第75.5話 その男は囁けり。
「あらら。失敗しちゃった」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりで照らされた薄暗い部屋の中ーー。
ソファに寝そべりながらそうは言った男は、言葉に反して全然堪えていない様子で笑っている。
どうやら今日も今日とて澱みを有するモノに〝囁いていた〟らしい。
フードを深く被った《邪神兵団》の団長は呆れた様子で……男へと声をかけた。
「ねぇ。あんまりサボらないでよ? 一応君、《副団長》なんだからさ」
男ーー副団長は嗤う。
その美しい顔を邪悪に歪ませながら。狂気に満ちた声で答えた。
「うっふふふっ……分かってるって。今、囁いてたのだって……標的の側にいた子よ?」
「ふぅん? でも、失敗したんだ?」
「全然期待はしてなかったんだけど……今までで一番惜しかっただなんて。本当、失敗しちゃった」
標的への悪意を察知する生命体が生み出されてからは、上手くいかないことばかりだったが。まさか、悪意がない攻撃なら通るだなんて思いもしなかった。
だが、それもここまで。失敗してしまった以上は、対策されてしまうことだろう。
団長は手段の一つが潰れたことに呆れながら、溜息を吐いた。
「…………警戒されちゃうだろうし、また暫く様子見かな。君も悪意の種を撒き散らして遊ぶのは、ほどほどにね」
「うふふっ、うふふふふっ」
初めからまともな答えが返ってくるなんて思っていない。団長は何も言わず、部屋から出ていく。
残された男は一人、延々と笑い続ける。
片方しか残っていない、その濁った碧眼に映るのは……ここにはいない愛しいヒトの姿。
「……待ってて。必ず、必ず、助けてあげるから」
男の呟きは、ぽつりと薄暗い部屋に響き渡った。




