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第49話 見習いーズの二日目


時間軸が前日に戻ります〜。

つまり……。


第47話→見習い一日目。

第48話→見習い二日目と(ルイ目線)三日目(アリエス目線)。

第49話→見習い二日目(セルとオリー目線)。


セル目線→オリー目線です。

よろしくお願いしま〜す!


 







 アリエスの護衛見習いになった二日目ーー。




 アリエスの護衛見習いになれたことがとっても嬉しくて。昨日はなかなか寝付けなかったというのに、今日は朝早くから起きてしまった。

 夜が明ける前に目覚めて、時間を持て余してしまったから朝食の時間まで朝練をして……。

 そして、とうとう待ちに待った護衛開始時間ーー。

 胸を高鳴らせながらアリエスの自室に向かったオレを待っていたのは……。



 ………………とんでもない量の朝食を吸引(?)食いしているアリエスだった。



「…………え?」

「もぐもぐもぐもぐ」


 姉ちゃんがヒィヒィ言いながら、凄まじいペースで配膳している。

 魚が乗った皿が前に出されて、アリエスがシュパパッと食べ終えて、空いた皿が詰まれる。

 既に空いた皿の山が三つも、別のカートに置かれている。

 その光景にオレは思わずにいられなかった。



 …………これ、何時いつから、朝飯食ってんの?



「追加持ってきたぞい〜、嬢ちゃ〜ん」


 軍人上がりの料理人デイブさんが、ガラガラとカートを押しながら部屋に入ってくる。

 そのカートの上には料理の皿、皿、皿。

 とんでもない量の野菜、魚、肉、パン、スープが所狭しと並んでいた。

 それを見た姉ちゃんは絶句。でも、直ぐに冷静さを取り戻すと……大人しく配膳に専念することにしたみたいだった。


「もっと追加はいるかい?」

「うん」

「おう。ならもうちっと作ってくるかのぅ」


 アリエスのお代わり注文を聞いたデイブさんは、空いた皿が山積みになったカートを押して、退室しようとする。

 隣をすれ違う瞬間ーーオレは思わず、彼に声をかけていた。


「あ、あの……デイブ、さん? こ、これは……」

「んん? ただの嬢ちゃんの食事風景だろう?」

「…………あっ!」


 そう言われたオレは、五年前もアリエスが凄まじい量のご飯を食べていたことを思い出す。

 どうやら、今でもそれは現在らしい。


「まぁ、今日はいつもより食べるペースが速い気もするが……ルイ坊と喧嘩したと聞いたからな。ヤケ喰いじゃろう」

「ルイ、様と?」

「ーーーーその名前、今は出さないで」


 ーーぞわりっ。

 背筋がゾッとするほどの冷たい声で言われて、オレは驚きに目を見開く。

 冷笑ーーという言葉が相応しい笑み。キラキラと物理的に光るコバルトブルーの瞳なのに、その奥に濁った怒りを感じて……。

 いつもと違うアリエスの姿に、オレは無意識に喉を鳴らす。



 …………この子は本当に……オレが知ってる、アリエスなのか?


 姿は同じなのに……なのに、彼女から、言いようのない恐怖を、感じずにはいられない。



「……坊と何かあったのかい、嬢ちゃん」


 なのに、デイブさんはそんなアリエスに怖気付くこともなくいつも通りの声で問いかけていた。

 …………心臓が強過ぎる行為に、オレは心の中で感心してしまう。

 重苦しい沈黙が流れる。

 だけど……アリエスは薄っすらと笑いながら、それに答えてくれるみたいだった。


「けんか、したの」

「だろうな。この五年で初めてじゃないかい? お前さんらがこんなにも離れているのは」

「そうかもね。でも、ルイ君にははんせーしてもらわなきゃいけないから」


 ーーぶすりっ!

 サーブされた肉にフォークを突き刺しながら、アリエスはにっこりと笑う。


「ルイ君にはいーっぱい、困ってもらうの。私のことで頭いーっぱいにして、なやんで、苦しんで、こうかいして……」

「…………後悔、して?」

「…………私から、もっと離れられなくなっちゃえばいい」


 …………その顔は、その幼い容姿にそぐわぬ笑みだった。

 陰鬱で、凄みがあって。なのに、どこか妖艶さすら感じさせる……大人びた笑み。

 …………本当に……この子は、誰、なんだ?



 ……………この子は……オレが、知ってる……アリエスじゃーー………。



「ご飯、お代わり」

「あっ、はいですぅ……!」




 ……アリエスの一言で再開した食事風景を、オレはジッと見つめ続ける。



 彼女変わりように驚いていたオレは……暫くの間、その場から動くことが出来なかった。






 *****






 アリエス様の見習い侍従になって二日目ーー昼頃。


 キッチンに昼食を受け取りに来たわたしは、たまたま居合わせた同僚でもある馬丁見習いに声をかけられることとなりました。




「あれ? お前、アリエス様の見習い侍従になったんじゃなかったっけ? 一緒に食べないの?」


 麻のシャツにズボン。麦藁帽子が似合いそうな素朴な少年ーーハリスは首を傾げながら聞いてくる。

 エクリュ侯爵家は他の貴族の家とは違いかなり特殊で……側仕えになった者は、主人と共に食事を摂ることが多い。

 だが、キッチンに昼食を取りに来るということは主人と食事を共にしないということと同義だ。(※側仕えの分は主人の分と一緒に用意される。)

 彼が疑問に思うことも当然だったので、わたしは淡々とそれに答えた。


「アリエス様には()()()()()で良いと言われたので。それに従っているだけですよ」

「…………ふぅん? そうなんだ?」

「えぇ」

「なら、なんで見習い侍従にしたんだろうなぁ?」


 ハリスは心底不思議そうにしながら、ポリポリと頬を掻いていた。

 …………まぁ、普通の人はそう思いますよね。

 ですが、アリエス様の目的はあくまでもわたし達を側仕え(仮)にするいう()()を作ることですので、実際に側にいるかどうかは()()()()()()のだと思います。


「ってか、セルは?」

「…………あぁ。彼は護衛見習いなので、毎日側にいてアリエス様を守るそうですよ」

「へ〜……そーなんだ? 五年前のアイツ、めっちゃ落ち込んでたから……アリエス様の側にいることが許されて良かったね〜」

(………………まぁ、許される以前の問題かもしれませんけどね)


 わたしは心の中で苦笑を零します。

 昨日ーー五年ぶりに顔を合わせた時。

 わたしが最初に感じたのは、不気味さ……でした。

 微笑んでいるのに笑っていない瞳に、子供らしからぬ威圧を放つ姿。

 そして……〝側仕えにしたという事実だけを求めている〟という言葉と、〝聞いたら後悔するよ?〟という脅し。

 これだけで、アリエス様には何か目的があって、そのために自分達は利用されていると把握するのには、充分過ぎました。…………恋に恋しているらしいセルは、気づかなかったようですが。

 加えて……いつもご一緒におられたルイ様と別行動をとっているという現状と、昨日から水面下で流れている〝ルイ様とアリエス様が喧嘩した〟という噂。

 これらの情報を加味して辿り着いた答えは……。



 わたし達……いいえ。正確にはセルを側に置くのは、ルイ様への〝嫌がらせ〟の可能性が高いという考えでした。



 ルイ様はアリエス様の保護者であり、セルはアリエス様に恋慕の念を抱いている……。

 アリエス様を溺愛なさっているルイ様に対して、いつか自分を攫っていくかもしれない男を側に置くというのは、〝嫌がらせ〟としてこの上ないモノだと言えるでしょう。

 繰り返しになりますが、エクリュ侯爵家は特殊な家なので、本人達が望むならば身分違いでも結ばれることが可能です。そもそもの話、アリエス様の身分は食客のようなモノ。エクリュ侯爵家(正確にはルイ様)に保護されているだけで貴族ではあらせられないようですので、平民であるセルと結ばれても問題がないのです。

 ゆえに、ルイ様のお気持ちを考えるならば……今の状況は保護者としてかなり、やきもきさせられることかと考えられます。

 ですが、逆を返せばそんなことをするほどまでにアリエス様はルイ様に怒っているということで。



 …………一体、ルイ様は何をなさってしまったのでしょうね……?



「ほらよ。今日のランチセットだ」


 思考に没頭していたわたしは、料理長から声をかけられて顔を上げました。

 厳つい顔立ちに屈強な身体。傭兵によく間違われる料理長からランチボックスを受け取り、お礼を言ってからキッチンを後にします。

 なんとなくでハリスと共に、裏庭で昼食を摂ることになりました。

 ハリスは「話は戻るけどさ〜」と渡されたランチセットを大切に抱きながらにっこりと笑いました。


「なんにせよ、セルの初恋が叶うと良いな〜! 護衛見習いなんて絶好のチャンスだもん!」


 前向きなハリスの言葉に、わたしは苦笑を零してしまいます。

 ……五年前にしてしまったことを思い返せば……そう簡単なことではないとは思いますが……。

 確かに、ルイ様への〝嫌がらせ〟とはいえ、側にいることを許されたのです。チャンスと思えばチャンスでしょう。

 ですが、まぁ……。


「そのためには、アリエス様の保護者たるルイ様という壁を乗り越えなくてはなりませんがね」

「うわぁ〜……壁が高い!」



 なんて言いながらも、わたしも心の中で弟分の初恋が叶えば良いな……と思っていたのです。






 ……。

 ……………この時のわたしは、()()()()()()()()()ので……こんな風に思っていましたが……。



 この後ーーわたしは、弟分の初恋が無惨に散るーーそもそも、可能性の芽すらなかったことを知ることとなるのでした……。






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