第60話 転生して十年目、また最初から飛ばしてます。(2)
どうぞー、よろしく!
披露宴に来てくれた人達に挨拶回りをするらしいメルヴィン様達と別れた後ーー私達は、披露宴会場の一画に用意された休憩用のソファが置かれている場所に向かった。
その区画を占領(?)しているのは……顔面偏差値がとんでもなく高い人々ことーーエクリュ侯爵家の一面。
あまりにもキラッキラしてるモンだから、その場に近づくことさえ怖気付く。
でも、ルイ君に抱っこされている私は……容赦なく、その場に連れて行かれたのだった……。
「兄様、義姉様」
「あっ。やっと来たな、ルイ。アリエス。なんで二人とも、一般枠で婚姻式に参加してるかな?」
「そうよ。二人も身内なんだから……最前列で参加して欲しかったのに」
隣り合って座っている、落ち着いた色合いの紅いドレスを纏ったシエラ様と式典用軍服姿のルイン様(ルイ君よりちょっと豪華)は、ジト目で私達を見てくる。
………ルイ君に連れられて何も考えずに後ろ側の参列席に座ってたけど……お二人の予定とは違ってたんですね?
でも、ルイ君は悪びれる様子もなく、肩を竦めて反論した。
「いや……まぁ、兄様の好意でエクリュ侯爵家の屋敷に住まわせてもらってるけどさ? ボクら、一応身分的には平民だからね。一般的には、貴族の令嬢の婚姻式に参加すら出来ないからね?」
ルイン様は貴族だけど、ルイ君は貴族ではない。
元々ルイン様も平民だったけど……爵位をもらったから貴族になっただけで、身内だからってルイ君も貴族に含まれる訳ではないらしい。
だから、本当にルイン様の好意でエクリュ侯爵家の屋敷に居候させてもらえているんだとか。勿論、私も同じ。
だけど、そんな彼の主張を聞いたルイン様は呆れ顔。
そして、小さな声でぽつりと呟いた。
「……授爵の話を蹴ってるのはどこの誰だか」
「そりゃ勿論、ボクだけど?」
「あら……そんな話が上がっていたの? 何故、爵位を受け取らないの? 別に支障はないでしょう?」
「いやいやいや、何言ってんの。義姉様。今、爵位なんてもらっちゃったら面倒ごとになるよ。ただでさえエクリュ侯爵家との繋がりが欲しいって理由で色々と粉かけられてるのに……アリエスと結婚するまでは絶対に爵位なんてもらわないよ」
…………え?
「待って」
ーーピタリッ。
その制止を聞いた彼の動きが止まる。ギギギッ……と鈍い動きで振り向くルイ君。
「…………アリエス?」
恐る恐る、といった様子の彼に……私はにっこりと笑顔を向けた。
「ねぇ、ルイ君。私、ルイ君が粉かけられてるって知らないんだけどな?」
「…………そう、だっけ?」
「うん」
ルイ君の詰襟の金具を外して、真っ白な首を晒す。
…………ううん。私の色を示した首輪が嵌った首筋を、指先で撫でる。
「ルイ君」
「…………はい」
「そういうの、報告すべきじゃない?」
「……………ごめんなさい……」
「ルイ君が私以外に興味ないのは知っているけどね? ルイ君が格好良くて素敵なヒトで、他の人達がルイ君に惹かれちゃうのも仕方ないことだとは思うけどね? 他人から粉かけられてるとか……ルイ君に只ならぬ想いを抱いてるとか……そういう感情を向けてる人を、本気で消してやりたくも思うけどね? でも、それとこれとは別だと思うなぁ?」
〝グググッ……〟と苛立ちを示すように、彼の首に回していた指先に力を込める。
どうせ子供の弱っちい握力じゃ痛くないだろうし、苦しくもないだろう。
でも、それでも。私の怒りは伝わるはず。
「ルイ君」
「はい、次からはちゃんと報告します!」
「破ったら、離婚するからね」
「ごめんなさいっ、捨てないでっ!!」
「ぐぇっ」
一瞬で絡め取るように抱き締められて、蛙の鳴き声みたいな呻きが漏れる。
苦しくって〝ぺしぺし〟と頭を叩くけど、ルイ君の力は更に強くなるばかり。
〝あっ、こりゃ駄目だ〟と諦めてされるがままになっていると……シエラ様達と違うソファに座っていた二組の夫婦と目が合う。
ぷるぷると笑いを堪えている眼鏡をかけた黒髪の男性と、目をキラキラとさせたプラチナブロンドの可愛らしい女性。
顔を真っ赤にした前髪を三つ編みにして横に流している黒髪の女性と……隣に座った彼女の腰をがっしりと掴んだまま、愉快そうな表情を浮かべる銀髪碧眼の男性。
黒髪+ルイン様似という二人に、私はなんとなく彼らの正体を悟る。
けれど、それを言う前に……ずっと震えていた黒髪の男性が「ぶはっ」と吹き出して、大笑いしていた。
「あはははははっ、あはははははっ! 叔父上、止めてくださいよっ! いつからそんな、人間味溢れるヒトになったんですかっ、あははははっ!」
ソファの背凭れを〝バシバシ〟叩きながら、笑う男性。
その声を聞いたルイ君はほんの少しだけ私から離れると……据わった目を彼に向けた。
「煩いよ、ルーク。笑い過ぎ」
「す、すみません……ちょっと会わなかった内にあまりにも成長なさっていらっしゃったので……つい」
「…………ルーク」
「ごほんっ。失礼しました」
男性は眼鏡のブリッヂを押し上げて、にっこりと笑う。
そして、隣に座っているプラチナブロンドの女性の肩を抱きながら、私に向かって自己紹介をした。
「初めまして、アリエス嬢。話ぐらいは聞いているかと思いますが……現エクリュ侯爵ことルーク・エクリュです。つまり、長男です。こちらは最愛の妻のミシェリア。とても愛らしいでしょう?」
「初めまして、ミシェリアと申します。どうぞよろしくお願いしますね、アリエスちゃん」
「! 初めまして……!」
普段は領地にいるらしい長男夫妻。
話には聞いてたけれど……十年目にしてやっと会えるとは。
…………なんか、本当に今更感があるなぁ……うん。
「で……父上達を挟んだ反対のソファにいらっしゃるのは」
「わたしの名はクヴァル・フォート・レガーハウトという。そして……隣にいるのがエクリュ侯爵家の長女であり、わたしの妻でもあるルシェラ・アトー・レガーハウトだ」
!!
この人が本一冊書けるぐらいのドタバタやったもう一人の転生者さん!
目を見開いて顔を向けると、ルシェラ様は〝ビクッ〟と身体を震わせて逃げようとした。
だけど、実際に逃げる前にガシッと腰を掴まれた腕に阻止されて……泣きそうな顔でクヴァル様に視線を向ける。
しかし、彼の顔は酷く面倒そうな顔。
「逃げるな、とっとと話せ、相変わらず面倒だな。お前は」
というか、実際に〝面倒〟だって真っ正面から言ってのけていた……。
うわぁ……容赦な……。
思わず引き気味でそのやり取りを見ていたけれど、どうやらそんな粗雑な扱いでもルシェラ様の覚悟を決めさせるには充分だったらしい。
彼女は〝むぎゅっ〟と拳を握る。
そして……小さな声で、自己紹介をした。
「そ、その……ほ、法的には故セシリー妃が養女として入られているので……次女なんですが……それも百年以上前の話なので……えっと……分かり、やすいように長女を名乗らせていただいてます……ル、ルシェラ……です……よろしくお願いしますぅ……」
ーーオロオロ、オロオロ……。
視線を彷徨わせながら、クヴァル様の様子を窺うルシェラ様。
………なんだろう。その仕草にペットみーーごほんっ。小動物みを感じた。
夫婦? って聞いたけど、実際の関係は結構アレなのかな? って思わなくもない。
だけど、それは勘違いだったと直ぐに分かった。
クヴァル様は薄っすらと笑う。そして、雑な手つきで〝ぽんぽんっ〟と軽く彼女の頭を叩いた。
「よく話せたな」
「…………えへ……」
ーーふにゃり……。
嬉しそうに笑うルシェラ様。心底嬉しそうなその表情に〝あっ、この人達はちゃんと通じ合ってるんだ〟と理解する。
「だが、無駄に長い。もっと簡潔にしろ」
「あぅ」
でも、容赦ないのは確からしく……クヴァル様はまた、ルシェラ様に駄目出しをしていた。
「相変わらずねぇ、この二人は」
「苦労をかけるね、クヴァル陛下」
苦笑を漏らしながらそう言うシエラ様夫妻に、クヴァル様はヒラヒラと手を振る。
その尊大な姿が無駄に威厳があって……というか、ルシェラ様とお揃いの黒に銀糸の刺繍を施された豪華な衣装も相まって、そりゃもう圧が凄かった。
………って。今、陛下って言わなかった?
「気にするな。なんだかんだと言って五十年近く連れ添っているからな。多少は慣れた」
「五十年!?」
ギョッとして二人を見るけれど、どう見ても二十代前半ーールシェラ様に至っては十代と言われても納得しそうな容姿だ。ルーク様ご夫妻もそう。
いや……そもそもの話、シエラ様とルイン様も年齢不詳な若々しい見た目なんだから、外見年齢が正しいとは限らないのか……。
じゃなくて!
「陛下って?」
「あぁ……クヴァル陛下は隣の……ミシェリアの実家がある国とはまた違う大陸の、統一国家レガーハウト帝国の前皇帝陛下なんだよ」
「って……メルンダさんから教わってないかしら?」
「あっ」
あっ……。エクリュ侯爵家関連だからって、ミシェリア様のご実家のことも帝国のことも教わってたわー……。
記憶の中のメルンダ先生が「アリエスさん……?」と笑顔で怒っている気がする……。
レガーハウト帝国ーー隣の大陸の統一国家。
先々帝があちこちに子種をばら撒いた所為で王位継承争いが激化し……一時は国家崩壊直前まで荒れたらしいが、先帝クヴァル・フォート・レガーハウトが武力を以って国を統一し、手腕を振るって国を立て直した。その最中、国が弱っているところを他国に狙われることになったが……逆に攻めてきた国を制圧し、大陸統一を成し遂げたというーーまるで物語のようなお話。
あまりにも壮大かつ現実離れし過ぎてて、すっかり忘れてた。
でも、目の前にいるのがその当事者だと言うのなら……ルシェラ様は必然的にーー……。
「…………えっ。ここにいる一面、凄く豪勢ですね?」
《精霊姫》で転生者なシエラ様。
精霊王の息子であるルイン様とルイ君。
現エクリュ侯爵のルーク様と、元公爵令嬢で王族の血も引いてるミシェリア様。
そして……先代皇帝夫妻のクヴァル様とルシェラ様。
やっだー、本当に凄い一面だわぁ……。
「……いや。何、他人事みたいに言ってるかな? アリエスも充分凄いでしょ」
「えっ」
ルイ君にスンッとした目で見られて、私は首を傾げる。
それを見た彼は、本当に呆れた様子で溜息を溢した。
「君、この世界で唯一精霊王を殺せるヒトだからね」
「…………そうだっけ?」
『そうだぞ! わたし、君にだったら普通に殺されちゃうんだからなっ!』
「「「「………………」」」」
サラッと参加してきた声に、私達は黙り込む。
それぞれ死んだ魚のような目、据わった目、遠い目をしながら……ゆっくりと振り向く。
そこにいたのは……まぁ、うん。予想通りのヒト。
『精霊王だよっ☆』
ーーバチコーンッ☆
ウィンクした目元にピースを添える精霊王。
…………その仕草は、素晴らしいぐらいにさっきのシェリー様とそっくりで。
…………またお前かよ……。
そんなルイ君達の心の声が、顔から漏れ出ていた……。




