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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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傾国の模範生 (1)

 翌朝、週末に起きたすべての出来事を登校するなりアロイスから報告された学院長にとっては、まさに青天の霹靂だったに違いない。

 通常どおり登校した学生は半数にも満たなかったが、定期考査はいつもどおりに開始された。


 試験を実施する教室内は学生がまばらで、閑散として見える。

 前日のドタバタで最後の追い込みが思うようにできなかったのが悔やまれるものの、レーナの感触としては悪くはなかった。悪くないというだけで、一番が狙えるほどとは思えなかったが。


 ヴァルターの無事は、昼食のときに知ることができた。

 アビゲイルがまだ医務室預かりなので、ひとりでさっさと済ませようかと食堂ホールへ向かっていたところ、後ろから「よう」という声とともに背中を叩かれたのだ。振り向いてそこに兄の姿を確認したときには、安堵のあまり膝から力が抜けそうになった。


「アビゲイル嬢はまだ医務室なんだろ? 一緒に食おうぜ」


 レーナがどれほど心配していたのか知りもせず、のんきに笑顔で食事に誘う兄に脱力して、本当にへたり込みそうだ。ホッとすると今度は今までの心配が憤りに変わり、兄の腕を力まかせに揺さぶった。


「もう! どうしてお医者さまと一緒に帰ってこなかったの?」

「用事ができちゃってさ」

「どんな?」

「それより、まず食事だ。お前、とってくるのは自分の分だけにしとけよな」


 あからさまに野菜料理を警戒している兄の様子に、レーナは鼻を鳴らして笑った。


「お兄さまがちゃんと自分でお野菜とらないからでしょ」

「いらん世話だ」

「ヴァル! 戻ってたんだね」


 言い合いをしてるところへ、後ろからアロイスが声をかけてきた。


「おう。レーナ、アロイスも一緒でいいよな?」

「うん」


 食事を盛り付けて席につくと、レーナはまず兄の皿の中身を確認する。今日はしっかり野菜が載っていた。満足して「よし」と呟くとヴァルターにジロリとにらまれたが、そんなものはどこ吹く風だ。


「それで、どうして昨日は帰って来られなかったの?」

「大橋が落ちたんだよ」

「それは知ってる」

「目の前で崩れてさあ。あれは寿命が縮んだわ。橋ってああいう風に落ちるんだな」

「はい?」


 ヴァルターの無駄によく通る声が衝撃の事実を告げたとたん、周囲の学生たちの話し声がやんでしんとなった。大橋の崩落事故についてはすでに学生たちも耳にしていたが、その現場に居合わせた者の話となれば別である。ヴァルターの声が聞こえる範囲にいる者たちは皆、静かに食事に集中するふりをしながら聞き耳を立てていた。


 ヴァルターが医師たちと一緒に学院に戻って来なかったのは、ティアナの父が王宮に報告に行くのにティアナを連れて行き、それに同行したためだった。学院での集団食あたりについて王宮に報告するにあたり、状況を直接知る者を同席させたいと連れて行かれた。


 王宮での報告を終えて解放され、ティアナとヴァルターは医師たちから二時間ほど遅れて王都の中心部を出発した。それはちょうど、外泊届を出して自宅に戻っていた学生たちがちらほらと寮に戻り始める時間帯でもあった。


 大橋に近づいた頃、ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていたヴァルターは、大橋の橋脚部分の中ほどからポロポロと落石が続いているのに気づいた。よく見ると、水平なはずの橋げたの中央部分が、まるでピンと張っていた糸がゆるんだかのように、わずかに垂れ下がって見える。不審に思ったので橋の手前で御者に指示して馬車を止めさせ、橋のたもとに近づいて観察した。そうして見ている間にも、少しずつ橋げたの中央部分は沈下して行く。


 何やらものすごく良からぬ予感がしたので、後続の馬車にも合図してとめさせた。その馬車が止まったのを確認してから後ろを振り返ると、ちょうど橋がゆっくりと崩れていくところだった。その後、橋げたは土けむりを上げて、轟音とともに川底に沈んで行った。崩れていく間は音もなく不気味だった、とヴァルターは腹が立つほど屈託のない笑顔で語った。


 橋が落ちてしまったので河を渡れず、かといって迂回路を選べば学院に到着する前に日が落ちる。仕方がないのでいったん引き返してティアナを自宅に送り、自分も王都の自宅でひと晩過ごした。翌日の早朝にまたティアナを馬車で迎えに行き、別の橋を通って学院に戻り、昼過ぎにやっと到着したのだと言う。


 そこまで聞くと、きりのよいところまで話を聞いて満足したのか、次第に周囲の話し声が戻ってきた。

 まさに間一髪で難を逃れたと知ってゾッとしたが、兄の口調はまったくいつもと変わらず、深刻さを微塵も感じさせない。そのおかげで安心したことは否定できないのだが、気持ちが落ち着くと今度は兄のそののんきさが小憎らしく感じるのだった。


「お兄さま」


 深みのある柔らかな声に振り向くと、それはイザベルだった。イザベルは「お話し中に失礼します」とヴァルターとレーナに会釈してから、アロイスに話しかける。


「さきほど寮に戻りました」

「うん、おかえり」

「ねえ、ハインツさまが医務室にいらっしゃるって聞いたのだけど、そんなにお悪いの? 軽症なら自室で療養なのでしょう?」

「ああ。大丈夫だよ、比較的軽症らしい」

「あら、そうなの。よかったわ。でも、それならどうして?」

「王位継承者だからねえ。ここでは平等が建前とは言え、こういうときは安全を優先して留め置いてるんだと思うよ。医師がそばにいれば、万が一のときにもすぐ対処できるからね」

「そういうことね、安心したわ。それではお邪魔してごめんなさい、ごきげんよう」


 聞きたいことを兄から聞き出すと、イザベルはまた会釈して去って行った。その際にレーナと目が合い、微笑んで指先をヒラヒラさせる。前日からのあれこれのせいでどこかまだ沈んだままだったレーナの気分は、急浮上した。

 ヴァルターは呆れ顔で、わかりやすく急にご機嫌になった妹を指さして、アロイスに目配せした。アロイスは声をたてずに笑うが、何も言わない。そんなふたりの様子に気づいてはいたが、気分のよいレーナは小さく鼻を鳴らしただけで何も見なかったことにして、広い心で水に流してやるのだった。


 残りの食事を食べながら周囲の様子をうかがうと、ヴァルターとイザベルばかりでなく、外出していた学生たちが次々と寮に戻ってきている様子だった。そこかしこで帰還の挨拶の声がする。


 午後の試験では、明らかに学生数が増えていた。

 アビゲイルが医務室からまだ戻らないのでこの日もレーナが代理で点呼を行ったが、少なくともレーナの学年の女子は、食あたりで医務室療養となっている者を除き、この時間までに全員が寮に戻っていた。

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金色に輝く帆の船で
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