第12話 軍師の卵
古代ルマリア帝国時代。
広大な領土を持つ帝国も思うがまま世界を席捲したかというと、そうではなかった。
ガルタゴのような敵対するライバル大国が立ちはだかるのも歴史の必然ではなかったか。
大国どうしは度々激突したが、戦争のスケールもそれに見合って大きく、3万人規模からときには5万人を超えるような規模での戦いもざらであった。
自ずと戦略や戦術が発達し、武器・防具の技術も発達していく。
"戦略"とは、大局的・長期的な視点で戦略が戦いに勝つために兵力を総合的・効果的に運用する方法であり、"戦術"は戦いに勝つための戦地で兵士の運用など、用兵上の方法のことをいう。
しかし、古代ルマリア帝国崩壊後、エウロパ地方ではこれに匹敵する大国は現れていない。
戦争も兵員総数が万のオーダーに達するものは、めったに見られなくなっていた。
一方、この数百年で発達してきた騎士道の考え方と相まって、戦争は騎士どうしの決闘の延長のようなものとみなされるようになっていった。
これに伴い、戦略や戦術は重くとらえられなくなってきており、専門の"軍師"という職業もほとんど姿を消した。
現在の戦術はというと、騎馬突撃戦法一点張りの状態となっていた。
フルメタルの鎧で固めた重装騎兵が突撃槍(長い槍の一種)を構えて馬に乗って突撃し、敵に突き刺すのである。
突撃槍は、馬上の槍試合でも用いられ、ここ数百年で定着している騎士道の象徴的な武器の一つとなっていた。
この世界で、戦争の主力となるのは騎士であるが、騎士は通常数名の従者を引き連れており、従者も重要な戦力である。
これは、日本の武士が足軽を引き連れていたことと同様である。
騎士は騎士道精神に誇りを持ち、プライド高い者が多い。戦争中であっても、相手が騎馬突撃してくれば、こちらも正面から正々堂々と騎馬突撃で応じるのが礼儀と考えられた。
だが、金銭報酬で雇われる傭兵たちにとっては、騎士道精神など持ち合わせる者などいない。
命あっての物種とばかり、背後に回り込んで死角から攻撃することなどに何の恥じ入ることもなかった。勝てば"官軍負ければ賊軍"。戦争が終わった後に卑怯だなどと難癖をつけても起ってしまった事実を覆すことはできない。
傭兵たちは、第一に命をながらえるため、そして効率的に敵を倒すことに重きを置くところであり、戦略や戦術を軽んじることはなかった。このため"軍師"は、傭兵団という狭い世界で細々と生きながらえているのが現状だった。
◆
ワレリーとルードヴィヒのもとに、ミヒャエルが意気消沈し、肩を落としながら戻ってきた。何やらブツブツと呟いている。
「両軍の強さは同じなのになぜ負けた? 俺の用兵は間違っていなかったはずだ……そうか、あいつら突撃を命じたのに、手を抜きやがったな。舐めたことしやがって……」
ワレリーはミヒャエルの肩を軽く叩くと、慰めの言葉をかける。
「まあ。勝負は時の運。こんなこともあるさ。気を落とすな」
「だけどよう……俺は悪くないぜ」
ワレリーは、それを聞いてため息をついた。
口で言ってもわからないことはある。ワレリーは、ミヒャエル自らそれに気づいて欲しいようだ。
見かねたルードヴィヒは思わず声をかけてしまう。
「おめぇ。兵のことをチェスの駒か何かだと思ってねぇけぇ?」
「軍師が戦術を考えるときは、そのようなこともある。当然じゃないか」
(こらぁ重症だのぅ)
ルードヴィヒは、ため息をつきそうになった。
「そんだば質問を変えるども、同じ強さの中隊どうしが正面からぶつかったら常に引き分けんなると思うけぇ?」
「それも当然じゃないか」
ミヒャエルは、質問の意図を図りかねているようだ。
「そんだば中隊に小隊長が置かれる理由は何でぇ?」
「それは強い者を小隊長として処遇するためだ。強い者の実力を評価し、見合った形で昇進させないと部隊の士気にかかわる」
「それもある……だども小隊には小隊レベルの戦術っちぅもんがある。おめぇは小隊長にそれをやる権限を与えてねぇんでねぇけぇ? おらにはそう見えたども……」
「奴ら程度は俺の命令を聞いていればいいんだ。権限もなにもない」
「おめぇ。独断専行っちぅことを知らんのけぇ?」
「何だ? それは」
「戦場は生きとる。だすけ事態が急変する戦場で、上官の命令や指示を待っては対応が遅れちまう場合、現場指揮官が自主的に判断して行動することが良い結果を生む場面はよくある。それを可能とする権限が"独断専行"だっちゃ」
ルードヴィヒが言わんとしていることを実例で示すと、例えばこうだ。
強い兵A、中程度の兵B、弱い兵Cの3名で構成される小隊が2組あったとする。これらが戦った場合に勝利する戦術は何か?
答えは対戦相手を次のようにすれば良い。
自軍A ⇔ 敵軍B
自軍B ⇔ 敵軍C
自軍C ⇔ 敵軍A
単純に考えて、2勝1敗であり自軍の勝利となる。
では、自軍の兵士Cには「敵軍Aに突撃して死ね」と命じ、捨て駒とするのか?
それはそうではなく、弱兵には弱兵の戦い方がある。
防御に徹するもよし、逃げに徹するもよしで、要は負けないように立ち回り、遅滞戦闘に努めるのである。
それで時間を稼いでいる間に、A、Bのいずれかが勝利すれば、Cの援護に回れる。仮にB・C ⇔ Aと2対1に状況が変われば勝機は見えてくるし、Aが援護に回れば確実に勝てる。
以上の戦術が成功すれば、一兵も損なうことなく完全勝利が可能となる。
だが、このようなきめ細かな用兵を行うためには、小隊長に実行可能な権限とそれに見合った能力が求められるという訳である。
「う~ん。理屈としてはわからないことはないが……」
ミヒャエルは納得しかね、頭を傾げている。
「難しく考える必要はねぇ。要は直接指揮する小隊長と信頼し、信頼される関係になればいいがぁて」
「そんな抽象的なことを言われても、ますますわからん」
「おめぇの場合、まずは信頼されるようになることから始める必要がありそうだのぅ。そんためにぁ、まずは徳を積まねばなんねぇ」
「"とく"? それは何だ?」
「言葉では上手く言えねえども、おめぇが善行と思うことを、損得勘定抜きで積極的にやることだのぅ」
「そんなことで中隊が強くなるのか? バカバカしい!」
「いや。おめぇの父ちゃんは良くわかっとると思うぜ」
ミヒャエルが父を振り返ると、ワレリーは満足した表情で頷いていた。
ワレリーは、もともと平民であるが、傭兵としての勲功が評価され、帝国から男爵位を得ていた。
ワレリーは、見分を広げるため、学校へ通うことをミヒャエルに勧めていたが、本人は意に介していない様子だった。
ルードヴィヒの訪問から数日が過ぎたとき、ミヒャエルはワレリーの部屋を訪ねて来て、唐突に言った。
「俺、学校へ通ってみるよ」
「わかった。そうするがいい」
ワレリーは、ミヒャエルがルードヴィヒに感化されることが何かあったのだと直感した。
(どうしたものかと思っていたが、おそらく我が子は良い方向へと向かっている)
そう考えると、思わず笑みがこぼれるワレリーであった。
ランス:長い槍の一種で、刃物がついておらず、棒の先が尖っており、敵を突き刺して攻撃する。長さも特徴の一つで 一般的な片手武器の中でずば抜けて長く、4~5メートルを超えるものもあった。
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