第45話 ダークヤンデレ無双
あけましておめでとうございます〜。
正月の豆餅は一般的じゃないと初めて知った島田です。
という訳で!
新年早々、ブッとびアリエスです。
ルイ→アリエス→ルイン目線で参ります〜。
それでは今年も〜よろしくお願い致します!
「ただいま、ルイ君」
ーーばちぃぃぃーんっっ!!
………放たれた平手打ち(※あんまり痛くない)に、ボクの思考が停止した。
「…………」
「…………」
ベッドを挟んだ向こう側のサイラスのあんぐりとした顔が視界にチラつく。
だけど、生憎とそれを気にしてる余裕がない。
……今、ボク、アリエスに叩かれたよね?
………………え? なんで?
「ア……アリエス? アリエス、だよね?」
ボクは一抹の不安を覚える。
まさか……今のアリエスはアリエスじゃない?
「うん、まぁ。アリエスだけど……ルイ君は私が私じゃなくても問題ないんでしょ? なら、心配するひつよーはないんじゃないかな?」
ーーにっこり。
笑っているのに一切目が笑っていなかった。
…………というか……なんで、それを、知ってるのかな……?
ボク、アリエスにそんな風に考えてたなんて……言ったことないはずなんだけど……。
「あ、あの……アリエス……ボク……」
「つかれた、帰る。煩い、だまって」
「はい……」
本当は色々と考えなきゃいけないのに、有無を言わさぬ圧に気圧されて、ボクの思考はマトモに働かない。
結果として、大人しく返事を返すしか出来なかった。
そしてーー後にボクは後悔することになる。
ーーこの時、少しでも弁明をしておけば……地獄のような苦しみを味わなくても済んだかもしれなかった、と……。
*****
「降ろして」
エクリュ侯爵家の玄関に着くなりーー。
私は有無を言わさぬ笑顔でそう言って、ルイ君の腕から降ろしてもらった。
「ばいばい」
「えっ!?」
「ついてこないで」
また笑顔で黙らせて、私は彼を置き去りにする。
テケテケと迷いなく歩いて行き……目的地に着く。
そして……私は〝バァァァン!〟と勢いよく、その扉を開け放った。
「セリナ〜!? いるぅ〜!?」
「ア、アリエス様ぁ!?」
シンプルな長テーブルと複数の椅子。お茶を準備出来るように設置された簡易キッチン。娯楽用品とかがしまわれている棚とかがあるその部屋の様子はまさに(使用人用の)休憩室。
椅子に座ってボーッとしていたらしいセリナは椅子を倒す勢いで駆けてきて……私の前で膝を着いた。
「アリエス、様……! も、申し訳……申し訳ありませんっ……! 弟、がっ……!」
茶色の瞳からポロポロと零れ落ちる涙。
……そう。彼女はセリナ。私の専属侍女だった子。
五年前ーー私が《邪神兵団》に狙われた時に、操られた子の甘言に惑わされて、私を実際に誘拐してしまった男の子の実姉。
彼女は私に謝ることも許されぬまま、接触禁止が命じられた。それは、自分の弟のことで自分自身を責めてしまうセリナに余計な負担をかけないため。
本当は専属のままで良かったんだけど……自分を追い詰めてしまうセリナのために、私も会わないようにしていたの。
でもーー五年も経つんだもん。もう大丈夫だよね?
「ねぇ、セリナ」
「は、はいっ……」
「セリナはなぁーんにも悪くないよ? 分かってるでしょ?」
「それでもっ……わたくしの、弟がっ……!」
「それはセリナの罪じゃない。セリナはじぶん責め過ぎだよ」
「でもっ……」
「あーもー……面倒くさいなぁ」
ーービクリッ!
グダグダと言い続けるセリナに、笑顔を向ける。
どうやら私の笑顔が怖かったみたい。セリナの顔が思いっきり引き攣って、顔面蒼白になっていく。
「私、今、きげんが悪いの。ルイ君がね? ちょっとふざけててね? だから、大人しく言うこときけ?」
「は、はい……」
更に〝ビクビクビクッ!〟と震えたセリナが、顔面蒼白のまま頷く。
うん、自分で自分が怖いわ。頭の片隅に残ってる微妙に冷静な部分が「落ち着け!? セリナに八つ当たりする意味ないでしょ!?」って叫んでるけど、実際に口から出るのは真っ黒黒。
まさか、ルイ君が関わるだけでここまで冷静でいられなくなるとは……。
でも、仕方ないね。私以外の私でも良いなんてふざけたこと言ってるルイ君には反省してもらわなきゃいけないもん。
……………うふふっ。反省してねぇ? ルイくぅーん?
「セリナ。お願いがあるの」
「な、な、なんでしょうかぁ……アリエス様ぁ……」
「あのね?」
私はセリナの耳元に顔を寄せて、コソコソとお願いをする。
お願いの内容を聞いた彼女は、ギョッとした顔で私を見ると……ガクガクと震えながら首を振る。
「そ、そんなことでき、出来ませんっ……だって……だって……!」
「だいじょーぶだよ? 決して悪いよーにはしないからさ?」
「ですがっ……」
「セリナ」
たった一言。でも、それで充分だった。
「…………畏まりました、アリエス様」
セリナはなんとも言えない顔で頭を下げる。
ごめんね、セリナ。貴女の罪悪感とか色々を利用して。
でもね? 何度も繰り返すけど、仕方のないことなんだよ。
ルイ君に理解してもらうため。ルイ君に教えてあげるため。
…………私がどれだけ怒ってるのか、知ってもらわなきゃいけないんだから。
「じゃぁ、いこっか?」
きっと、今の私はーーとんでもない顔をしている気がした。
*****
総帥への報告(という名の圧力)を終えてーー医務室に戻っていた最中。
唐突に響いた愛しい妻の精霊術に、俺は驚かずにいられなかった。
(…………ごめん、今、なんて?)
『だから、アリエスさんがヤンデレギレしたわ』
(……………いや、何それ?)
この際、アリエス達が帰っていることには驚くまい。なんとなく予想出来てたし。そこは気にするほどのことではないとして……。
うん、やっぱり意味が分かんないな?
だって、ヤンデレギレって何? いや、単語だけで考えると……ヤンデレモードでキレたってことなんだろうけど……。
一体全体、何がどうしてどうなってそんなことになってんのかな?
(何があったの?)
『どうやら……』
シエラから聞かされたのは、まぁまぁ予想しつつも想定外だった内容。
アリエスの能力の問題については、初めからルイから聞いてたから驚かない。力を使って、他の人格が出てたのも……うん、理解出来る。
ルイがアリエスにそれを話してないのも知ってたから、驚かない。
でも、その後が謎。
なんでそれでルイを反省させるために、暫く彼らと過ごすことになるの……?
『なんでも、〝ルイ君に私じゃなきゃ駄目なんだって理解してもらわなきゃいけないんだ〜〟……とのことよ』
「…………」
…………あぁ、うん。
なんか色々と、ルイが隠してたことがバレたんだね?
だから、アリエスがお仕置きすることになった、と。
うわぁ〜……。
(なんか、とんでもなく大変そうだね……?)
『まぁ……好きにお仕置きさせたら良いと思うわ。だって、アリエスさんの目ぇ、イッちゃってるんだもの。下手に止めた方が危険だわ』
シエラにそこまで言わせるんだから、相当キレてるんだろうね。
うん、そりゃあ止めない方が良いかも。
それに……ある意味は、ルイの自業自得のようなモノだし。
(願わくば、お仕置きは程々にしておいてもらいたいモノだね。俺じゃあ闇堕ちルイを止められないから)
『……………』
闇堕ちルイを止められない=世界滅亡待ったなし、だ。
無言になったシエラは乾いた笑い声を漏らしながら、『それだけは伝えておくわ……』と念話を止めた。
「…………馬鹿だなぁ、ルイは」
俺は軍部の廊下で一人呟く。
今回は全部、ルイが悪い。
アリエスに色々と隠していたことはそうだけど……何よりも悪いのは。
アリエスもヤンデレだっていうのをきちんと理解してなかったのが、一番悪い。
「…………ヤンデレは、伝染するんだよ? ルイ」
そう言った俺は、クスクスと笑いながら医務室へと戻ったのだった。




