第43話 神様と元天使と、改められた考え
シリアス気味?です〜。
それでは〜今後ともよろしくどうぞっ(・∀・)ノ
物理的に光ってるアリエスの髪の光量が、更に増していた。
状況的にはシリアスシーンなのに、〝とんでもなく眩しくてな……〟なんて考えてしまうボクは、アリエスがアリエスじゃなくなっても良いなんて思いながらも、多少は冷静ではないらしい。
でも、そんなことも考えていられなくなる。
「ーーーー《召喚》」
アリエスの頭上の空間が歪み、そこから白い腕が出てきた。
それと同時に〝どぷんっ……!〟と深い深い闇の中に沈み込むような音が響く。
ずるりっと〝アリエスの意識〟が引っ張られる感覚がした。
ボクは先程繋いだばかりの繋がりの手綱を取って、沈み切らないように引っ張り上げる。
繋がりを意識し続けなければ簡単に途切れてしまいそうだ。
そうなればきっとーー今のアリエスは、消える。
ボクは今のアリエスを繋ぎ止める意識を切らさないまま……歪みから現れた存在へと視線を向けた。
『…………』
それは、とても綺麗な男の姿をしたモノだった。
足元に届きそうなほどに長い金色の髪。
日差しのような柔らかな瞳。
真っ白な服を纏い、その背に生えたのは四翼二対の真っ白な翼。
「…………ぁ……ぁぁ……」
彼なら放たれる神威に圧倒されて、サイラスがポロポロと涙を流していた。
あぁ、なんて最悪なんだろう? これほどの高位の存在でなければ、今回の件は解決出来ないほどだったのかと溜息が溢れてしまう。
取り敢えず……。
「ねぇ。その神威、止めてくれない? 気持ち悪いし、そっちの奴の自己が消えちゃいそうなんだけど」
邪神混じりのボクとしては肌がぞわぞわして気持ち悪いかったから、コイツに文句を言うことにした。
『おや、デジャヴ。以前に似たようなことを言われたな』
「あるなら気をつけなよ」
『ふむ。まさに正論』
一瞬で収まる神威。
ハッと我に返ったサイラスは「な、何、が……!?」と自分の手をジッと見つめている。
まぁ、驚くのも仕方ないかもしれないね。
アリエスが召喚したコイツは、一種の神だ。
人間ーーエルフであるサイラスを相手に比べたとしても、その存在性は桁外れだ。下手をすれば……その存在を見るだけで、狂う。
簡単に言えば、人間らしい感情を失くして、妄信的なコイツの信者となり、全てを犠牲にして祈りだけに身を費やし、祈りを優先するあまり生命活動を取らず、衰弱死したとしてもおかしくない。
まぁ、ボクの文句で狂う原因になり得る神威は抑えてくれたから大丈夫だろうけど。
ボクは大きく溜息を零してから……腕の中にいるアリエスに視線を移した。
「……………」
いつもと違う無表情。
涼やかな雰囲気を纏った彼女は、アリエスでありながらアリエスではない。
やっぱりこうなったかと、ボクはほんの少しだけ胸が痛くなった……気がした。
『おや』
男は彼女を見て驚いたように目を見開く。
彼女も顔を動かして彼を見る。
そして、恭しく頭を下げると……いつものアリエスと違う凛とした声で挨拶をした。
「このような状況でのご挨拶、失礼致しますーー《神王》様」
『…………驚いたな、《****》。君は死んだと思ったが?』
「はい。わたくしは既に死んでおります。ですが、この娘は少々特殊でございまして。縁あって尊き聖上とまた相見えることとなりました」
『ほう……?』
男の手がアリエスに伸びる。
触れる直前ーーボクはパシッとその手を取っていた。
「触らないでくれる? この子、ボクの妻だから」
「…………」
『………おや』
男は眉を上げて面白そうなモノを見るような目でボクとアリエスを交互に見る。
そして、『無闇に触れぬと誓おう』と言ったので……ボクはパッと手を離してやった。
『驚いたな。わたしに忠誠を誓っていたお前がわたしへの無礼を許すなど』
「この男……いえ。ルイ君の主張は正しいからです。生まれ変わったわたくしは……この身体の主人格は現在、彼の妻。亡霊たるわたくしがとやかく言える立場ではございません」
「昔話に花を咲かせるのもいいけどさ。先にネロをなんとかしてくれない?」
話を遮ったボクは面倒くさいって態度を隠さずに、ベッドの上に横たわるネロを指差す。
男ーー《神王》と呼ばれたモノは『色々と聞きたいことがあったのだがな』と言いつつも、視線をネロは向ける。
『…………随分と珍妙な』
「治せる?」
『あぁ、問題はない。多少時間はかかるがな』
「じゃあ治して」
『わたしを喚んだはお前ではなかろう? お前の命には従わぬーー』
「聖上」
ーーピタリッ。
《神王》はアリエスに名を呼ばれて黙り込む。
そして……面白そうな様子を隠さずに〝仕方ないな〟と言わんばかりの態度でネロに手を翳した。
ふわりと光が集まって、ネロの身体を包んでいく。
サイラスは困惑しながらも緊張した面持ちでーーボクはななんの感情も抱かずにその無駄に幻想的な光景を見つめていた。
すると……治療の手を止めぬまま、《神王》がふと声をかけてきた。
『治している間に色々と聞かせてもらおう。ここは、異なる世界だな?』
「そう。召喚術で喚んだ」
『つまりは彼女は異なる世界の魔女……という訳か』
「アリエスは魔女じゃないよ」
『我が世界では我々のような幻想に生きる存在を喚び出せるモノを魔女、魔法使いと呼ぶのだ。そうピリピリするな』
……そりゃあピリピリぐらいするでしょ。
コイツの属性は聖で、ボクは反対の邪だ。相性の悪さは言うまでもない。
『それで……何故、その娘もまた珍妙な状態なんだ?』
「珍妙って?」
『その娘の中に眠る記憶が多過ぎるだろう?』
どうやら前世のことを言っているらしい。
目敏いな、と思いながらもボクは答えた。
「答える義理、ある?」
『わたしは異なる世界で神達と天使を束ねる立場にある。多少のアドバイスは出来ると思うが?』
「…………」
『例えば……その娘の意識が消えないようにするためのアドバイスなーー』
「初対面相手にそこまで信用するつもりないんだけど? 口を動かす暇があったら、とっとと治療して」
『………ふはっ。流石、邪悪に連なるモノだ。わたしを信用せぬのか。こうして、治療までさせておきながら』
「それはアリエスが魔力という名の対価を払っているだろう。本当に、いい加減にしろよ?」
殺意を滲ませながら、ボクは嗤う。
信用? そんなの出来るはずがない。
そもそもの話、コイツは初対面であり……ボクが知っていることは、コイツがネロを治療出来る存在であるということだけだ。
自己申告で〝異なる世界で神達と天使を束ねている〟なんて言ってるけど……それもどこまで信じていいのか。
上手い話には裏があるように、信じるに値しない。
というか……どうにも虫酸が走って仕方ないんだよね、コイツ。
「聖上」
そんなボクの不快感に気づいてかーーアリエスが大きな溜息を零しながら、《神王》に声をかける。
彼女は冷たい目を向けながら、口を開いた。
「貴方様がなんと言おうが……わたくしは貴方様と共に参りませんよ」
『……おや』
猫のように目を細めながら笑う《神王》に、ざわりっと不快感が増す。
「言ったでしょう。わたくしは既に亡霊です。この身体の主人格は彼の妻であるアリエスです。このまま、わたくしの人格を補強して、わたくしとして連れて帰ろうなどと思わぬことです」
…………どうやら彼女の方がコイツについて詳しいからか……コイツがしようとしていたことを直ぐに察したらしい。
やっぱりコイツ、今の状態の人格を固定して、このまま連れて行こうとしていたのか……。
………ドロドロとしたドス黒い感情が、身体の奥底から湧き上がる。
『……バレていたか。お前は優秀な配下だったからなぁ。そのまま連れて帰れれば仕事も楽になるかと思ったのだが』
「……お前……今すぐ殺されたいの?」
地の底から響くみたいなドスの効いた声がボクの口から溢れた。
あぁ、本当に腹が立つ。本当に、今すぐ消し去ってやりたい。
流石のコイツもボクの本気を感じ取ったのか、ビクリッと身体を震わせる。
そして、慌てたように弁明をした。
『まぁ、待て待て。冗談だ。そこまで怒ることはなかろう?』
「……冗談にしては質が悪過ぎるかと思われますが?」
『だが、《****》よ。考えてみてくれ。ここは異なる世界であり、わたしが真面目にしていなくてはならない理由はないのだ』
「回りくどい」
『わたしだって悪ふざけしてみたい』
「死ね」
『ぎゃぁぁぁあっ! 治療が失敗するから落ち着かんか、邪神んんんんっ!!』
殴ろうとしたけどアリエスに止められたので、結局殴りはしなかった。
でも、その代わりに彼女が懇々と説教かましていた。
いい気味だね。
「冗談にしても時と場合というのを考えるべきであってですね……本当、羽目を外すにしてももう少し考えては如何ですか?」
『うむ。すまない……』
「では大人しく治療しててください」
『うむ……』
やっと大人しくなった《神王》は、それから無言で治療を進めた。
…………サイラスのなんとも言えない視線も多少は効いてたと思う。だって、〝こんなヤツにネロを任せなきゃいけないのか……〟と言わんばかりの、ゴミを見るような目をしてたから。
そんな彼らを見て、彼女は溜息を一つ零した。
そして……今度はゆっくりとボクを見つめてくる。
凪いだ目。だけど、どこか慈愛を感じさせるその視線に、ボクは首を傾げる。
「何?」
「良い機会ですので……貴方にも一つ苦言を」
「……………どういうこと?」
「貴方は、アリエスがアリエスならばどんなアリエスであろうと変わらないと言っていましたが……それはきっと、間違いです」
「………………」
今の今まで、ずっと淡々とした声だったのに。
急に子供を諭すような優しい声を出し始めた彼女に。
その言葉に。ほんの少しだけ……動揺する。
「貴方のアリエスはアリエスだけですよ」
「…………」
「だから、ワザワザ《結婚の誓い》をしてまで、アリエスの意識を繋ぎ止めているのでしょう?」
「…………そう、なの……かな」
ボクには分からない。
アリエスがどうなろうと、ボクは変わらず愛せる自信があった。
でも……どうしてだろう?
彼女の言葉を聞いてしまったから?
……アリエスじゃないアリエスを、間近で見てしまったから?
今はほんの少しだけ……自信が、ない。
「わたくしは自分が亡霊だと自覚しておりますから、主人格にとって変わろうなどと致しませんが……他のモノ達はそうとは限りません。今もアリエスを沈めてしまおうとしているのを、貴方は感じているでしょう?」
……成る程。
意識を繋ぎ止める契約が切れそうになっているのは、それが理由だったのか。
アリエスの中にある数多の前世。数多の人格。
彼女みたいに身の程を弁えているモノもいれば、隙あらばとって変わろうとするモノだっている。
「貴方は自分自身の心をきちんと理解していないのですね」
「…………それは、否定出来ない、かな」
「或いは、貴方に混じっている邪神の影響なのかもしれませんが」
……あぁ、そういえば……。
異なる世界の邪神は、アリエスを失ってしまったからこそ、自分の知ってるアリエスじゃなかろうと。異なる世界であろうとも。アリエスの側にいれるなら、どうあろうが幸せーーなんて思ってるような奴だったね。
「兎にも角にも。貴方のアリエスはアリエスだけであり、それを無意識にも理解していたから……貴方は《結婚の誓い》をしたのでしょう」
「…………ボク、アリエスがアリエスでいれるならそれで越したことはない……って思ってたからしたんだけど」
「あら。なら、ちゃんと分かっていたのですね。分かっていて、分かっていなかった……なんて。とても不器用ですね、ルイ君」
ーーふわりっ。
そこで初めて、彼女が笑った。
とてもとても、優しい顔で。
ボクは精霊達に育てられたから母様に愛してもらった記憶なんてないけれど……こういう顔を、母親みたいな顔って言うのかもしれないと思った。
「わたくしからのアドバイスです。貴方のアプローチは間違っておりません」
「どういうこと?」
「アリエスの心と自我を補強する愛を注ぐという行為。彼女を繋ぎ止める結婚。貴方がアリエスを繋ぎ止めるために取った行動は、正しいです」
「……本当?」
「えぇ。欲を言えば……肉体関係を持って、もっとデロデロ甘々になって、更に依存し合ってしまった方が良いのですが……倫理観及び肉体年齢的な問題でまだそういった関係になれませんものね。アリエスが大人になったら直ぐにでも肉体関係を持ってしまうことをお勧めさせて頂きます」
「…………」
思わず真顔になったボクは悪くないと思う。
いや、だってさ? 最初のクールそうな印象が全部ぶっ飛んだよ?
明け透け過ぎないかな? 直訳すると、肉欲に溺れろって言ってるよね?
…………なんか無駄に複雑な気分なんだけど……。
『終わったぞ』
なんか微妙な空気になったところで、《神王》から声がかかる。
話を切り上げるために視線を動かせば、そこには穏やかな顔で眠るネロの姿と……安堵の涙をボロボロと零しながら、その手を取るサイラスの姿。
試しに精霊術による検査をかけてみれば、ちゃんと精霊術が発動した。
うん、確かに治ってるっぽい。
ボクは少し嫌な顔をしながらも、一応お礼を言った。
「ありがとう」
『あぁ。構わぬ』
「わたしからも御礼をっ……ネロ様をっ……ネロ様を救ってくださり、ありがとうございます!!」
『うむ。末永く共に生きるが良い』
「ありがとうっ……ございますっ……!」
滂沱の涙を零すサイラスに向かって、彼は慈愛に満ちた優しい顔をしながら答える。
…………うん。やっぱり、背中がぞわっとする。
「では、ご帰還下さいませ。聖上」
ボクの腕の中にいる彼女がサラッと告げると、《神王》は打って変わってギョッとした顔をする。
『ま、待て! 折角の異世界なのだぞ!? 少しぐらい観光をしてもーー』
「《送還》」
『《****》ーーーー!?』
彼女の言葉に合わせて空間の歪みが生じる。
そこに飲み込まれていく……哀れ(笑)な《神王》。
「短い間でしたが、またお会い出来て良かったです。お元気で」
『******ーーーー』
悲鳴に近い声と共にあっさりと消えた《神王》を見送って、ボクはどうしてこんなにもイライラしてたのかを理解した。
まぁ、属性の相性の悪さもあるけれど……微妙に父様臭がして、イラってたらしい。成る程、納得。
「………わたくしも、ここまでですね」
《神王》が消えると同時に急に眠そうに瞼を擦り始めた彼女。
どうやら、彼女も沈み始めたらしい。
「…………戻りましたら、直ぐに他のモノ達を抑えますので。その隙にアリエスを引っ張り上げてくださいませ」
「…………出来るの?」
「お任せくださいませ。わたくしは元熾天使の《****》。多少の荒事は慣れっこでございます」
…………どういうこと?
天使だから荒事に慣れっこって意味分からないんだけど……。
「…………安心なさいな」
「………何が?」
「貴方がアリエスにかけた言葉ーーきちんと叶えさせて差し上げますから」
「!」
多分、彼女が言っているのは……アリエスが召喚術を使った時のことだろう。
アリエスの意識が沈む前ーーボクは小さく呟いた。
ーーーー〝また会えるかな〟って。
「それでは。出来ることならば……もう二度と、会わないことを祈って」
彼女は笑う。
次に彼女に会うとしたら、またあの《神王》を呼ばなきゃいけないような事態に陥った時だから。
だから彼女は、そんなことにならないようにと祈って笑う。
「さよなら」
ーーがくんっ!!
彼女の身体から力が抜けて、ボクは落としてしまわないように力を込める。
それと同時に軽くなった繋がりの先。どうやら、本当に他の奴らを抑えてくれているらしい。
その一瞬を逃さずーーボクは勢いよく引っ張り上げる。
ーーどぷんっ……!
深い深い闇から引き上げる音が頭に響く。
ゆっくりと開かれていく瞳。いつも通りの、けれど何故かキラキラと輝いているコバルトブルーの瞳を見て……ボクの心に安堵が満ちる。
「お帰りーーアリエス」
本当だったね、元天使様。
アリエスがアリエスならどうなろうと構わないって思ってたけど……ボクのアリエスは、この子だけだったみたいだ。
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