第131話 黒の森の女王(2)
アベルは、黒の森の奥深くにある魔王らしき者の居城の門前にたどり着いた。そこは深い霧に閉ざされており、これまで執拗に捜索されたものの誰も発見できなかった場所だ。アベルは門番に話しかける。左右にいる門番は人間の姿をしているが、狼に変身できる人狼だ。
「私は神聖ルマリア帝国皇帝補佐官のアベル・フラウエンロープだ。女王陛下にお目通り願いたい」
事前予告のない使者の来訪を門番は不審に思ったが、ここで邪険に扱って帝国皇帝との関係が悪化したら、自分たちの責任を問われかねない。門番は、アベル来訪の旨を取り次いだところ、さほど時間がかからずして入城が了承された。
(確かに相手は一人にすぎないが、そんな不用心なことでいいのか?)……門番は懸念したが、案内の者がやってきてアベルを城内へと誘っていく。アベルは、何のチェックもなく女王の間へと通された。真正面の玉座に妖しく燦爛な光を秘めた美貌の貴婦人が玉座に鎮座している。古風で異国情緒あふれる豪華な衣装を着崩して胸をはだけており、その豊満な乳房が今にもこぼれんばかりだ。
(不用心なのか……俺の実力を見切られているのか……たぶん後者だな)と察すると、アベルは自分がどう扱われるか憂色が濃くなっていった。女王の前には幹部級の臣下らしきものが十名程度整列しているが、その誰もが圧倒的な存在感を放っており、その覇気や魔力の強さから、それぞれが魔王級の実力があるのではないかと推量できた。
「皇帝補佐官とやら。陛下に何用があって参った? 発言を許す。申してみよ」と女王の最も間近にいる筆頭臣下がアベルを促す。
「実は、大公軍に地獄の主ルシファーの転生体である怪傑な人物がおりまして……ぜひ陛下の幕下に加えられたらよろしいかと存じます」
「ならば調略でもして貴軍に内通させればよいではないか。なぜ、そうしない?」と筆頭臣下は問いただす。
「かの者は大公に忠誠が厚く、我らの手には余りますので……」
「おおかた我らにシュワーベン大公軍と代理戦争でもやらせる腹積もりなのであろう? あり得ないな」と筆頭臣下は切って捨てる。
ところが……「待て! ルシファーの転生体ということが真実であれば、朕は捨て置けぬぞ」とそこに女王が割って入った。
「しかし、陛下!」と筆頭臣下が諫めるが……。
「興味はあるが、もちろん何の見返りもなしに動くつもりはない。帝国は何の見返りを用意できる?」
それを受けて、アベルは知恵を巡らせる……「では、二国間で相互不可侵条約を締結しましょう。そのうえで、やつを大公軍から引き抜いていただいた暁には、相応の報酬を支払うということではいかがでしょうか?」
「足りぬな……うぬの主が朕に従い、帝国は我が国の従属国となれ! それが条件だ」
「それは……いくらなんでも……」と絞り出すように言いながらアベルは苦渋の表情をにじませる。
(そのような空手形……いくらでも切ってやるさ……)
「とにかく、陛下のご意向は理解いたしました。私の力が及ぶ限り、皇帝陛下を説得してみます」とさも意を決したように答えた。
が、女王は……「誰が皇帝などと言った! うぬの主は万古の戦神ヘベヨユルであろう。そのようなこと、先刻承知のうえだ。皇帝など、うぬに操られた傀儡に過ぎぬではないか」
「くっ」……アベルは真実を言い当てられて挙措を失い、脂汗をにじませた。
(これはタイミングの問題だ……相手が誰であれ先にカードを切らせさえすれば、こちらはカードをホールドして空手形にすればいいだけだ……)
「陛下の慧眼には感服いたしました。私の力の及ぶ限り、ヘベヨユル様を説得してみせます」
その場は、そういうことで話は収まった。
万古の戦神ヘベヨユルは、ブラハント公国のとある深い森に亜空間を創り出し、そこに居城を設けて配下の魔族とともに暮らしていた。彼もまた十八年前にルシファーと同時にタルタロスから脱出した一人である。彼は狡猾であり、ブラハント公を傀儡として、配下の魔族の被害を最小限にとどめつつ、帝国を手に入れることをもくろんでいた。アベルは、その幹部級の配下で本性はキツネ型をした魔族である。彼が黒の森の女王との交渉結果を報告をすると、ヘベヨユルはすぐさま承諾した。
「確かに。そのような空手形であれば、いくらでも切ってやるわ」
ところが、黒の森の女王の方が一枚上手であった。彼女は筆頭幹部の家臣にすぐさま命ずると、ヘベヨユルの愛娘を黒の森の居城に拉致してしまったのだ。空手形を切って漁夫の利を得ようとほくそ笑み、油断しきっていたヘベヨユルは一転して激怒したが、覆水盆に返らずである。これにより、ヘベヨユルは簡単には空手形を切れなくなった。
ブラハント公の孫娘はマリア・クリスティーナほどの大きさはないものの竜の紋章持ちであった。十八年前にヘベヨユルが彼女に懸想し、これを孕ませてできたのが愛娘のローズマリーである。彼女は父親の舐犢の愛の中で艶冶たる美少女に育っていたのである。
ヘベヨユルは一刻も早く娘を取り戻したい気持ちから、黒の森の女王との戦争も辞さない構えを見せたが、最後は必死な臣下たちに諫められた。
「とにかく……娘を取り戻すのはやつの始末が終わってからだ。すべては、そこから始まる……」となんとか思いとどまった。
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