第93話 セカンド・シェフ(2)
やがて……。
何度目のことであろうか、いつもはシックで落ち着いた感じの服装をしている彼女が、今日に限っては、かなり煽情的な恰好でやってきた。
(これは……いわゆる勝負服というやつでは……?)
ペーターの心臓はドキリとした。
その日は何だか会話にも集中できない。
かなり短めのスカートから覗く太ももや、深く切れ込んだ襟ぐりから覗けそうで覗けない胸の谷間に目がいってしまう。
そう思ってみると、彼女の方もこころなしか猫なで声で甘えているようにも思えてくる。
やがて彼女が言った。
「あたしさあ。実は、いやなことがあって落ち込んでるんだ。お兄さんが慰めてくれると嬉しいな」
「慰めるって、どういうことだよ?」
「それは……ここじゃあ言えないよ。上に部屋が予約してあるんだけど、二人っきりで話さないかい」
「まあ……話をするだけなら……」
そして、二人は上階の連れ込み宿となっている部屋へと消えていった。
“話をする"というのは、もちろん彼女の口実である。
彼女に乗せられて、ペーターは、ついに一線を越えてしまい、戻れない既成事実を作ってしまった。
ところが……
激しく扉が開かれると、頭に剃り込みを入れた、いかにもならず者といった男が踏み込んできた。
「おい! てめえ! 俺の女に手を出すたあいい度胸だな。帝国大道団を舐めとんのかぁ!」
「いや……私は……」
「今更文句は言わせねえぜ。ちゃっかりと、やることはやったんだろう!」
「それは……彼女から話をしようと誘ってきた訳で……」
「何だと! おめえ、そうなのか?」
「違うよ。あたしが、あんたを裏切る訳ないだろう。こいつは嫌がる私を無理やりここに連れ込んで、力にものを言わせて乱暴されたんだ」
「そんなことはない! 誘ったのは彼女の方だ!」
ペーターの主張は、無視された。
これは、いわゆる美人局であり、結論は最初から仕組まれていたのだ。
「あんたが助けに来てくれて助かったよ。こいつとんでもない変態でさあ。嫌がる私に、とんでもない卑猥なことをさせようとするんだ」
「なんだと。このゴミがぁ!」
ならず者に言い負かされた挙句、ペーターは、慰謝料として、5万ターラー(500万円相当)もの金額を払わされることになった。これは、ペーターの年収の4分の3を超える金額だ。
当然、一括では払えないので、ならず者が斡旋した高利貸しから金を借りて払うことになった。
ペーターは、夜遅くに、意気消沈して自宅に帰ったが、妻は育児疲れからなのか、寝てしまっており、起きてくることはなかった。だが、それも最近の冷え切った夫婦関係では日常化していたことである。
ペーターは、借金のことを妻に隠しながら、返済しようと考えた。
このために、居酒屋などの調理のアルバイトを不定期にいれるようになった。
妻には、ストレス発散のために、飲みに行くと伝えていた。
かなりの頻度で夜に出かけていく夫の姿を見て、妻の態度は輪をかけて硬化していく。
しかし、高利貸しの金利はとんでもなく高いものであり、ちょっとアルバイトをしたくらいで返し切れるものではない。
そこで高利貸しは甘く囁いた。
「なあに。返す分の金は、また貸してやるよ。そうすりゃあ当面はしのげるだろう」
「それもそうですね。ありがとうございます」
正直者で相手を疑わないペーターは、まんまと乗せられてしまった。
借金を返すために、追加で金を貸す。これは、いわゆる"追い貸し"という行為で、まっとうな金融業者であれば、このようなことはしない。
これにより、借金は利息に利息が付く形で雪だるま式に膨れ上がり、いつしか、ペーターが逆立ちしても返せる金額ではなくなっていた。
そして、帝国大道団のならず者から、脅迫や暴力を交えた強引な督促をされることになった。
最初は、事務所に呼び出されることで済んでいた。
しかし、ある日……。
ペーターが自宅に帰ると、騒然とした異様な雰囲気を感じた。
(いったい何だ……こんな時間に……?)
そして、家に入ったペーターは、信じがたいものを目にしてしまう。
なんと、赤ん坊が激しく泣き叫ぶかたわらで、妻のソフィアが複数のならず者たちから寄ってたかって性的暴行を受けていたのだ。
茫然としていたペーターに気付いたならず者がペーターに近づいてきて言った。
「てめえが利子すら払えねえから、女房の体で払ってもらったぜ。これで一週間だけ待ってやる。ありがたいと思いやがれ!」
その後、妻のソフィアはかなり長い間、茫然自失し、酷くやつれた様子だったが、ペーターは声をかけることができなかった。
そしてソフィアは、一言も口をきくこともなく、赤ん坊を連れて実家へと帰ってしまい、以来、音信不通である。
ソフィアが受けたショックは想像を絶するものであっただろう。
しかも、自分が浮気をしてしまったツケが、自分ではなく、よりにもよって謝罪の対象であるべきソフィアのところへと、取り返しのつかない形で回ってしまったのだ。
ペーターは、その理不尽さに地団太を踏んだ。もはや、誰を恨むでもなく、神でも呪うしかなかった。
そして、一週間後……。
帝国大道団のある幹部の男がペーターを訪ねて来た。
男は、髪を短く刈り込み、眼光の鋭い、いかにもならず者といった外見である。
「てめえの借金はまっとうな方法じゃ返せねえ金額になっていることは、わかってるだろうなあ」
「確かに……そうではあるのですが……」
「そこで、てめえと取引をしてえ。こっちの言うことを聞いたら、借金をチャラにしてやる」
「本当ですか?」
「俺たちを何だと思ってやがる。帝国大道団だぞ。俺たちは大道に背くようなことはしねえ」
「そ、そうですか……」
ペーターは迷ったが、これ以外に借金を返せる方法など思いつくはずもなかった。彼は、これに従うしか道は残されていなかったのだ。
「なら、今から言うことをよく聞け。実はなあ……」
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