兄貴のHPバーは多分余裕で3本くらいある
「えーと、こういうところは靴を脱ぐんでしたっけ?」
道場に着いてすぐ、澄也が姉貴に聞く。
「ええ。こっちの道場は主に柔道部が使ってる道場ね。柔道は裸足でやるものだし、決して土足で上がらないこと。」
「「「はーい。」」」
三人揃って返事をして靴を脱ぐ。
ガララッ
「おっ、来たか!」
引き戸を開けると既に到着していたらしい兄貴が道着を着て立っていた。
「これからウォームアップだ!」
言うや否や壁に向かって走り、そのまま壁をけってバク宙を決める兄貴。そのままバク転を数回繰り返し、側中、前中と決めていった。
「……体操部に入った方がいいんじゃないのコレ。」
まるで猿のような空中劇に思わず呟いてしまった。
「私もそう思ってたんだけど、どうもフィーリングで動いているみたいで、技の順番とかを決めた通りにできないらしくてやめたみたい。まあ、本人は元々乗り気じゃなかったしそれでいいのかもしれないわね。」
「へぇー。」
しかし見ていて本当に自分と同じ人間か疑うレベルのバネで驚く。足だけ冬士さんに改造手術を受けているって言われても信じてしまいそうなレベルだ。
「ふぅ、いい感じだ。……しっかし可愛くなったなぁ、楓。悪い奴に捕まらないように気をつけろよー。まあ、そうなったら俺が助けてやるけどな!」
「ありがとう……」
なんですぐにそういう話になるのかは謎だが頼もしいことに変わりはない。うちの兄貴はその辺のチンピラが束になってかかっても敵わないだろうから。
「勇牙、なるべくならバレないようにやるのよ? もしくは飽くまで正当防衛の範囲に留めること。うちの柔道部に所属してることを忘れずに。」
と姉貴が釘を刺す。
確かに喧嘩沙汰なんて起こしたら色々面倒なことになりそうだ。
「え? ……あっ、そっか。部に迷惑かかっちゃうもんな。でも、もしそうなっちゃう状況でも楓が危ない目に遭ってるなら俺はやるぜ、姉ちゃん。」
フッ、というような仕草をして言う兄貴。
……守られるというのがここまで頼もしいとは、知らなかった。それと同時に今の自分が非力で、法律を無視された場合、敵わない相手が世に沢山いることにも気づいて少し不安になった。
「まあそうね。部の方々には申し訳ないけど部のことを優先して楓を見捨てるなんて言った日には張り倒そうと思ってたから。勇牙の考えがそれで安心したわ。」
なんて話していると、
「あっ、お姉ちゃんたちいたー!」
「遅くなってすまない。少し校内で迷ってな。」
直矢と幸がやって来た。
「迷った? 地図も添付したはずだけど。」
え?といった風に言う澄也。
「地図も機械は苦手でな……開くのに時間がかかった上、上手く地図を読めなくてな……幸ちゃんに手伝ってもらってようやく辿り着けた。」
参った……と呟く直矢。
「地図の表示方法も表記も分かり易くしたつもりなんだけどなぁ……」
「まあいい、早速だが、やりあおうか?」
ギラリ、と音がしそうな目で兄貴を見る直矢。
「準備運動はいいのか?」
と兄貴。
「問題ない。準備運動ができない状況で戦う機会なんて山ほどあるからな。まあ、するに越したことはないが、しなきゃ戦えないようじゃ半人前だろう。」
「でも俺はした。ただでさえ女なんだ。公平にするためにも準備運動はしてくれ。」
「なら、お言葉に甘えて。」
シュッシュッ、とシャドーボクシングを始める直矢。そのままなにやら武道の型らしきものを高速で繰り返す。
「さて、今度こそやろう。っと、その前にそっちが道着ならこっちも着なきゃフェアじゃないな。澄也、道着出せるか? 上だけでいい。」
「えー、そんなの登録してたかなー。えーっと……あったあった。丈夫な方だよな?」
「おう。帯も忘れずにな。」
「抜かりないよ。はい。」
澄也が先ほどの光の板を呼び出し、そのまま操作をすると、白い道着と黒い帯が澄也の手に表れる。
「俺が女体だからといって手加減なんてつまらない真似はするなよ。」
道着を身に着けながら直矢が言う。
「アンタみてーな雰囲気バリバリの相手に手加減なんてできねーよ。ルールはどうする? 審判できそうな人間はいないけど。」
「ルール無用、ギブアップのみでいいだろ。怪我しても治す準備はあるし、本気で当たろう。」
「オーケー、了解。……姉ちゃん、始めの合図を頼んでもいいか? 礼が終わったタイミングで頼む。」
「ええ、分かったわ。」
姉貴の返事を聞いて、二人は人間三人分ほど離れたところでお互いに立礼をし、姉貴に目くばせする。
「……始め!」
姉貴の合図と同時にお互いが構える。兄貴は柔道ベースの両手を前に出して手を開いた組み付こうとする構え。直矢は右手を大きく前に出し、逆に左手は脇を占めて腰の近くに据えた空手風の構え。
最初に仕掛けたのは兄貴だった。手を前に構えたまま一瞬で距離を詰めて組み付きにかかる。
対する直矢は左手の正拳突きを兄貴のみぞおちに向けて放つことで迎撃。兄貴はこれに対して体をずらしクリーンヒットを避けながら無理やり組み付き、そのまま頭突き。直矢は金的に向けて膝蹴りで反撃を試みるも、猫のような俊敏さで兄貴が後ろに飛びのき空振り。
「カァーッ、効くねえ! 肋骨折れるかと思ったぜ! しかし金的とは問答無用だなぁ! 流石に食らいながら強引にってワケにゃいかねーな!」
殴られた箇所をさすりながら兄貴が言う。頭からは頭突きの拍子に切れたのか血が流れている。
「男女の違いで唯一有利な点だからな、使わない手はないだろ。」
同じく軽く割れたらしく血の出る額に手を当てつつ直矢が答える。
「立ちの打撃じゃ勝ち目は薄そうだな。」
と言うと、直矢は構えを柔道ベースの構えへと移行する。
「おっ、柔道部エースの俺に対して柔道勝負か!? 乗ってやるぜ!」
兄貴も先ほどと同じ柔道ベースの構えで対峙する。
そのままジリジリとお互い距離を詰めていく。
またしても先に仕掛けたのは兄貴だった。
「やーめた、柔道ばっかはつまんねえ!」
言うや否やバク転して距離をとると、そのまま前に駆けだし飛び膝蹴りを放つ。それを体をひねって避ける直矢。
「読めてるぜぇ!」
兄貴が空中で体勢を変えて直矢の方の上に立つと、そのまま直矢の方を蹴る形でバク中して地面に降り立つ。
「ぬおっ!?」
よろめく直矢。すかさず兄貴が組み付きに行くと―――
「油断したな。」
「グッ、フ……」
兄貴のみぞおちに見事に直矢の腕が突き刺さる。
「油断、したのはそっちだぜ……!」
みぞおちへの正拳突きで一瞬止まった兄貴はすぐに直矢の後ろに回り、裏投を決めた。
「うぐっ……!」
予想外の投げに呼吸が一瞬詰まる直矢。その間に兄貴は後転倒立の要領で起き上がり、直矢の頭の数センチ隣を思いっきり踏みつけた。
「これは俺の勝ちか?」
「踏みつけが当てられていたら間違いなく俺は戦闘不能。ギブアップだ、俺の負けだよ。」
「ッシャ! おっと、礼はしねーとな。」
直矢に手を差し伸べる兄貴。
「悪いな。……ありがとうございました。」
「ありがとうございました!」
お互いに最初の位置に戻り、立礼をする。
「いやー、アンタ中々強いな! 男の筋力だったらみぞおちで気絶したかもだし、何より最初の捨て身自体できなかったからな! 実質俺の負けだ!」
「いや、負けは負け、勝ちは勝ちだ。お前の勝ちだよ。久しぶりに血が滾った。ありがとう。」
「女体化で諸々能力落ちてるとはいえ、直矢に勝つ楓ちゃんのお兄さんって何者……?」
澄也が聞いてくる。
「こっちからしたら兄貴に苦戦させる直矢が何者って感じだよ。」
兄貴、昔から近所の道場に通ってて、その道場で一番強く、部活の柔道でも一年生でインターハイの出場権まで得たくらいだぞ……インターハイは怪我で出られなかったんだけど……
「二人ともすごーい!」
と幸が二人の元に向かう。
「おう! 兄ちゃん勝ったぞ!」
兄貴が手を広げて幸を受け止めようとすると、
「魔女のお姉ちゃんカッコよかった! アレはカラテ!?」
幸は直矢に抱き着いた。
「俺、勝ったんだけど……」
見るからにしょんぼりする兄貴。
「兄貴、ナイスファイト。お疲れ、カッコよかったよ。」
見るに見かねて声をかけた。まあ、カッコよかったのは事実だしな。
「うおお楓えええ! そうだろ!? 兄ちゃんカッコよかったよな! な!?」
抱き締めてくる兄貴。
「ちょっ、兄貴……まあいいか、勝ったんだしな……」
抱き着かれるままにしておく。
「私も道場通おうかしら……」
「僕はやめておきます……」
後ろの方で姉貴と澄也が何か話していた。
先日感想をいただき、とてもモチベーションが上がりました!
現在ストックを減らしつつ補充しつつといった感じで投稿しています。ストックが切れたらしばらくストック貯め直しの期間に入る予定なので皆さんよければ感想をください……毎日投稿の期間が伸びますので……よろしくお願いします。




