第48話 互いに互いの首を絞めていると、今更気づきました。
ルイ→アリエス目線でーす。
ではでは、よろしくどうぞっ!
「アリエスからの伝言だよ。しばらく面会謝絶だってさ、ルイ」
ーーぴしゃーーんっ!!
エクリュ侯爵家のダイニングルームーー朝食時。
兄様から伝えられたアリエスからの伝言に、ボクは言葉を失わずにはいられなかった。
「う、嘘、でしょ……?」
「本当」
「昨日から会えてないのに!?」
昨日……ボクは初めてアリエスからついてこないでと言われた。
余りの衝撃に茫然自失したボクは、昨日、自分がどうやって過ごしたのかを覚えていない。アリエスと一緒に過ごさなかったのは確かだ。
そんなこんなで。ぶっちゃけ死に体状態から必要最低限の持ち直してを果たして、こうやって朝を迎えたというのに……まさかのアリエス本人からの面会謝絶?
ボクはまたもや魂が口から出ていくような地獄のような気分を味わっていた。
「……………」
「死にかけに追い討ちをかけるようで悪いんだけど……自業自得だからね? ルイ」
「……自業、自得?」
兄様が呆れたように溜息を零し、隣に座っていたシエラ義姉様も苦笑を零す。
「だって、アリエスさんに沢山隠し事していたのでしょう? それに加えて、アリエスさんがアリエスさんじゃなくても良いなんて……そんな風に考えてたなんて、彼女が怒るのも当然だわ」
「そうそう。だから、ルイが嫌ってるセルを側に置くぐらい……徹底的にお仕置きされる羽目になるんだよ」
「はぁっ!?」
ボクは声を荒げて叫んでいた。
今、なんて言った?
ーーーーあのクソ餓鬼を、アリエスは側に置くことにしたって?
「………っ……!」
怒りが、込み上げてくる。
あの餓鬼は子供だけれど、一丁前にアリエスに恋をしている。そんな奴をボクの大切なアリエスの側にいさせるなんて……許せるはずがないだろう?
「今すーー」
「面会謝絶を破ったら、嫌いになるってさ」
「っっ!!」
アリエスはどこまでボクに追い討ちをかけるんだろう?
頭に血が昇っていたのに……〝嫌いになる〟の一言で、一瞬で怒りが鎮圧してしまった。
「今回はアリエスさんの気が済むまで大人しく言うことを聞いていた方が良いと思うわ。それほど、アリエスさんは怒っていたもの」
義姉様が頬に手を当てながら、遠い目をする。
…………どうやら、義姉様から見てもヤバいくらいに怒っていたらしい。
……うん……うん……。本当は、分かってるよ……。
今回は全部、ボクが悪いって。ついでに言うと、タイミングも悪い。
……折角、あの元天使様のお陰で今いるアリエスが〝ボクのアリエス〟だと思えるようになったのに……。
それを伝える前に、そう思う前のことを知られちゃうとかさ……。
…………それで怒らせて、言い訳すら出来ない状況になっちゃうって……逆にどんな運命?
でも、ここまで怒るってことは……それだけ、ボクがアリエスを傷つけたってことなんだよね……。
……。
…………。
「…………くふっ」
「ルイ、ルイ。その顔、ヤバい。だらしなさがヤバい。本音が色々とダダ漏れしちゃってるから隠しときな」
「……おっと」
兄様に言われて、ボクはニヤけそうになる口元を手の平で覆い隠す。
いや、うん。悪いのはよーく分かってる。
でも、ボクがそれほどアリエスをとても深く傷つけたっていうのも……中々に興奮するっていうか……。
こうやって過剰反応するってことは、アリエスの中におけるボクという存在が重要な位置にいるっていう証拠でもあるでしょう?
…………あぁ。反省しなきゃいけないのに、嬉しくて仕方ない。
……アリエスが関わると、情緒が安定しないな。本当に。
「……まぁ、とにかく。暫くはシエラが。休みの日は俺も加わってアリエスの護衛を担当するから……ルイはアリエスが落ち着くまで待つんだね」
「……あぁ……うん。ごめん。一応、警備用の魔道具を創っておくね」
「えぇ。お願いするわね」
兄様の言葉に冷静を取り戻したボクは、早速邪神の力を使い始める。
元々、アリエスがボクと一緒にいたのは固有能力者ーー《邪神兵団》からアリエスを守るためだ。
でも、アリエスがボクと離れるというのなら……他の護衛が必要になる。
はっきり言って、精霊術が効かない固有能力者相手じゃ兄様と義姉様は歯が立たないだろう。だから、アリエスを護るには護衛用の魔道具になる。
「出来た」
黒い炎がボクの足元に集まって、ボクの身長半分ぐらいの真っ黒い長方形のオブジェが出来上がった。
名付けるなら、自動防御壁発生装置かな。エクリュ侯爵家に《邪神兵団》に関係するモノ全てを立ち入れなくする効果がある。欠点はデザイン性と大きさ(※サイズに反して、とんでもなく重い)。
悪意あるモノ全てではなく《邪神兵団》関連とピンポイントにしたこと。屋敷一つ分の範囲設定にしたことから、その分防御壁の効果は強めになっている。
それらを兄様達に説明すると……二人は感心したように頷いていた。
「これ、《邪神兵団》からの攻撃も防げるの?」
「勿論。アイツら関連全てを防御対象にしたからね。ただ、現時点で向こうの手先が屋敷に入り込んでたら弾き出せないけど……」
「あくまでも外からの敵から護るモノなのね?」
「うん。邪神の力は万能じゃないから。ある程度の欠点を作らないと破綻する」
「だから、悪意あるモノ全てに出来なかったのか……」
「そう。そこら辺は兄様達のカバー力に期待かな」
「《邪神兵団》対策だけでも充分だよ。これで、心置きなくアリエスと離れられるね?」
ーーピシリッ。
兄様の一言で、ボクは思わず頭を抱えてしまった。
いや、そうじゃん……ボク、自分でアリエスから離れられる理由を創っちゃったじゃないか……!
「まぁ、この装置がなくてもあっても変わらなかっただろうけれど。取り敢えず、仕事に遅れるからそろそろ行くよ、ルイ」
「うぐぅぅぅぅ……!」
「あははっ。ここ最近のルイは素晴らしいぐらいの成長っぷりだなぁ。やっと精霊らしくなくなってきた」
軽やかに笑う兄様に首根っこを掴まれ、笑顔の義姉様に見送られてボクは仕事に出ることとなる。
…………ボクの長い永い、地獄が始まった(既に昨日の時点で始まっているかも?)朝だった……。
*****
ルイ君に面会謝絶宣言を出して三日目ーー。
えぇ、もう三日目です。
冷静さを取り戻した私は、思ってしまいました。
ーーーーこんなにルイ君と離れるの……初めてじゃない……? と。
(※まだ三日、されど三日)
……怒りって恐いね。自分の行動力の凄さに自分でビックリするもん。
でも、今更ながらにそれに気づいてしまったら……もう駄目だった。
ルイ君が側にいないことが悲しくて。
ルイ君の温もりがないことが寂しくて。
ルイ君に抱き締めもらえないから辛くて。
どうしてあんなに怒っちゃったんだろうって、後から後から後悔が滲み出てくる。
いや、まぁ私じゃない私でも良いなんて怒って当然って今も思ってるんだけどね?
でも、私のルイ君がいないってだけで、どーでも良くなっちゃったんですよ……。
それに……。
五年経ったから大丈夫だと思ってたんだけど……心が負った傷というのはそう易々と癒えるモノではなかったらしい。
ううん、違うか。
いつの間にか私は……。
ーーーールイ君しか信じられなくなってしまっていたらしい。
だから、自分で側に置くことにしたのに、セリナもオリーも、セルも突き放すように。
私は、私に与えられた自室に一人で引き篭もるようになってしまった。
「…………うぅ……」
『ぴよ〜……』
ベッドの上で蹲る私の前で、ひよこが心配そうな声をあげる。
ひよこはルイ君が与えてくれたモノだから、大丈夫だった。
でも、ひよこはひよこでしかないから、ルイ君が恋しかった。
「ルイ君に会いたいよぅ……でも、今更どんな顔して会えば良いの……?」
先に面会謝絶を言い出したのは私。
だから、なんかこう……顔を合わせづらくなっちゃったというか……。
…………このままになっちゃったらどうしよう……?
「…………うぅぅうっ! ルイ、君っ……!」
グスグスと鼻を鳴らしながら、更に丸くなる。
『…………ぴっ』
ルイ君を思って泣いていた私はーーひよこが困ったような顔をしながら、器用に窓を開けて外に飛び立っていたことに気づきもしなかった。




