紅い葉
アケルには妹弟子がいる。妹弟子の方はアケルが自分の弟弟子だと主張している。だが、アケルのほうが年上だし、庭を管理する父に弟子入りした時期も早ければ、庭に滞在する時間も長い。だからどう考えてもアケルが兄弟子である。しかし、困ったことに妹弟子のほうが身分が高い。父の雇い主の姪である、という身分を利用され、人前ではセンパイ、と呼ばされ、コーハイ、と呼ばれている。どう考えても権力の濫用である。権力を濫用する割に妹弟子はノブレスオブリージュを実践すると主張し、高貴なるものの義務を果たすという使命感に燃えている。高貴なるものは権力の濫用などしないような気がするのだが。
ちなみにセンパイとは、異国の言葉で姉弟子を敬って呼ぶ表現で、コーハイはそれに対応する弟弟子の呼び方だそうだ。どの程度本当かはわからない。何しろ、この館の坊ちゃんから、妹弟子の言うことはいきものに関する話以外は出まかせだと思え、と言い渡されている。
妹弟子はいつもこの館に住んでいるわけではない。妹弟子の父はプラントハンターのような仕事をしており、妹弟子はちょろちょろとその後を追っかけているのだ。アケルには定住しない生活が想像できなかったが、各地を冒険して回る生活には憧れがあった。しかし、妹弟子の姉や母、それからこの館の主人たちが話しているところを時折耳にする限りでは、良家の娘にとって引っ越しだらけの生活は良いものではないようだ。だから妹弟子が母や姉とともに王都に定住すると聞いたときは安心した。
いや、それは噓だ。
安心したのは半分だけだ。残り半分は、物足りなさを感じた。アケルの名前すら覚えているか怪しいほど人間に興味のない妹弟子が、人だらけの王都に適応できるとは思えなかった。それ以上に、妹弟子がアケルに話して聞かせる各地の冒険譚は、アケルの少年心を甚く刺激したのである。それがもう聞けないと思うと物足りなさがあった。そもそも、ここシルウァ伯爵領に妹弟子が滞在したのも、妹弟子の父の仕事の関係である。彼女が父と離れて暮らすとなると、会うことさえほとんどなくなるかもしれない。だから、妹弟子が母や姉のもとを離れてプラントハンターの父に着いて行ったと聞いたとき、アケルは表面上は呆れて見せながらも内心で快哉を叫んだのである。
「コーハイよ、今日は重大な任務があるのだ」
その日、妹弟子はアケルの顔を見るなり言った。
「我々は森へ行かねばならぬ」
「何をしに?」
「重大な任務のためだ」
妹弟子はもっともらしくうなずきながら言った。アケルは訳が分からない、と思いながら着いて行くことにした。一応、主の親戚なので危険な目に合わないように見張らなければならない、という建前を考えながら、実のところ妹弟子が何をしでかすか胸を躍らせているのであった。
妹弟子は、アケルを連れて、領主館の広大な庭の一角にある雑木林まで重々しく行進した。重大な任務はすぐに明らかになった。秋の装いの木々がそれぞれの色の葉を散らし、林床に絨毯を敷き詰めていたのである。それを見るなり落ち葉の山に突っ込んだ妹弟子は、すぐさま落ち葉をひとつかみ掴むとアケルに向かって投げつけた。アケルも負けじと手近な落ち葉を妹弟子に投げつけた。軽い落ち葉を遠くに飛ばすのは至難の業であった。二人とも相手に投げつけるつもりで自分が落ち葉だらけになり、そんな様子を互いに笑い合った。二人が駆け回るたびに、落ち葉が砕けてあたたかなお日様のにおいを弾き散らした。
二人の関係は、一応使用人と主の親戚である。出会って間もないころは、アケルもそれなりに接していた。しかしすぐにそれは無駄な努力だと悟った。何しろ相手は人の名前を覚えない。名前どころか立場も大して覚えない。ノブレスオブリージュを自認しているくらいだから自分が貴族だという自覚はあるようにもみえるが、実のところ響きが恰好良いから多用しているだけである。つまり、気にするだけ無駄だ。もはや二人の間に遠慮などなかった。
さんざんふざけまわって疲れた二人は、落ち葉の山に寝転んで木を下から見上げた。こちらのカエデと違い、鮮やかな赤に色づいた東方のカエデは、薄い葉の重なりが光を透かして濃淡を織りなし、その色を一層あざやかに見せていた。
「紅葉と一緒だと、青空が一層青いわ」
妹弟子が興奮した様子で言った。そして思案するように続けた。
「この色を王都に届けることはできないかしら」
王都の親友に、この色を伝えたいのだと言う。青空は無理でも葉っぱだけなら届けられるんじゃないかしら。そう言って妹弟子は手近な葉を吟味し始めた。
「こうして散った葉は次の年にはなくなってしまうわね。消えないようにするには、どうしたら良いのかしら」
「消えてしまうのはミミズなんかが食べて土に変えるからだろ。落ち葉を使って良い土を作るときは、湿り気と熱が必要だ。だから、湿り気のないところで乾かしたら良いんじゃないか」
「そうね、よく乾かしたポプリは長いこと保つものね。……でも乾燥したら割れてしまうわ」
ほら、こんな風に。そう言って妹弟子は拾った葉が手の中ではらはらと崩れていく様子を見せた。それを見てアケルは眉を寄せた。
「じゃあ、壊れないように……何か固いものに貼る、とか?」
それだわ!妹弟子は目を輝かせて手を打った。昔、父の標本作りを手伝って、花を押して平らに乾燥させたことがあったのだ。やわらかな植物も、丁寧に乾燥させ台紙に貼って保管すれば、長いこと保つのだと父は言っていた。葉っぱでも、同じことができるかもしれない。平らにしてしまえば、お手紙と一緒に届けられるだろう。
そして二人は、落ち葉を集め始めた。とびきりきれいな形で、とびきりきれいな色で、まだそれほど乾燥していないものを。どの落ち葉も、よくよく見れば少しずつ違う色と形をしていた。どの落ち葉も捨てがたくて、アケルは帽子の中を、妹弟子は前掛けで作ったポケットを、落ち葉でいっぱいにしたのだった。
二人は収集した葉の山を庭の片隅にある小屋に持ち帰った。押し葉づくりである。
もとは庭師の倉庫だったらしい小屋は、あかり取りの窓が小さく切られているだけの薄暗い空間である。この小屋を見つけて以来、シルウァ伯爵家の子供たちは倉庫本来の機能を復活すべく、いたずらを貯め込む秘密基地として活用していた。今日もこの倉庫で、新しいいたずらが始まるのだ。
二人はまず、できるだけ平らで固いものを探した。幸い、この倉庫のほかの住人たちが集めた夢という名のガラクタの山の中に、手ごろな木の板やらレンガやらを見つけ出すことができた。それから書斎に忍び込んで古新聞と吸い取り紙を一かたまり手に入れた。これは使用人であるアケルが実行すると大問題になるので、妹弟子の仕事だった。これで必要なものはすべてそろった。
倉庫の中でも南側で、比較的乾燥した一角に、アケルはレンガを並べた。その上に木の板を置き、吸い取り紙を重ねる。その間に、妹弟子は二つ折りにした新聞紙のあいだに落ち葉を重なりのないように並べた。吸い取り紙と落ち葉をはさんだ新聞紙を交互に重ね、平らになるように木の板を置く。最後に重しとなるレンガをそっと乗せれば、押し葉づくりの第一段階は完了だ。二人は自分たちの仕事ぶりを満足げに眺めた。
数日の間、二人は毎日押し葉の様子を見に来た。吸い取り紙を取り換えなければならなかったし、押し葉の状態が気になったからだ。落ち葉をはさんだ新聞紙を勢いよく開いたせいで、何枚かの葉は破れてしまった。しかし大部分は順調に乾燥していった。
このいたずらを始めてから五日が経ち、落ち葉をはさんだ新聞紙に冷たさが感じられなくなったころ、妹弟子は押し葉の完成を宣言した。
「森の中で見た時ほどきれいじゃないけど、十分きれいね」
妹弟子は押し葉を検めながら言った。いろいろな赤と、いろいろな黄色の押し葉は、一枚一枚に異なる味わいを持っていた。王都の親友に送る押し葉を選ぶ妹弟子を見ながら、自分にも誰かこれを贈る相手がいれば、とアケルは少しだけ羨ましく思ったのだった。




