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とある茶番劇の華麗ならざる舞台裏  作者: 海野宵人


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第一回シナリオ対策会議 (1)

 活字となって印刷された「呪われたシナリオ」の第一部が配布されたのは、学長に談話室に呼び出されたあの日から六日後のことだった。


 先行してタイプライターで作成した完全版は、国王リヒャルトと王太子ハインツが一部ずつ持つことになっている。

 分割版は、五分割されたものを順に、出来上がり次第配布することになっていた。原本は、タイプライター版が納品された翌日にアビゲイルのところに戻された。植字の参照用には、タイプライター版のカーボン複写を使用するらしい。使い込んでくたびれていたはずなのに、戻ってきた原本はまるで新品のように見えた。


 レーナが不思議がっていたら、アビゲイルがからくりを教えてくれた。

 タイプライター版を人海戦術で作成するために、原本をいったん解体したのだそうだ。バラしたページを別々のタイピストに渡して同時に作業したのだと言う。その作業が終わった後に製本し直したので、表紙が新しくなって新品のように見えたというわけだった。


 製本されていない「呪われたシナリオ」は、茶封筒入りで配布された。封筒の表には大きく「極秘」の文字が判で押されている。もちろん政治的な意味での機密事項なわけだが、レーナの個人的な心情としても、決して人目に触れさせたくない精神的な危険物だった。

 これが自分の父の手にも渡っていると思うと、ちょっぴり泣きたい気持ちになる。


 今回招集をかけたのは、学長ではなくハインツだ。

 対策するにあたって関係者の打ち合わせが必要なのはわかるのだが、今の段階で招集されたことがレーナには不思議だった。なぜなら、まだ第一部しか配布されていない。その第一部に書かれている内容は、すでに起きてしまったことばかりなのだ。対策を考えるなら、まだ起きていない事柄について書かれた部分が配布されてからでないと意味がないのではなかろうか。


 話し合いの場所は今回も、談話室奥にある図書室の長テーブルだ。

 顔ぶれは前回と一緒だが、今回は学生と学長のみで、学外の大人たちはいない。

 前回と違って通路を封鎖したり衛兵が立っていたりはしなかったが、談話室の入り口は閉め切られ、学長名の入った立ち入り禁止の札がドアノブに掛けられていた。


 全員が集合すると、学長は椅子をひとつ部屋のすみに移動して、そこに座る。そしてハインツに向かって「私は聞いているだけですから」と言うと、腕組みをして目を閉じてしまった。本当にただ聞いているだけらしい。


 ハインツは学長に小さく了承の返事をしてから、「呪われたシナリオ」入りの封筒を手にして集まった学生たちに質問を発した。


「どう? 皆もう読んでくれたかな?」


 レーナとアビゲイルはもちろん読むまでもなく内容が頭に入っているが、他の面々が口々に肯定の返事をするのに合わせて、一応うなずいておいた。


「今日はね、シナリオに書かれた内容と実際に起きたことの差違と、その違いが起きる条件について確認したいんだ」


 ハインツは二十数年前にヨゼフが関与した亡命劇について、関係者たちから聞き取りをしていた。ひとりは予言内容を直接聞いたリヒャルト、もうひとりは予言が実現された現場にいたマルセルだ。


 まずリヒャルトによれば、くだんの侯爵一家の死亡に関する予言内容は「馬車で逃亡しようとした侯爵一家が銃撃戦で亡くなる」というものだったと言う。

 当時の「未来を視る者」すなわち予言者であるニナに「もっと詳しくわかるか」とリヒャルトが尋ねたところ、彼女は「そう話に聞くだけで、具体的にどこでどういう銃撃戦になるかまではわからない」と答えたそうだ。つまり、正確に言えば「馬車で逃亡しようとした侯爵一家が銃撃戦で亡くなった、という話をニナが聞く」のが予言内容だった、ということになる。


 次にマルセルによれば、実際にはとても「銃撃戦」と呼べるものではなかったらしい。なぜなら馬車に乗っていたのは人形なので銃など使うはずがないし、マルセル自身も一切応戦することなく、馬車を捨てて逃げることにのみ専念したからだ。銃撃戦と呼ぶにはあまりにも一方的な攻撃だった。


 ただし銃撃戦になるだろうという話は事前に聞いていたため、防弾ヘルメットや防弾チョッキなど、考えつくかぎりの防弾装備を身につけていた。さらに、銃声に怯えて恐慌状態に陥いることのないよう、引き馬には軍馬を使った。二頭立てに見せかけてあったが実際には一頭立てで、もう一頭には鞍をつけてあった。何しろ馬車の中身は人形しかない。荷が軽いので、一頭でも余裕だったのだ。最悪の場合、引き馬は見殺しにすることになっていたが、首尾良く馬車から切り離せたので二頭とも無事に逃げ延びることができたそうだ。

 馬車が岸壁から落ちた後、逃げた馬を追うそぶりを追っ手が見せなかったため、いったん馬車から離れてしまえば逃走は簡単だったと言う。


 ハインツの話を聞いて、レーナは「ひどい」と思った。捜査や捕縛が目的なら、少なくとも銃で攻撃する前に馬を止めるよう警告するなりするものではないのか。それもなくいきなり銃で攻撃してきたと言うのだから、もう最初から殺す気満々だったとしか思えない。


「────と、まあ、ひどい話なんだけど。ひどいのは置いといて、これを聞いて僕は、実現する予言内容は予言者自身が直接見聞きする事柄に限られているんじゃないかと思ったんだ」


 ハインツがそう締めくくると、レーナは「そうかもしれない」と思った。が、自信がないので黙っておく。しばしの沈黙の後、頬杖をついて考え込むような顔をしていたアロイスが声を上げた。


「うーん、どうだろうね」

「何か考えがある?」

「ハインツはそれが必要十分条件だと思ってるみたいだけど、必要条件のように見えない?」

「なるほど」


 レーナにはちっとも「なるほど」と思えなかった。だって、それ以前に何を言ってるのかわからない。小難しい言い回しを使わないでほしい。しかしこっそり周りの様子をうかがってみたものの、アロイスの言葉の意味がわかっていないのは、どうやらレーナだけのようだ。仕方なく隣に座っているアビゲイルを肘でつつき、ささやき声で「どういう意味?」と尋ねると、「やれやれ」とでも言いたげな顔をしつつも親切に解説してくれた。


「予言者自身が見聞きすることとして予言された内容はどれも実現するとハインツさまは思ってらっしゃるけど、必ずしもそれがすべて実現するとは限らないのではないかとアロイスさまはお考えだってことよ」

「なるほど」


 同じ国の言葉を話しているのに通訳がないと理解できない自分が切なくなったレーナは「寝る前に数学の復習をしよう」と胸のうちで密かに誓った。でも、十分条件と必要条件のどっちがどっちだか覚えられる気は、あまりしない。

【必要条件】

ある事柄が成り立つために,必ずなくてはならない条件。「 p ならば q 」という命題が真であるとき,q は p の必要条件という。


【十分条件】

それがありさえすればある事物が必ず成り立つような条件。「 p ならば q 」という命題が真である時,p を q であるための十分条件という。


【必要十分条件】

ある事柄が成り立つためには,必ずなくてはならない条件(必要条件)と,その条件が成り立つときに必ずある事が成り立つような条件(十分条件)の二つを兼ね備えた条件。「 p ならば q 」と「 q ならば p 」の命題がともに真のとき,p は q の(または q は p の)必要十分条件である。必要にしてかつ十分な条件。

──「大辞林」より

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