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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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逢瀬とは名ばかりの勉強会 (3)

 眉間にしわを寄せたまま考え込んでしまったレーナを見て、アビゲイルは笑った。


「そうでもないと、レーナとの距離感が近すぎるのよねえ」

「距離感って?」

「談話室での『小さな黒い悪魔』事件のときにレーナの髪をほどいて、その後また結ってくださったのは、どなた?」

「アロイスさま……」

「でしょ?」


 アビゲイルは勝ち誇ったように「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。

 確かにあのときはちょっと距離が近かったけれども、非常事態だったし、兄の親友だったらあんなものじゃないのだろうか。兄のもうひとりの親友で、気さくな人なつこさで人気のある、レーナから見ると気安すぎる王子さまを思い出してレーナは渋い顔をした。


「納得できない?」

「そりゃあ、ね」


 納得できるわけがない。百歩譲って初対面のときに騙されたのだと仮定しても、さらにその後まで嘘をつき続ける理由がない。


「じゃあ、もうひとつ。レーナのことを『レニー』って呼ぶのは、どちら?」

「それはアロイスさまだけど……」

「ほら」


 納得はしていないけれども、レーナの胸の内にほんの少しだけ疑念が湧いた。もしかして、もしかしたら、アビゲイルの言うことが正しい可能性がまったくないとは言い切れないかもしれない……?


 もし万が一、彼女の言うことが正しかったとするならば、とんでもないことにレーナは気づいてしまった。あれほど本人に知られることを恐れていたイラストは、最初から当の本人に見られていたことになるのではないか。あれを見て、いったい何と思われたことだろう。

 レーナは何だかいやな汗が出てくるのを感じた。


「アビーは、本当にそうだったと思うの?」

「うん、思ってる。少なくとも、その可能性がすごく高いと思ってる」


 深刻な顔で考え込んでしまった友人の肩を、アビゲイルは励ますように叩いた。


「気になるなら、直接ご本人にお聞きしちゃえば? 最近は頻繁にお会いしてるわけだし」

「できるわけないでしょ」

「そうかな? 隠す気ないみたいだから、お聞きしたら案外あっさり教えてくださるんじゃない?」

「人ごとだと思って……」

「そのとおり。人ごとよ?」

「もう!」


 あくまでもあっけらかんと軽い調子のアビゲイルに、レーナは文句を言いつつ笑ってしまった。



 明くる日の夕食後、再びアロイスと待ち合わせしている談話室に向かうと、アロイスはすでに図書室のテーブルの端に座って何かメモをとりながら本を読んでいた。すっかり没頭しているのか、近づいていくレーナの足音に気づく様子がない。


 レーナは図書室の入り口手前で足を止め、しげしげとアロイスの横顔を眺めた。昨日アビゲイルにあんなことを言われた後なので、どうしても気になってしまう。


 学院に入ってからのイザベルとアロイスの雰囲気がふたりとも子ども時代とは大きく変わってしまったのは、それぞれ成長したからだと思っていたけれども、アビゲイルの言うように実は入れ替わっていたからだなんてことが、あるだろうか。端正なその横顔をいくら見つめても、レーナにはさっぱりわからなかった。


 しばらくじっとアロイスを見ていると、やがて彼は手を止めて顔を上げ、レーナに気づいて振り向いた。


「あれ。どうしたの、そんなところで」

「こんばんは。お邪魔になるかと思って」

「まさか。ただの暇つぶしだよ。入っておいで」


 おずおずと中に入り、アロイスが隣の椅子を引いてくれたのでそこに座った。


 勉強を始めても、やはりアビゲイルに言われたことが気になって、ときどきアロイスの顔を盗み見てしまう。何度見たって何もわからないことに変わりはないのに、どうしても気になる。

 そんなことを気にしている場合ではないのはよくわかっているのだが、頭から離れてくれないのだ。


 レーナの中で確信が持てさえすれば、それですっきりできるのに。でも、どうしたら確信が持てるのかがわからない。本人に直接尋ねてみればよい、とアビゲイルが言っていたのを思い出した。けど、聞けない。聞けるわけがない。どう聞けと言うのか。


 だいたい、仮にそんなことを実際に質問したとして、答えがどちらに転んでも気まずいではないか。

 もし実際には入れ替わりなんてなかったなら、そんな見当違いなことを聞いたことが気まずいだろう。そもそも質問内容そのものがとても失礼だ。


 逆にもし本当に入れ替わっていたのだとしたら。

 レーナがずっと大好きで、会えなくなると絵を描きまくってしまうくらい寂しく感じていた相手は、イザベルではなくアロイスだったということになる。


 レーナは思わず、ちらりと隣に座るアロイスを盗み見てしまった。すると、どういうわけかレーナのほうを見ていたアロイスと目が合ってしまい、レーナの心臓は小さく跳ねた。目の合ったアロイスは、首をかしげて笑みを浮かべた。


「どうしたの?」

「何でもありません」


 レーナはあわてて手もとに視線を戻す。

 うん、これは気まずいなんてものじゃない。確認するすべがないのなら、謎は謎のまま闇に葬り去って、そんな疑問は抱いたこともなかったことにするのが一番よいような気がしてきた。

 レーナは気合いを込めて小さく頭を振って、疑念を頭の中から振り払う。

 もっとも本人はきれいに振り払ったつもりでいても、忘れた頃にふと思い出してもんもんとすることにはなるのだが。


 レーナが人知れずこんな葛藤を胸に秘めつつもアロイスと頻繁に勉強会を続けるうち、目論見どおり、ふたりがよく一緒にいることが噂になり始めた。それと同時に、級友にからかわれることも増えてきた。

 アロイスに申し訳ないので「兄に頼まれてお勉強を教えてくださってるだけよ」と、ありのままの事実を話してはいる。けれどもシナリオのことを知らない者にしてみたら、頼まれようが何だろうが、わざわざ時間を割いて勉強を教えているということが「そういうこと」にしか見えないものだ。


 むきになって否定しても余計にからかわれるだけなので、レーナはもう諦めることにした。そんなことより、今は試験対策のほうが重要だ。「傾国の模範生」にはなりたくない。切実に。

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金色に輝く帆の船で
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