第39話 精霊の加護(2)
ルードヴィヒは、自室へと戻り、例の黒い子猫を撫でていた。
マリア・テレーゼの話によると、聖獣も守護契約をしなければ実体化はできないという。
「おめぇ……いつん間におらと契約を?」
だが、子猫はコロコロと喉を鳴らすばかりである。
「そういゃぁ、おめぇに名前を付けねぇばなんねぇのぅ……そんだば、おめぇの名前は"ニグル"でぇ」
するとルードヴィヒの頭に声が響いてきた。
『主殿。感謝する。我の名前はニグル。良い名前だ……』
「おめぇ……しゃべれたんけぇ?」
『主殿の名付けによって契約が完了し、会話ができるようになった』
「なるほどのぅ……」
ちなみに、"主殿"というのは"飼い主殿"を省略したものらしかった。
これは次第に契約精霊たちにも伝染し、当初ルードヴィヒのことを"契約者様"と呼んでいたものが、"主様"に変化していった。だが、彼女らはこの経緯を知らない。
そして……
ニグルはそのまま居座ったが、他の契約精霊たちは夢幻界へと帰っていった。
だが、精霊は嫉妬深いものである。
ニグルが現実世界に留まったことを知った彼女たちは、自分たちも実体化して現実世界に留まることを主張した。
しかし、ノーミドを除き、まるで妖精のティンカーベルのような姿をした彼女たちが実体化しては、ひと騒動起きてしまう。
(ちなみに、土精霊ノーミドのフェルセンだけは、小人で老婆の姿をしている。)
それを漸くなだめたとき、ルードヴィヒはクタクタだった。
やがて1年が過ぎた。
ニグルは予想に反し、頭胴長が1メートルにも成長していた。
彼は猫ではなく、黒豹だったのである。
これを見たシオンの町の人々は、ニグルをルードヴィヒの従魔であると解釈した。
この世界には、従魔士という魔獣を従えるスキルを持ったジョブが存在しており、数は少ないが、時折シオンの町でも見かけることがあった。
「さっすがローゼンクランツ翁の孫だぃのぅ……」
ニグルを従えたルードヴィヒの姿を見た町の人々は、口々にそう噂した。
そして時は過ぎ……
ルードヴィヒが10歳となったとき、ニグルと契約精霊たちは、次々と中位精霊へと昇格していった。
普通であれば、下位精霊が中位精霊に昇格するためには、契約者を転々と変えつつ、長い長い時間をかけて経験を積む必要があった。
ところが、ルードヴィヒの冒険の目的地は、"森"にとどまらず、遠方の高難度のダンジョンや常人では想像もできない未踏の地へと及んでいった。
これはルードヴィヒの才能に加え、彼が生真面目で手を抜くことを知らない性格であったことが大きい。
ルードヴィヒは幾多の冒険をこなし、強くなっていくにつれ、その面白味を強く感じ、ますますのめり込んでいく。また、まだ子供で恐れを知らなかったこともあるだろう。
結果として、ニグルと契約精霊たちは、ルードヴィヒに付き合って冒険をこなすうちに、短期間で途方もない経験値を得ることになり、異例の昇格を果たしたのだった。
昇格に伴い、ニグルはルードヴィヒと同じ年頃の豹人族の姿となり、契約精霊たちも同じ年頃のサイズの少女の姿へと変化した。
もはや契約精霊たちは、羽さえ隠せば人間と区別がつかない。
これにより、ひと騒動起きた。
ニグルに対する不満を溜め込んでいた彼女たちは、自分たちも現実世界に留まることを再び主張し始めた。
しかし、6人もの年頃の少女が突然現れては、世間の不審を買ってしまう。
このため、人数を限定することとなり、喧々諤々の議論がなされたが、最後はグンター夫妻の判断により、治癒魔法でケアすることができるルークスが現実世界に留まることになった。
グンター夫妻にしてみれば、ルードヴィヒの命と体が何よりも大切に思えたからだった。
更に時は過ぎ、つい数か月前……
ニグルと契約精霊たちは、上位精霊への昇格を果たしていた。
これにより、ルードヴィヒは、伝説の魔術士マーリンと同じく、精霊の"寵愛"を得ることとなったのである。
それからまだ1年も経過していない。
◆
ニグルは宿の廊下を歩いていた。
同じ宿であれば、ダルクと遭遇することも不可避である。
そして、ついにその時はやってきた。
廊下で遭遇したニグルとダルクの間の空気は、瞬時に氷点下まで下がったかのようだ。
ダルクは、氷のように無表情なままで、ニグルに言い放った。
「ニグル……我はこれから……本来の地位を……奪還する……観念せよ……」
負けずにニグルも返した。
「主殿は我の親のような存在だ。その関係は容易には砕けないぞ」
「我は……失敗しない女……砕けぬのなら……溶かすなりなんなり……方法はいくらでもある……」
「やれるものなら、やってみろ!」
「知らぬのか?……後悔先に立たず……では明日……Ich komme wieder(I'll be back:また来る)……」
……と言うなり、ダルクはニグルの返答を待つことなく、忽然と姿を消した。
ニグルは、気持ちが重くなった。
(やれやれ……先が思いやられるとは、このことだな……)
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