第46話 忘れてるかもしれませんが、精霊術師団副団長です。(※ただのほんわかな訳がない)
目覚めたネロ目線で参りまーす。
それでは、今後とも〜よろしくどうぞっ!
重たい瞼を持ち上げると……そこには泣き腫らした目でなんとも言えない顔をしたサイラスがいた。
「! ネロ様!」
目覚めたわたくしに目敏く気づいたサイラスはその場に膝をつき、わたくしの手を恭しく取る。
そして、チュチュッとリップ音をたてながら、何度も何度も口づけを手の甲に落とした。
「良かった……お目覚めになって、本当に、良かった……!」
嬉しそうに笑いながら、ポロポロと痛ましい涙を零す婚約者の姿。
そこでやっと、わたくしは自身の身に起きたことを思い出す。
「…………わたくしは確か……倒れて……」
「はい。特殊部隊の執務室にて、急に血を吐きながら倒れられてそうです」
「……とても、苦しかった気がする、わ……」
「時間経過と共に変異する症状だったそうです。それも当然のことかと思われますよ、ネロ様……」
「そう……でも、今は大丈夫なの……ね?」
「はい。精霊術でも診察しましたので、完治しているのは確かです」
「そうなの……」
わたくしはゆっくりと瞼を下ろす。
本当に、苦しかった。
意識がなくても苦しかったこと、痛かったこと、辛かったことを強く覚えている。
それと同時に……腹の底から沸々と怒りが湧き出していた。
えぇ、えぇ。だって……わたくしは今回の事件の犯人を、誰よりも知っているんだもの。
ーーーー許さないわ。あの愚兄ども。
「起きたみたいだね?」
カーテンが開かれると同時に響いた声。
そちらに視線を動かせば、エクリュ特務と軍医のブラシース医師が立っていた。
「どれ。ちょいっと診察するぞ」
ブラシース医師はそう言うと、白衣のポケットからペン型のライトを取り出して瞼に光を当てたり……首にかけていた聴診器を使って心音を確かめたりする。
「精霊術による診察はそちらの坊ちゃんがしたんじゃろ?」
「あ、はい。問題はありませんでした」
「そうか。じゃが、一応採血なんかもしておこうかの」
慣れた様子で腕を縛り、注射器を使ってパパッと採血をしていく。
試験管を数本にわたくしの血を入れて撹拌した医師は「では、ゆっくり話し合うといい。お大事な」と言って、医務室を後にする。
そんな医師の後ろ姿を見送ったわたくし達は……改めて話をすることとなった。
「で? 体調はどう? 君、死ぬところだったんだけど」
「エクリュ特務!」
さらりと告げられたわたくしの身体を蝕んでいた症状の酷さに、わたくしは微かに頬を引き攣らせる。
サイラスは悲鳴じみた声をあげていた。
「煩いよ、サイラス。なんでそんなに怒ってるの?」
「当たり前です! ネロ様を不安にさせるようなこと言うなんてっ……婚約者として見過ごせません!」
「現に今は治ってるんだから、話したって問題ないと思うんだけどね」
「それはっ……そう、ですがっ……」
サイラスはエクリュ特務に何を言っても無駄と理解したのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。
わたくしを不安がらせないために彼はあまり詳しく話さなかったようだけれど……エクリュ特務の話から考えるに、実際はかなり危険な状態だったのでしょう。本当、よく助かったわね。
ついでに、あの馬鹿どもが余計に碌でもないと理解したわ。
「……問題ございませんわ。サイラスも大丈夫よ」
「ネロ様……」
「ご迷惑をおかけしました、エクリュ特務」
「いいよ。元気になったのに越したことはないからね」
「わたしからも……ありがとうございます」
「うん。お礼はアリエスに言うと良いよ。ネロを救ったのは彼女だから」
「まぁ。アリエスさんが?」
わたくしは驚きに目を見開く。
いつからかルイ・エクリュ二等兵に連れられて特殊部隊の執務室に通うようになった幼子。
わたくしなりに可愛がっているあの子が、まさかそんなことが出来るなんて思いもしなくて……驚かずにはいられなかった。
「治療方法は秘密ね。それは、特殊部隊に来てまで彼女が守られている理由だから」
「…………そのこと自体を教えてよろしいのですの?」
今の今まで、アリエスさんが特殊部隊に来ている理由を教えられては来なかった。
それでも、それなりの理由があるのだろうと理解して聞かずにきたというのに……何故、今更それを言ってしまうのかしら。
「だって、君はドSではあるけれど義理堅い人間でもあるだろう? 自分を助けてくれた人に何かあった時、助けようとするはずだ」
「…………成る程。そういうことですの。納得ですわ」
「そういうこと。サイラスも最愛の人を助けてもらったんだ。アリエスに何かあったら、助けてくれるだろう?」
「勿論です」
「だから、そういうことだよ」
逆を返せば、アリエスさんは〝何かが起こりかねない〟ほどの厄持ちということなのですけれど……まぁ、それでも命を救われたのは確かですもの。
この御恩は返さなくてはいけないわね。
「畏まりましたわ。『わたくし、ネロ・ロータスはアリエスさんに何かがあった際、わたくしに出来得る限りの手助けを誓いますわ』」
「『わたし、サイラス・トゥーザも同様です。アリエス様に危機が及べば、ネロ様の次にお助けします』」
「その誓約、ルイン・エクリュの名の下に受け付けたよ。…………で、だ。話は変わるんだけど……ネロをそんな目に遭わせた奴、相手は分かってる?」
「えぇ。愚兄どもですわね、確実に」
さっきとは打って変わって、わたくしは怒りを前面に出した笑みを浮かべる。
エクリュ特務はクスクスと笑いながら、首を傾げる。
「その根拠は?」
「あの馬鹿で阿呆で頭の足りない兄達以外にいるとお思いですの?」
「辛辣だな。まぁ、精霊術で読心すれば良いだけの話かな」
そう告げた特務はとても面倒そうに、けれどしっかりした動きで立ち上がる。
「どちらへ?」
わたくしの質問に、エクリュ特務は笑う。いいえ、嗤う。
…………美しいのに不気味さを感じさせるその笑顔に、わたくしは背筋が凍りそうだった。
「シエラ至上主義ではあるけれど、部下を傷つけられたんだ。落とし前ぐらい、つけなきゃ……な?」
…………どうやら、わたくしのために報復に出て下さるらしい。
本音を言えば、自身に関わる者に手を出したらどうなるかを知ってもらうことで、細君であるシエラ様に手を出させないためでしょうけど。
でも、そんなエクリュ特務を止める声が響いた。
「お待ち下さい、エクリュ特務。その役目、わたしに任せて頂けないでしょうか?」
エクリュ特務を真っ直ぐ見つめる……サイラス。
いつもとは違う、凛々しい姿に。わたくしの胸がドキッとする。
「…………なんで?」
「愛しい人に手を出されて、黙ってられる男がいますか?」
「…………それもそうか。なら、任せるよ、サイラス。ちなみに手加減はーー」
「ネロ様の身内だろうとしませんよ。わたしの最愛に手を出したらどうなるか、よくよく理解させてやりますとも」
そう言ったサイラスは、いつものほんわかとして雰囲気と違う……まさに悪辣という言葉が似合いそうな空気を纏っている気がした。
「そう。なら、二人は帰って良いよ。精霊術師団にも連絡は入れておいてあげる」
「ありがとうございます、エクリュ特務」
「どう致しまして。では、お大事に」
エクリュ特務はひらひらと手を振りながら、医務室を出て行く。
残されたのはわたくしとサイラスのみ。沈黙が流れるけれど、決して悪い空気ではない。
わたくしは……初めて見る婚約者の悪辣なる雰囲気に、ときめいていた。
忠犬なサイラスも素敵だけど……こういった彼も素敵なのね。改めて、彼に惚れ直してしまったわ……。
頬を赤く染めているであろうわたくしはジッとサイラスを見つめ続ける。
彼は今だに悪辣そうな空気を隠さぬまま……けれどいつもと変わらぬ優しい笑顔をわたくしに向けた。
「ネロ様」
「……何かしら?」
「早速、お屋敷までお送りさせて頂きますね。その後、暫くネロ様のお側に控えてもよろしいですか?」
「……えぇ。構わないわ」
「ありがとうございます。それでは……」
「きゃっ!」
サイラスはサラリとわたくしをお姫様抱っこで抱き上げる。
細身な割に、力持ちなのね。
「参りましょうか」
「……えぇ。よろしくね、サイラス」
「はい。我がご主人様」
その後ーー屋敷まで送ってくれてサイラスは、お姫様抱っこで帰宅したことで心配したわたくしの両親に上手く事情(流石に事実を話す訳にはいかないから、貧血を起こしてしまったということにした)を説明し……愚兄達が帰ってくるまで一緒にいてくれた。
そして、その夜ーーいいえ、その日から約半年もの夜の間。
愚兄達の部屋からは、この世のものとは思えない悲鳴が朝まで響き続けることとなったのだった……。
サイラス「ちょっと、悪夢を見続ける精霊術(※呪い)をかけただけですよ?」
New! サイラス→実はやり手!?
次回。愚兄達はどうなったのか……!? という話になるかもしれない。うん。




