第56話 転生モブメイドの動揺(1)
時間が二年ほど進みます。
でも、多分数話?で終わる……。
転生したモブメイドことイリス目線です。
それでは〜よろしくどうぞっ!
……皆様、お久しぶりです。
モブ転生したメイドことイリス・バレスです。
こちらの世界に転生してもう十ニ年。早いモノで、アトム様も七歳になられました。
ゲームでのアトム様は気弱なわんこキャラでした。ですが、どういうことでしょう……。
今の彼は、とんでもないヤンチャ様……。
子供だからでしょうか? いつも走り回って怪我をしては、こちらの心配にも気づかずにケラケラ笑っています。本当に落ち着いてくれませんかね……?
木から落ちて頭打った時は一週間も起きなくて、心配し過ぎて死ぬかと思ったんですからね……?
まぁ、前置きはここまでにして……話変わって。
私は現在、緊張の真っ只中におりました。
ーーそれは何故か?
今ーー目の前のあのアリエス様がいらっしゃっているから、でした。
「初めまして、イリス・バレスさん。私はアリエス。どうぞよろしくね」
ノートン伯爵家の応接室。
向かいのソファにて攻略対象であるヤンデレ軍人ルイ・エクリュ様のお膝の上に座ったーー物理的に光っている、黒いひよこを頭に乗せた少女ことアリエス様。
私はダラダラと冷や汗を流しながら、ごくりっと喉を鳴らします。
だって……目の前の情報量が多過ぎるんですよ……。
なんで光ってるんですか、とか……なんでひよこ頭に乗せてんですか……とか。なんでお膝抱っこ状態なんですか……とか。
色々と聞きたいことだらけなのですが、そんなの一切出来ません。
恐い……恐過ぎる……光が一切消えた、ルイ様の視線が……。
え……? なんでこんな闇深そうな目で見られてるんでしょうか……?
美形なだけあって、真顔かつハイライトが消えてるってだけでとんでもない迫力なのですね……。
というか……なん、か……物理的に、ジリジリと、圧がかかって……いるような……段々息苦しく、なって……き………。
「………ん? ルイ君、なんかしてる?」
「………………………………なぁーんにもしてないよ?」
「……イリスさんの顔色悪いんだけど?」
「気の所為じゃないかな?」
「ルイ君」
ーーにっこり。
アリエス様が笑顔を浮かべながら、自身のお腹に回っている彼の手の甲を抓ると、苦しかった圧が一瞬で霧散します。
…………ヤバい……本当に、何かされてた……。
更に顔面蒼白になった私を見て、アリエス様は大きな溜息を吐かれます。
そして、心底申し訳なさそうな顔で謝罪してきました。
「ルイ君がごめんね? 大丈夫?」
「……だ、大丈夫、です……」
「もう。ルイ君も圧力をかけちゃ駄目だよ? 相手は一般人なんだから」
「………………」
「ルイ君」
ムスッとされたルイ様に、アリエス様はまた溜息。
なんとも言えない微妙な空気が流れる中ーー私は、更に驚愕することになりました。
「言うこと聞いてくれなきゃ、今日一緒にお風呂入んないよ?」
!?!?
えっ!? 何言ってんですか!? というか……一緒に風呂入ってんの!?
大きく目を見開く私を無視して、顔を顰めたルイ様と困り顔のアリエス様は会話を続けます。
「…………それは卑怯じゃないかな……?」
「なら、言うこと聞いて?」
「………………」
「……はぁ〜……仕方ないなぁ。じゃあ、今日は別々で寝よーー」
「!! わ、分かったよ……だから、別々は止めて……」
「うふふっ、ありがとう。ルイ君」
にっこりと笑うアリエス様と、ガックリと撃沈するルイ様。
……………え?
…………私は一体、何を見せられているんでしょうか……?
惚気……? 惚気ですね……? 違うことなく惚気です……。
虚無顔になった私は、思わず遠い目をしてしまったのでした。………はい。
「さてさて。話が脱線してごめんね? 本当はもうちょっと早くお話ししたかったんだけど……」
「この子、アリエスと同じ転生者なんでしょう? そう簡単に会わせられないよね」
「……っていう訳でして。こうして今頃になって会いに来たのでした」
…………え? …………転生、者……?
……………………えっ!?!?
「や、やっぱりっ……貴女も転生者だったんですか、アリエス様っ!」
ーーバァァァン!
驚きの思わずテーブルを叩きながら立ち上がる私。
大きな音に驚いたらしいアリエス様はビクッと身体を震わせます。
その瞬間ーー容赦なく私に向けられる、濃厚な殺気。
「ひぃっ!?」
私は、アリエス様の背後にいる魔王から放たれる威圧に、悲鳴をあげながらソファに倒れ込みました。
「煩い。驚かさないでくれる? 思わず殺しちゃいそうになるから」
「す、すみませんっ……!」
声が、本気、でした。
怒らせちゃ、いけない方を、怒らせましたっ……!
ガタガタと恐怖に震える私に、ルイ様は冷たい視線を向け続ける。
しかし、そんな最中に舞い降りた女神様……。
アリエス様は「待って、ルイ君」と落ち着いた声で、ルイ様に声をかけました。
「ちょっとビックリしちゃっただけだから、大丈夫だよ。だから、そんなに怒らないで」
「……………」
「ルイ君」
「…………はぁ……分かったよ。でも、気をつけて行動してよね? イリス・バレス」
そう言ったルイ様は大きな溜息を零してから、アリエス様の髪を撫でます。
そんな彼の撫でる手を見て、私は大きく目を見開きました。
左手の薬指で輝く……コバルトブルーの石が嵌められた、白金のシンプルな指輪。
それは……俗に言う、結婚指輪、というものなのでは?
「!」
それに気づけば、他のところにも気づかずにはいられませんでした。
アリエス様の首元で輝く、真っ赤な雫型の宝石が付いた黒いレースのチョーカー。
ルイ様の首には、コバルトブルーに薄水色の糸で蔦の刺繍が施された布製のチョーカーが付けられています。
そして……アリエス様の左手の薬指で輝く、血のように赤い宝石がついた白金の指輪。
……………それが、意味するのは……まさか……。
「………色々と脱線したけど、話を戻すね」
顔面蒼白になった私に気づきながらも、アリエス様はそう仰られました。
少しだけ、申し訳なさそうな顔をしながら。
「……貴女の記憶が真実なら、この世界は乙女ゲームの世界で。ルイ君と貴女が仕えるアトム・ノートンは攻略対象、なんでしょ?」
「!!」
「そして、私は精霊王を殺すための生贄」
「!?!?」
アリエス様から語られた言葉に、私は絶句しました。
精霊王を、殺すための、生贄?
それは……つまり……アリエス様は、あの《邪神兵団》の、邪神を喚び出すための、生贄ーー!?!?
「でも、生憎と私はそのゲームを知らないんだよね。この知識も、精霊王から教えてもらっただけなの」
!?
アリエス様は、このゲームのことを知らない?
だけど、精霊王に教えてもらったから、知っている?
どういう、こと?
「ま、待って……待って、ください! 話について、いけません!」
「ううん、待たない。早く終わらせないとルイ君の機嫌が悪くなるからね。率直に聞くよ? 貴女は、これからどうしたいの?」
「っ……!」
ーーこれから、どうしたいのか?
そんなの、どう答えれば、いいの?
「このまま何もせずに、大人しくアトム君のメイドでいる? 九年後に現れるだろうヒロインを手助けする? それとも……」
アリエス様は不自然にそこで言葉を切られます。
ルイ様と比べると穏やかな印象を受けるアリエス様。
ですが……その凪いだ表情が。凍りついたように感じる温度のない視線が。
………………殺気を放つルイ様よりも、末恐ろしく、感じました。
「……………ヒロインが、どの攻略対象を選んでも問題ないように。私とルイ君を別れさせる?」
「……………」
ゲームでは、世界が滅亡の危機に瀕し……けれど、ヒロインと攻略対象の力で救われました。
この世界でも同じことが起こるかもしれない。起こらないかもしれない。
この世界はゲームと同じかもしれないし、違うかもしれない。
どちらが正しいのかが分からないからこそ。世界の滅亡がかかっているからこそ。
確実に世界が救われるように、シナリオの改変は起こさない方が良いはず……。
そんな風に、私は考えていました。
だから、アリエス様がシナリオを改変して、攻略対象と結ばれようとしているならば……世界のためにも。ヒロインが誰を選んでも問題ないよう。それを、止めた方がいいとも、考えていました。
でも、そんなふうに考えながらも何も行動していなかったのは……他ならぬ私自身です。
行動するのが、恐かったのかもしれません。
だって、私の行動次第で……確実に〝何か〟が変わるだろうから。
だから、責任を負うのが恐くて……私は、今の今まで流されるまま暮らしてきたのです。
「…………わた、し、は……」
だから……こうやって、正面からそう言われて。
私は、何も、返すことが……出来ません、でした。
私は……。
「…………っ! イリスを虐めるなっ!!」
ーーバンッッ!!
「「「!!」」」
大きな音をたてながら開け放たれた扉。
そこにいたのは……金髪に榛色の瞳を持つ、幼い子供。
「アトム、様……?」
「イリスを虐めるなら、僕が許さないぞっ!!」
その言葉に、思考が止まっていた私は、一気に現実に戻されたのでした。




