第135話 ブラッセルの晩鐘(1)
ブラハント公国の領民は、戦争のために極限まで課せられていた重税や労役に我慢の限界を迎えようとしていた。住民の反体制感情は限界まできている。しかも、戦況は悪化するばかりで、これが改善する見込みも全くない。皇帝アンリⅠ世は、これを恐怖政治によって強引に抑圧し続けていた。
恐怖というものは一定程度継続すると陳腐化し、薄れていく。これにより、いわば恐怖のインフレーションが発生し、刑罰はより過酷さを増していき、際限がないことになっていく。しかし、これとて限度というものがある。
そして悲劇は起こった。警備兵の一団が帝都ブラッセルの町の複数の女性へ強引な性的暴行を加えたことに怒った住民が暴徒化した。たちまちのうちに暴動はブラハント公国全土に拡大し、四千人もの警備兵とその家族までもが虐殺された。
事件の発生した日は復活祭の翌日に当たる月曜であり、教会の前には大勢の市民が晩鐘を行うため集まっていた。彼らが暴動を開始したとき、晩鐘を告げる鐘が鳴ったことから、この暴動は『ブラッセルの晩鐘』と称されるようになった。
皇帝の後ろ盾となっていたルマリア教皇イノケンティウスⅢ世は、皇帝軍の作戦を妨害したかどで全公国民を破門にするという処置を取った。
やがて皇帝側も反撃に出て、暴動の鎮圧も時間の問題と思われたのだが……。
◆
新たにシュワーベン大公に即位したカールは悩んでいた。
皇帝の野望を打ち砕いたブラッセルらの民衆が弾圧されるのをこのまま見過ごしていいのか? しかも、自分はホーエンシュタウフェン家の血を受け継ぐ者として、皇帝即位を目指している身だ。
実のところ、これまでカールは着々と準備を進めていた。バイアルン大公国、ベルメン王国、オーストレア大公国、シュタイアーマルク公国などの帝国中東部の有力諸領邦に働きかけたうえで、先般、選帝侯会議を開催し、ルマリア王に選ばれた。すなわち対立王となったのである。これはアンリⅠ世にやられたことをやり返した形だ。そして真っ先に行ったのが、ルードヴィヒをモゼル公爵に任命することだった。これでティアマトとの約束は果たしたことになり、関係は確実なものとなる。
そして、皇帝軍との最終決着をつけるべく、自らを支持する諸侯に軍事的協力を呼びかけ、これが集結しようとしていた。予定だと合計五万ほどの兵が集まる計画なのだが、東部諸侯の集まりが悪い。どうやら東部諸侯は、わざと行軍を遅らせ、出陣したという実績を作りつつ、様子見を決め込んでいる模様だ。このため、現在、カールの下には二万の兵しかいない。これに対して、皇帝軍は既に三万人の兵を集結していた。ただ、救いは、この期に及んでも魔族の本格参戦がないということだった。
カールは決断すると、ルードヴィヒに相談した。
「私は、代々皇位を継承してきたホーエンシュタウフェン家の血を継ぐ者として、ブラッセル、ひいてはブラハント公国の住民が弾圧されるのを見過ごすわけにはいかない。数的優位がなくとも、今すぐ出陣しようと思うが、どうかな?」
「婆さの受け売りだども、遠いとつくにの言葉で『人の心をつかめる人は、敵を消滅できる。古来、兵は戦を好まない』というものがあるっちゃ。今、皇帝軍の兵たちは、本心から皇帝を支持しとるとも思えねぇし、住民の弾圧となるともっと消極的になるに違ぇねぇろぅ」
「なるほど。皇帝軍三万というのは、うわべだけの数字だと?」
「こちらに味方しねぇまでも、調略によって皇帝軍の半分も中立を守ってもらえりゃあ数的優位は逆転することになるっちゃ」
カールの命により、大公の秘密機関の諜報員たちによる調略活動が急いで進められた。結果、それなりの感触は得られたものの、確約してくれた諸侯はごく少数だった。大多数は様子見ということだ。カールは迷った。このまま粘り強く調略を続けて、寝返りを確実にしてから戦端を開くか? だが、民衆を弾圧から解放するのは時間との勝負だ……。
「将帥、勇ならざるは、将なきに同じだっちゃ。ここは勇気を出して博打に出てもええんでねぇろか? 戦争なんて、そっけんもんだすけ」というルードヴィヒの言葉がカールの背中を押した。
そして決戦の日。東部諸侯は近くまで来ているが、まだ到着していない。これはあてにしないことにした。
決戦の作戦であるが、ミヒャエルの発案により、単純横陣と見せかけて突撃とともに紡錘陣形に変形して敵中央を突破し、左右に分断のうえ各個撃破していくことになった。これは、敵の戦意は高くないことを見越しての作戦である。敵左翼に調略結果の好感触な諸侯が多いため、分断後は敵右翼をまずは撃破する手はずである。
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