第57話 転生モブメイドの動揺(2)
シリアス&ブレイク!
やっぱりこのシリーズはこうじゃないとね☆
という訳で〜よろしくどうぞ( ・∇・)ノ
アトム→イリス目線。
その日ーーいつも側に仕えているイリスがいなくて。
僕は首を傾げながら、側に控えていた侍女に声をかけた。
「ねぇ。イリスはどうしたの?」
「イリスは現在、ルイ・エクリュ様と面会しております」
「…………ルイ・エクリュ?」
「エクリュ特務の弟君であり、アダムス様と共に働いていらっしゃる軍人様です」
なんで、そんな人がイリスに用があるんだろう?
そう疑問に思って聞いてみても、侍女は「申し訳ございません。わたくしは存じ上げません」と答えるばかり。
イリスのことが心配になった僕は、侍女がお茶の準備をしに僕の側を離れた隙を狙ってーーお気に入りの木剣を手に取って、部屋を飛び出した。
客人が来れば、大体は応接室に案内される。きっと、イリス達もそこにいるはず。
僕は迷うことなくその場所へと向かい……応接室の前に着くなり、音をたてないようにして扉を少しだけ開けた。
部屋の中の様子を覗き見すれば、僕の予想通りーーイリスと黒髪の男の人と、僕と同い年ぐらいの女の子がいた。
三人(何故か女の子は男の人の膝の上に座っていたけれど)
は、テーブルを挟んで向かい合うようにしてソファに座っている。
そしてーー……。
イリスが顔面蒼白で震えているのを見つけた瞬間ーー僕は反射的に、部屋に乗り込んでいた。
「…………っ! イリスを虐めるなっ!!」
ーーこの時の僕は、この出会いが運命を変える出会いだと、知るよしもなかった。
*****
「イリスを虐めるなら、僕が許さないぞっ!!」
アトム様はパタパタパタッと私の側に駆け寄ると、その手に持っていた子供用の木剣をアリエス様達に向けました。
その姿を見て、思考が止まってしまっていた私は、心臓が凍りつくような気持ちになりました。
ひぃっ!? なんてことをっ!?!?
「アトム様っ、いけません! 客人に木とはいえ……剣を向けるなど!!」
「でもっ! イリスっ、震えてるっ!」
「私は大丈夫ですから! ですからっ、剣を向けるのはお止めくださいっ……!」
思わず立ち上がり、縋り付くように腕を掴みながら懇願します。
ですが、アトム様は木剣を下げません。
本当に止めてくださぃぃぃぃっ!! この方々は怒らせちゃいけない人達なんですよぉぉぉぉっ!!
「イリスのことは、僕が守る!」
泡を吹いて倒れそうな私に反して、アトム様の顔は真剣そのものでした。
そんな私達を見てアリエス様はキョトン顔。
そして……ルイ様は口元を歪めた、ニヒルな表情を浮かべながら、アリエス様の頭の上(ひよこは器用に肩の方へ転がりながら移動してました)に顎を乗せました。
「ふぅ〜ん? シナリオを変えちゃダメだとか言っときながら、自分だって変えてるんだねぇ?」
「…………………えっ!?!?」
その言葉に、私はぐるんっ! と勢いよく振り向きます。
私が……シナリオを、変えてる?
「聞いた話だとその子、気弱なんじゃなかったっけ? でも、今の彼とは似ても似つかないじゃないか」
「それ、は……」
確かに、アトム様の性格はゲームと違います。
ですが、それは……まだ幼いからで。これから、気弱な性格に変わる可能性もーー。
「確かに、性格が変わる可能性はあるね。未来のことは誰にも分からないんだから。でも、逆を返せば誰も分からないからこそ……そのままの性格で成長する可能性もあるよね?」
「…………!」
ルイ様の言葉に、私は何も言い返せません。
「そもそもの話さ? 転生者が今ここにいる時点で。君自身が攻略対象に関わっている時点で。君がここにいるからこそ、その子がそういう性格に変わったって可能性があるよね?」
「っ!!」
そう、でした。私は、転生者。アリエス様と同じ、存在。
私という存在自体が。例え、シナリオ改変を積極的に行っていなくても。私という者が存在すること自体で、シナリオを変える可能性を……私は考えて、いなかった。
「アリエスにはシナリオを改変するなって押しつけて、君だってもう、自分が既にシナリオを改変しているという可能性は……無視するの?」
ーーにっこり。
とても美しい笑みなのに……ルイ様の瞳は、一切、笑っていませんでした。
「あ、ぁ……」
私はその場に崩れ落ち、呆然とアリエス様を見つめます。
彼女は困ったような顔をして、小さく溜息。
そしてーー。
「や・り・す・ぎ」
ーーぺちこーんっ。
くるりっと上を向くなり、ルイ様の額を勢いよく平手で叩きました。
………………え?
「痛いよ、アリエス」
「痛くないでしょー。私の力弱いんだから」
アリエス様は呆れたような顔をしながら肩を竦めます。
確かに、ルイ様は痛そうに、してません。
いや、そうじゃなくて……。
「もう……意地悪しないの。弱いもの虐めは駄目だよ?」
「いや〜……だってさぁ? コイツ、傲慢なんだもん。自分のことは棚に上げて、アリエスのことは押さえつけようとしてるんだよ? 腹立つよね」
「まぁまぁ。世界の滅亡がかかってるんじゃ、イリスさんみたいに考えるのも一理あるって。確実に助かる過程が分かってるなら、それに従った方がリスクは少ないでしょ?」
「でもさぁ? アリエスにシナリオに従えって言うってことは……色んなものに汚されて、穢されて、業を背負って、精神崩壊させて、誰にも助けてもらえない絶望の中で、邪神召喚の生贄になって死ねって言ってるも同然なんだよ? そんなの、許せる訳ないじゃん」
……………ぁ……。
「少数と多数なら、少数を切り捨てるって考えもあるけどね」
「アリエスを切り捨てるぐらいなら、世界なんか滅んじゃえばいいよ」
「………過激だなぁ」
そこでやっと、私は自分がアリエス様にしようとしていたことの真の恐ろしさを理解しました。
そう、です。
シナリオに従ってヒロインが世界を救うーーということになれば、邪神も召喚されるということ。
そして……その邪神召喚の生贄は、凡ゆる業をその身に背負い、穢れ堕ちた存在で……。
私は、アリエス様に、暗にそう言っていたのです。
邪神召喚の生贄になれーーと。
「…………あ、ぁぁぁ……あ……」
ポロポロと、涙が溢れていきます。
なんて、傲慢。なんて、最低。なんて、残酷。
私だって、自分が絶望しながら死ぬと分かっていたら……どうにかして運命を変えようとするはずです。
なのに……なのに、私はっ……!!
「イ、イリスっ……!? どうしたのっ……!?」
アトム様が心配そうに私の隣にしゃがみ込みますが、私は何の返事も返せませんでした。
私、は……なんて……。
「…………あ〜ぁ……ルイ君が泣かせたぁ〜……」
……アリエス様が、暢気な声でそう呟かれます。
…………なん、で? なんで、そんな……風に……。
「えーっと……イリスさん? 大丈夫? そんな死にそうな顔しなくていいよ?」
「…………えぇ〜? もうフォローするの? もう少し苦しませようよ〜」
「小さい女の子相手に意地悪しないの」
「残念。そいつの精神年齢はもう既に三十代だよ。つまり、ボクより歳上」
「えっ!? そうなの!?」
「そうなの。それに、アリエスに死ねって言うような奴にボクが優しく出来る訳ないでしょう? 本当なら……今すぐにでもーー……」
ーースッと、ハイライトが消えた赤い目がこちらに向けられます。
全身を包み込む悪寒に、私はぶるりっと震える。
「……………まぁ、でも? ちゃんと反省してるみたいだし。今回だけは、見逃してあげようかな」
ですが、その悪寒は直ぐに霧散しました。
ルイ様の視線が逸れて、今度は柔らかな視線をアリエス様に向けています。
…………展開が、ジェットコースター並み過ぎて、ついて、いけませんっ……!
「…………というか……ルイ君、無許可でイリスさんの心の声、読んでない?」
「読んでるよ?」
「プライバシーの侵害では!?」
!?!?
アリエス様の言葉に、私は驚きを隠せませんでした。
私の心の声を、読んでいた?
そういえば……ルイ様は確かに、声に出していない私の言葉に、反応してーー……。
「あははっ。あのね? 人間、心の中じゃ何考えてるか分からないんだから、実際に心の声を読んじゃう方が手っ取り早いんだよ? 後、無意識でもアリエスに死ねって言ってるような人間に容赦はしない」
「本当に容赦ないね!?」
「アリエスの敵はボクの敵、だからね」
泣き続ける私と、オロオロと動揺するアトム様。
そんな私達の前で、(雰囲気的には)のほほ〜んっと会話を続けるアリエス様達。
…………さっきまでのシリアス、どこに行った?
シリアス作った張本人が、のほほ〜んっオーラを、放っているのですが?
「あー、もう。本当に脱線しまくるなぁ!? まぁ、とにかくね!? 貴女にお伝えしたいことがあります!」
アリエス様は〝ぷんぷんっ〟という効果音が似合いそうな顔をしながら、腰に手を当てます。
………………私に、伝えたいこと?
それがあるから……私に会いにーー……?
「イリス・バレスさん」
「っ……! は、はい……」
「精霊王のお言葉です」
「!?」
精霊王様直々のお言葉だと聞き、私は反射的に背筋を伸ばしました。
色々と話についていけていないアトム様も、これから先の話が重要そうだと思ったのか……真剣な顔で、アリエス様達を見つめます。
そしてーー……。
「〝シナリオは、積極的に叩いて殴ってぶっ壊せ☆〟ーーだそうです」
………………うん?
微かに残っていたシリアスの気配は……この時、完全に消え去ったのでした。




