないのは、夜会の参加者だけではない。学校関係者や、警備に当たる近衛兵に対してさえ伏せておくそうだ。

 当日何が起こるか把握しているのは、レーナたちとその家族、そして偽書簡事件を担当している憲兵隊の一部だけだと言う。茶番劇では憲兵にもひと役買ってもらう必要があるので、一部の憲兵たちには知らせざるを得ない。


 イザベルとハインツは、ときおりふたりで卒業夜会の予行演習をしているらしい。

 レーナとしては、イザベルの心配はまったくしていない。器用な人だから、うまくこなすだろうと思っている。不安なのは、ハインツだ。お世辞にも器用とは言えない。でも、まあ、きっと持ち前のしつこさで、こつこつ粘り強く何とかするだろう。


 イザベルとハインツの予行演習は、レーナの勉強と同じようなものかもしれない、とレーナは思った。

 本当はもう、勉強漬けで頑張る必要はないのだ。


 レーナは学年末まで模範生でいなくてはならないが、それは中間試験の結果で果たされたので、期末試験の結果は「呪われたシナリオ」の観点からはどうでもよかったりする。

 けれどもそんなことは百も承知しているはずのアロイスが、相変わらず談話室での勉強に誘うので、レーナはそれに甘えてしまっていた。もうすっかり習慣になっていることもあるし、一緒に過ごせる時間が純粋にうれしいからだ。


 中間試験が終わった後の夕食後に、いつものように勉強道具をかかえて寮の自室を出ようとすると、目ざとくアビゲイルが見とがめた。


「あら。お勉強会?」

「うん」

「ふうん。いってらっしゃい」


 アビゲイルはたっぷりと含むところのありそうな笑顔を見せたものの、特に何も言わずに見送った。無言の笑顔は、言葉でからかわれるより気恥ずかしいものだと、レーナは初めて知った。何しろ何も言われていないものだから、言い返すこともできやしない。


 期末試験までの日々は、そんな風に平和に過ぎていった。

 もっとも平和なのは学生であるレーナたちばかりで、学院の外では大人たちが緊張感あふれる忙しい日々を送っていたことを、卒業夜会が終わった後になってから知ることになる。


 春が終わり、初夏のさわやかな風が吹くようになれば、後期の期末試験がやってくる。

 期末試験も、アロイスのおかげで手応えは十分だ。首位が維持できるかどうかまではわからないけれども、成績優秀者入りは確実だろう。


 期末試験が終わると、最上級生以外はそのまま夏休みに入る。

 最上級生は試験休み明けに卒業式があり、その後に卒業夜会となる。いつもならば卒業式は大講堂で行われるが、今年の会場はオペラ座こと王立歌劇場だ。卒業夜会が王宮のホールで行われるため、大橋が使えず移動に時間がかかることを考えると、卒業夜会の日を改めるか、同じ日に開催するのであれば卒業式の場所を変更する必要があったのだ。とりあえず今年は、日程ではなく場所のほうが変更されることになった。

 卒業式が行われるのは午前中で、いったん帰宅した後、夜会に参加する者は夜会服に身を包んで夜に王宮に赴くことになる。


 期末試験が終わった翌日、レーナは兄たちと一緒に家に戻った。

 兄はすでに前日の夜のうちに、家から送られてきていた大型トランク二個に荷物をまとめてあったらしい。ハインツとアロイスも同様で、このまま寮を引き払うようだった。家からよこされた使用人が、朝のうちにトランクを回収していた。レーナたちに先立って、荷物だけ家に運び込んでおくのだろう。


 卒業式までの数日、レーナは家でのんびり過ごした。


 卒業式の当日、レーナは兄と両親と一緒に卒業式会場となるオペラ座へ向かった。卒業生の両親は式に招待されており、それとは別に在校生は任意で参観が可能なのだ。


 レーナは兄の姿に目を見張った。

 制服の上に式服である黒のガウンをまとい、角帽を手にしている。


「お兄さま、何だか賢そうに見えるわ。まるで学者みたい。ただガウンを羽織っただけなのに!」

「ふふん。実際、賢いんだよ」

「うわ、ずうずうしい。このえせ学者め」

「お前より二年分賢いのは間違いないぞ」


 言われてみれば確かに、ヴァルターが学校で学んだ時間はレーナよりも二学年分多い。しかし素直にそれを認めてやるのも、何だかしゃくだった。

 レーナはヴァルターの手から角帽を取り上げて、自分の頭に載せてみた。馬車の窓ガラスに映る自分の姿は、ちょっぴりいつもより賢く見えるような気がする。


「あら。お兄さまより似合うんじゃない?」

「確かに見た目だけは賢そうになるな、えせ学者。ほら、もう返せ」


 ヴァルターが角帽を取り返そうとするのを身をよじって逃げていると、母に叱られた。


「こら。ふたりとも、おやめなさい」

「はい……」


 ヴァルターは「なんで俺まで」と憮然といるが、だいたいこういうときは年上が割を食うものと相場が決まっている。

 渋々レーナは角帽をとって、兄に返した。しかし、母の小言はさらに続く。


「まったくもう。せっかく出かける前に整えた髪が、崩れてしまったじゃありませんか。ほら、直してあげるから、じっとしてらっしゃい」

「はい」


 レーナは母の手が優しく髪を整えるのを感じながら、その後はオペラ座に到着するまでおとなしくしていた。

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金色に輝く帆の船で
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