第40話 日常を襲った、非日常
まーたース〜ラ〜ン〜プ〜!!
という訳で、皆様、お久しぶりです。
また遅筆化した島田です。ここ最近の雨の所為で身体の調子は最悪ですが、なんとか生きてる島田です。
更新が遅くて、ごめんなさい!!
多分、暫くスランプから抜け出せないと思いますので、気長にお待ち頂けたらと思います。
それではでは。皆様も体調に気をつけてお過ごし下さいませ。
今後とも〜、よろしくどうぞっ!
いつも通りと変わらない一日のはずだった。
………………その瞬間までは。
「…………こほっ……」
私は目の前で起きた光景に言葉を失った。
いつも通りのお茶の時間。参加者は私とルイ君、メル先生。後、ひよこ。ルイン様は執務机に向かって書類整理をしつつの参加になる。
ネロさんとアダムスは巡邏があったから、後から来ることになっていて。
先日ーーネロさんとサイラス様が婚約したから、今日はその話を聞くことになっていた。
なのにーー……。
特殊部隊の執務室に帰って来るなり……ネロさんは、吐血しながら、倒れ込んだ。
「………え?」
ーーガチャァンッ!!
驚きに固まった私の手から、ティーカップが落ちる。
「っ! 見ちゃ駄目だよっ、アリエス!」
ルイ君がそれ以上見ないようにと、目元を手で覆う。
「きゃぁぁあっ!?」
「おっ……落ち着け、メル!」
メル先生の悲鳴と、アダムスの動揺している声が聞こえた。
「一体何が!?」
書類整理をしていたルイン様の焦ったような声と、ドタドタと走る音がする。
(…………ネロ、さん……)
何が起きてるのかーー頭が理解しようとしてくれない。
でも、それでも確かなことが一つだけ。
……あんなに沢山の血を吐いたら……ネロさんが、死んでしまうかもしれない。
*****
その日ーーわたし、サイラス・トゥーザの元に届いた連絡は……わたし達の日常をぶち壊した。
「ネロ様っ!!」
連絡が来るや否や医務室に飛び込んだわたしは、一番手前のベッドに横たわった顔面蒼白の婚約者を見て言葉を失くす。
昨日、遠くから様子を見た時は特に変わった様子はなく。いつも通り、嗜虐的な美しい笑みを浮かべていたというのに……今の彼女にはそんな面影が一切なくて。
今にも消えそうな彼女の姿に、心の奥が凍るような……そう、彼女が死んでしまうかもしれないと、恐怖を抱いた。
「サイラス」
「…………ぁ……」
動揺から医務室の入り口で動けなくなっていたわたしに、ベッドの側で険しい顔をしていたエクリュ特務が声をかけてくる。
その声にほんの僅かだけ冷静さを取り戻したわたしは……「はい……」と震える声で返事をすると、恐る恐る近づく。
近くになれば、ネロ様の顔色の悪さが更によく分かる。
怖い。ネロ様が、死んでしまいそうで……怖い。
震える手で彼女の冷たい手を取って、その場に膝をつく。
そして……本当は何も考えたくないと思いながらも、なんとか頭を働かせて口を開いた。
「…………ネロ様が、倒れたと聞きました。一体、何が?」
エクリュ特務は顎に手を添えて考え込みながら……ゆっくりと答える。
「……今日、巡邏からの帰還後、ネロが吐血して倒れた。直ぐに医務室に連れて来たが……」
「…………なんで、しょうか?」
「……隠しても無意味だな。はっきり言おう。ネロ・ロータル少尉は現在、対処療法でなんとか小康状態で落ち着いているが……実際には、原因不明の未知の病に侵されている」
「……なんで、すって……?」
何を言ってるのか、理解出来なかった。
ネロ様は、常日頃から体調に人一倍、気を遣っていらした。
毎朝、六時に起きて。軽く身支度を整えてから剣の稽古。軽く湯浴みをして食事を取って、軍部に出勤。特殊部隊での任務を遂行し、昼食を食べて、午後の勤務も真面目に行い、終業後に帰宅。再度、湯浴みをして着替えて、夕食を食べて、部屋でまったりしてから就寝……と、規則正しい生活をしているのだ。
だから、病にかかるなんて……信じられなかった。
「いや、俺としてはサイラスがネロの生活をそこまで把握していることに驚きなんだけどな? あれ? もう一緒に暮らしてたっけ……?」
……どうやら、無意識に口から出ていたようです。
わたしは首を振って、最後の質問を否定します。
「……いえ、まだ一緒には暮らしていませんが……愛しい人のことです。全てを知りたいと思うのは普通でしょう?」
まぁ、とは言ったモノの……こういった行為は一般的には犯罪です。きっと、常識人であれば、わたしのこの発言にドン引きするのでしょう。
ですがーー。
「あぁ、確かに……俺もシエラのことはなんでも知っておきたいからなぁ。納得、納得」
目の前にいるのは、自身の妻を病的にまだ愛するヒト。
愛しい人のためならば、例え〝悪〟と呼ばれることも〝犯罪者〟になることも厭わない……狂ったヒト。
そして、幼き日のわたしに強烈なまでの〝人の愛し方〟というのを教えてくれたヒトでもあります。
だから、彼はわたしの言葉を当たり前のように受け入れてくれました。
「……まぁ、とにかく。ネロは病気をするような生活をしていなかった……と言うことだな?」
「…………はい。突発的な発症以外の病気の可能性は低いかと」
「だよな。ネロは精霊術が使えない訳じゃないから、自己体調管理にも問題ないだろう。つまり、昨日までの……いや、特務室への帰還までの、ネロの身体状態は完全な健康であったということだろう。一緒に巡邏をしていたアダムスも変なところはなかったって言っていたし」
「……あの……」
「なんだ?」
「何故、精霊術で原因を突き止めないのですか……?」
ーーピタリッ。
ルイン様は不自然な様子で、動きを止めます。
精霊術は精霊力さえあれば、出来ないことの方が少ない。半精霊であるルイン様、その伴侶たるシエラ様が術を行使すればーーネロ様の病気なんて簡単に分かるはず。
なのに、ルイン様はそれについて一切触れませんでした。
まるでーー。
「……サイラス。自分で、やってみろ」
「は、はい……」
嫌な予感がして心臓がドクドクとした。
ネロ様の胸元に手を添えて、精霊術を行使する。
そして、ルイン様が言わんとしたことを理解した。
ーーこれは……。
「………精霊術が、効かない……」
行使した精霊術は、診察と言うよりは鑑定に近いモノだった。対象の状態を明らかにする精霊術だ。
けれど、ネロ様に発動した精霊術は無効化された。
わたしは確認のために回復の精霊術も発動する。しかし、それも呆気なく無効化されてしまって……わたしは、絶望に堕とされる。
「そ、そんな……なんで……」
「……ここが、《黒水晶宮》で良かったな。俺達は討伐任務のために精霊力を温存することに長けている。治療にも精霊術ではなく、薬などを使うことが多い。ネロが小康状態で落ち着いてるのは薬の備蓄があったからだ」
軍部は精霊術にあまり長けていない人が集まります。
加えて、彼らは戦うことが主体であるため……僅かな精霊力を温存する傾向がありました。ここぞという時に精霊力不足では笑えないからだそうです。
ですから、精霊力を少しでも使わないようにと……戦闘以外(野営準備や治療など)は極力、自力でなんとかしているんだとか。
種族の特性上、まぁまぁ強い精霊術を行使出来るわたしは、〝精霊術で治療した方が楽なのに……〟とか〝精霊術を万全に使えないのは不便だろうなぁ〟とか大変偉そうなことを思ってしまっていましたが……。
精霊術が効かない或いは使えない場面では、軍部の方針が正しいのだと身を以て知りました。
「それに、もし倒れたのが自宅でも……間に合わなかっただろうな」
「っ!!」
ただでさえ自分の無力さに打ちひしがれている中、ルイン様は更に追い討ちをかけてきます。
確かに、高位貴族は精霊術に頼った治療が普通です。もしも、ネロ様が自宅であるロータル侯爵家で倒れたのならば……医師の精霊術が効かず、あたふたとしている間に命を落としかねていたでしょう。
「……で、では……一体……どうしろと……」
私の目から涙が溢れます。
このままでは、私は……大切な女性を、失くすことになる。
ルイン様は大きな溜息を零して……眉間を揉む。
そしてーー。
「…………助かる手段が、一つだけある」
一筋の希望を、齎した。




