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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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冬休み (9)

 ジーメンス家による訪問は、冬休みの最後の週の水曜日に決まった。

 準備にいそしむ使用人たちに緊張感はあるが、二度目ともなると前回ほどは張りつめていない。


 晩餐は前回と同じく「なんちゃってレンホフ家流」の料理に決まった。

 わかりやすく話すためなのか、料理長が勝手にそう命名していた。真顔でそんな名称を使うものだから、母と料理長の会話を聞いているレーナはおかしくてたまらない。笑いをかみ殺すのが大変だった。


 当日の流れは、秋休みのときの訪問とあまり変わらない。

 ただ話題の中心にレーナとアロイスがいることだけが、前回とは違う。


 食事前の応接室では、イザベルがいたずらっ子の顔をしてレーナに近づき、耳もとに小声でアロイスの秘密を暴露していった。


「お兄さまはね、小さい頃『レニーかわいいなあ。お嫁さんに来てくれないかな』って、毎日のようにおっしゃってたのよ。レーナさんが準備学校に入学なさらないとお聞きになったときの、あの落胆ぶりと言ったら────」

「ベル!」


 イザベルの不穏な動きを察知したアロイスが牽制しに来たが、すでに秘密はあらかた暴露された後だ。イザベルは笑いをかみ殺すような顔をしていた。


「何かよけいなことを言ってたでしょう」

「いいえ? レーナさんが準備学校にいらっしゃらなくて、残念だったわってお話をしていただけよ」


 イザベルは、しれっと悪びれもせず、あながち嘘とも言い切れない説明をしてしらを切る。そして首をかしげて、レーナに尋ねた。


「どうしてレーナさんは、準備学校にいらっしゃらなかったの? ヴァルターさまはいらしたのに」

「ああ。あれは、単純な連絡ミスだったんです」


 準備学校の入学手続きを始めるべき時期に、マグダレーナはヨゼフに、そろそろレーナの手続きをするようにうながした。ただし、そのときの言い方がまずかった。彼女は、こう言ったのだ。


『ジーメンス公のところのイザベルさまも、今年ご入学なんですって。だからレーナも、そろそろ準備をお願いしますね』


 マグダレーナがそう伝えたのはもちろん、レーナがイザベルと同学年であるためだ。

 ところがヨゼフは、レーナがイザベルより一学年下だと勘違いしていた。何しろ誕生日がほんの数日しか違わず、ほぼ一年違う。いつ聞いても年齢がひとつ上だったために、学年も上だと思い込んでしまっていた。

 ヨゼフ自身が学校に通ったことがなく、学齢にうとかったせいでもある。


 何かおかしいとマグダレーナが気づいたときには、すでに手遅れだった。

 しかもその上、直後にハーゼ領での問題が発生した。長期滞在となりそうなことがあらかじめわかっていたためレーナも一緒に領地へ連れて行き、もうそのまま祖父母が勉強の面倒を見ることで話がついてしまった。


 それを聞いたイザベルは、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「まあ。それじゃ、わたくしのせいで手続きができなかったようなものね」

「違いますよ! きちんと確認しなかった両親のせいですから。それに学校に入り損ねたおかげで、両親と離れずに子ども時代を過ごすことができたんです。だから、結果的にそれでよかったんですよ」


 すでに準備学校に通っていたヴァルターは、両親とレーナがハーゼ領に行っている間、学院に進学して寮暮らしになるまでは、使用人しかいない王都の屋敷でひとりで暮らす羽目になった。もっとも彼は、親の目の届かないところでのびのび過ごしちゃってた感がある。


 そんな子ども時代の内情を話しているうちに、食事の時間になった。

 この日の料理でも、料理長は驚きの独創性と創造性を存分に発揮していた。まるで日頃シチューばかり作らされている憂さを晴らすがごとくである。どうも前回の晩餐が大成功だったのに気をよくし、ひそかにいろいろと試作を重ねていたらしい。


 食事の席では、数年前にジーメンス家から婚約を打診したときのいきさつをエーリヒが暴露した。


「普段おとなしくてわがままひとつ言わない息子が珍しく、どうしてもと言うものですから、無理を承知で申し入れてみたわけなんですよ。いやあ、あのとき断られなくて本当によかった」


 それを聞いてレーナは思わず「あれ?」と首をひねった。父は確かに「そのときは断った」と言っていたはずだ。父の様子をうかがうと、面白がっているとも苦笑いともとれる曖昧な笑みを浮かべて、黙って話を聞いていた。

 この話の流れだと、父の返答を言葉どおりに受け取ったのは、アロイスではなくてエーリヒだったということになる。


 しかし外交の長ともあろうエーリヒが、ヨゼフの婉曲な断り文句を理解できなかったなどということがあるだろうか。いや、あり得ない。


 おそらくエーリヒは、ヨゼフが断ったつもりでいることは十分理解していたに違いない。そしてその上で、あえて言葉どおりに受け取ってみせたのではないか。ヨゼフはヨゼフで、エーリヒがわざとそう歪曲して解釈したことを十分に察しているようだ。にもかかわらず、別にそれを不快には思っていない。

 つまりはこれが大人の会話というものなのだろう、とレーナは心の中で結論づけた。


 父親たちがそんな風にたぬきの化かし合いみたいな会話を交わしている一方で、レベッカ夫人は今日も今日とて料理を大絶賛である。


「本当においしいわ。この家の料理長は、どこで修行した方なの?」

「出身はシーニュでございます」


 さわやかな笑顔とともに給仕しながら答える執事長マルセルに、レーナはうろんな視線を送る。


「でも、これはシーニュ料理とも違うわよね?」

「ああ、そういう意味でのご質問でしたら、この料理は完全に当家独自のものでございますね」

「どういった経緯で、こういうお料理を作るようになったのかしら?」


 それは、あなたがたが我が家の日常食を召し上がりたいなどとご無体をおっしゃったからですよ、とレーナは胸のうちでだけ答え、澄ました顔で食事を続ける。

 マルセルは何と答えるのだろう。


「当家の主人の好みに応えるためでございます。実は主人は、外では隠しておりますが、かなり好き嫌いがはっきりしておりましてね。いわゆる貴族流の美食が苦手で、夜会から足が遠のくほどなのでございますよ」

「え。社交界嫌いって、そんな理由だったの?」


 驚くあまり、思ったことがレーナの口をついて出てしまった。てっきり貴族との人付き合いを面倒がっているのだとばかり思っていた。

 あっけにとられた顔のレーナを面白がっているかのようにヨゼフは振り向き、その疑問に答えた。


「そうさ。それに夜会って、夜遅くなるだろう? だけど俺は、夜は寝たいし、食事には好きなものを食べたいんだよ」


 まさかそんな理由だったとは。

 まあ、でも、レーナにもちょっと気持ちはわかる。睡眠時間を削られるのはつらいし、美食もごくたまにならいいけれども、何日も続くと胃にもたれる。家の食事が一番いい。

 レーナがそんなことを思っていると、レベッカ夫人がわけ知り顔にうなずいた。


「それはそうでしょうとも。毎日こんなお料理を召し上がっていたら、夜会のお料理など物足りなく感じるのも無理はないと思うわ」


 いや、そうじゃない。そうじゃないのだが、その勘違いをあえて訂正する者はここには誰ひとりとして存在しない。

 「貴族流の美食が苦手」とは要するに、貧乏舌だということだ。食べ慣れない高級食材が苦手だと言っているも同然なのである。にもかかわらず、高級食材を一切使うことなく見事なまでに鮮やかに彩られたコース料理を前にすると、なぜか人間というものはその簡単な事実を案外見落としがちなものらしい。


 そしてノアは今日も静かだった。

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