剣術大会 (4)
食堂ホールは、普段の昼食時に比べるとあまり混雑していなかった。男子学生の一年生が、試合コートの配置換えに駆り出されているせいらしい。午前中は二面あったコートのうちひとつを片づけ、午後の最終戦では一面のみを使用する。
ビュッフェで食事を盛り付け、食堂ホールの端のほうに四人一緒に座れる場所を見つけて席をとった。ヴァルターとアロイスは剣術のユニフォームから着替えず全身真っ白のままなので、制服を着た学生たちの中でやたらと目立っている。試合の終わった者たちは着替えてしまうので、今ユニフォームを身につけているのは最終戦に出場する八名のみなのだ。
食事の席につくと、ヴァルターはちらりとアロイスを見やって口を開いた。
「アロイスってさあ、本っ当にくじ運ないよな」
「そう?」
「ないだろ」
アロイスは小さく首をかしげて聞き返しただけで、肩をすくめて聞き流した。
レーナにはヴァルターの言う「くじ運の悪さ」の意味がわからなくて、首をひねる。だって今回は一回戦でヴァルターと対戦することなく、ちゃんと決勝まで勝ち進めたではないか。何をもってくじ運がないと言うのだろう。
レーナの様子に気づいたアビゲイルが、小声で説明した。
「準決勝の対戦相手がハインツさまだったからよ」
「でも勝ったじゃない?」
「そうだけど、ハインツさまとの試合は長かったでしょ。あれだけの持久戦の直後に決勝戦って、きついはずよ」
そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。なるほど、とレーナが納得していると、ヴァルターが大きくうなずいた。
「そういうこと。俺が逆の立場なら疲労困憊で、決勝戦じゃ一点も取れずにボロ負けした自信あるわ。いや、それ以前に決勝に進めてないな」
「そうかな?」
「おうよ」
ヴァルターの言うことに同意するでも否定するでもなく、おっとり首をかしげているアロイスを見て、レーナは何だか不思議な気持ちがした。試合中はあんなに恐ろしかったのに、こうして見ていると、いつもどおりの穏やかで優しいアロイスだ。
「アロイスには悪いけど、俺は助かった。ほんと、ハインツ苦手よ」
「────ずいぶん嫌われちゃったようだけど、ここいい?」
ヴァルターの後ろからかけられた声に振り向くと、制服に着替えたハインツが料理を載せた皿を持って立っていた。
「もちろん。別にハインツ自身のことじゃなくて、剣の話だぞ」
「うん、わかってる」
ヴァルターをからかっただけのようで、ハインツは笑いながらヴァルターの隣に座った。
食事をしながら兄たちの会話に耳をすませていると、何となく三人の剣術の持ち味がわかってくる。ヴァルターは体格を活かした力強さと機敏さ、アロイスは素早さと正確さ、ハインツは持久力。
そして面白いことに、三人はそれぞれ苦手な相手が違う。
ヴァルターは、持久力勝負に持ち込んでくるハインツが苦手。
アロイスは、体格と筋力が上回るヴァルターが苦手。
ハインツは、持久戦に持ち込んでも隙を見せないアロイスが苦手。
まるでじゃんけんのようだ、とレーナは思った。誰かひとりが圧倒的な強者ではないところが、とても面白い。
兄たちの会話が一段落したところで、レーナはアロイスに話しかけた。
「アロイスさま、さっきボルマン先生に劇場のことをお聞きしましたよ」
「へえ。何ておっしゃってた?」
「なになに? ボルマン先生がどうしたの?」
ひとりだけ事情を知らないハインツが横から口をはさんできたので、アロイスが市民劇場での観劇のときに目撃したことを簡単に説明した。
説明が終わるのを待ってから、レーナが報告する。
「美術監督のお手伝いを頼まれて、お仕事だったんですって」
「舞台照明の最終確認をしてたっておっしゃってましたよ」
レーナの大雑把な説明を、アビゲイルが補足した。
アロイスはうなずく。
「なるほどね」
「置き引きを目撃できたのも、ボルマン先生のおかげみたいなものですよね」
「え、置き引き?」
比較的軽い犯罪とはいえ、犯罪現場を目撃したという衝撃的なレーナの発言に、ハインツが反応した。これに対してもアロイスが簡単に説明した。
市民劇場で美術教師を目撃したおかげで、そのボックス席の利用者の顔を何となく覚えていて、オペラ座でも見つけることになった。そして彼らを見つけたおかげで、幕間で彼らの離席中に誰か別の者がボックス席に入り込んでいたのに気づいたわけだ。そう考えると、回り回ってパウル・ボルマンのおかげで置き引きに気づいたと言えないこともない。
その説明を聞いて、ハインツは吹き出した。
「回り回って、回りすぎじゃない? もう、ボルマン先生とは何の関係もないよね」
「まあね」
レーナはハインツに、アロイスが劇場に目撃情報を知らせたことにより幕間に寸劇が追加されたことも話した。
「あれで、少しでも被害が減るといいんですけど」
「そうだね。初めての観劇で目撃するほど横行してるなら、ちょっと取り締まったほうがいいのかもしれないな。父にも話しておくよ」
「お願いします」
ハインツからその父、すなわち国王にまで話が上がるなら、なにがしかの対策が取られることは確実だろう。
そのまま観劇の内容や秋休みの出来事を話しているうちに、昼休みが終わった。
午後の最終戦では、前年とは違って最上級生のふたり、ヴァルターとアロイスが順調に決勝まで勝ち上がった。
番狂わせというほどのものはなかったが、ヴァルターの一回戦はなかなか面白かった。
対戦相手は、一年生の予備戦優勝者だ。一年生と四年生は、平均的な体格からして結構な差がある。なのに四年生の中でも特に大柄なヴァルターとの対戦である。もうほとんど大人と子どもほどの体格差だ。対峙するのを見ただけで気の毒に思うほどだったが、この一年生がヴァルター相手に健闘してみせたのだ。
点こそ取れなかったものの、ハインツさながらの防御を見せた。ヴァルターの攻撃を防ぐたびに観客席から大きな拍手と歓声が上がっていたが、途中で体力か気力か、とにかく何かが切れたらしい。一度防御に失敗したと思ったら、その後はもう一方的にヴァルターがねじ伏せるだけの展開となった。
それでも試合が終わったとき、一年生の健闘にレーナは惜しみなく拍手を贈った。
こんな試合こそが最終戦の醍醐味に違いない。
決勝戦は、予備戦と同じくヴァルターとアロイスの対戦となった。
しかし予備戦のときと違って、明らかにアロイスが優勢だった。それなりに競り合う場面もあったが、アロイスが順調に得点を重ねて勝利した。
こうして剣術大会は、特に不測の事態に見舞われることなく、無事にシナリオどおりの結末を迎えたのだった。
レーナは、心の底からホッとした。




