第9話 闇の儀式魔術(1)
この世界では学問が未発達であり、現代の科学に相当する学問はまだない。これに替わって、錬金術がその役割を果たしていた。
錬金術は、究極的には、卑金属から金を生成することを目標にしていたが、これに関わる様々な試行錯誤がなされる中で、物理・化学的な発見もなされていた。
例えば、生命の水と呼ばれるものも、その成果の一つで、要はウィスキーなどの蒸留酒のことである。
ルードヴィヒは武術や魔法の才能のみならず、頭脳も明晰であった。
特に科学技術やその延長線上の医学の分野の知識はこの世界の水準を遥かに超えるものであったが、これは全て祖母のマリア・テレーゼとその母であるマリアの薫陶によるものだった。
曾祖母のマリアも齢70を超えていたが、まだ元気に存命しており、その外見は若々しく40歳前といっても通じそうなほどだった。
マリアは魔術の達人でもあったが、錬金術を真骨頂としており、現代でいう化学の分野の知識に優れていた。
マリア・テレーゼの方も同様であるが、こちらは物理学の知識に長けていた。
では、この母子がなぜそのような高度な知識を持っているのか?
それについては、また語る機会もあるであろう。
「どけっ!」
ルードヴィヒはライヒアルトを押しのけると、ゲルダの胸に耳をつけ、心音を確認してみるが、心臓も停止してしまったようだ。
そこで、早急に蘇生法を試してみることにした。
まずは、ゲルダに口づけをすると、肺に息を吹き込む。
それを見ているライヒアルトは、もはや錯乱状態だ。
「おいっ! 妹になにしやがる!」
ライヒアルトは、ルードヴィヒにつかみかかろうとするが、ニグルがそれを押さえこんだ。
「主殿のすることを黙って見ていろ」
ニグルは落ち着いたよく通る声で言い聞かせるが、ライヒアルトはそれを聞かず、ニグルの拘束から抜けようともがき続けている。
ルードヴィヒは続いてゲルダの胸に手を置くと、心臓マッサージをする。
ルードヴィヒは、しばらく処置を続けた後、慎重に心臓の鼓動を確認してみるが、吐き捨てるように言った。
「んのっくそっ! ダメけぇ!」
そして、ゲルダの上衣を引き裂くと、その上半身をあらわにした。まだ幼さを残した少女の膨らみかけの乳房が露出した姿がなまめかしい。
「おい……やめ……やめてくれ……」
ライヒアルトは、もはや力なく泣きじゃくっており、抗議の言葉も弱々しかった。
蘇生法の知識などない彼にとっては、ルードヴィヒが死体を凌辱しているとしか思えていないのであろう。
確かに世の中には、死体に欲情する性的嗜好を持つ死体性愛者も存在する。もちろんルードヴィヒにそんな嗜好はないのだが、事は一刻争い、それを説明している状況ではなかった。
ルードヴィヒはゲルダの左胸と右の脇腹に手を置くと、魔法で瞬間的に高圧電流を流した。現代の自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator, AED)と同じ原理である。
ゲルダの体は、電流に反応してビクリと硬直する。
そして胸に耳を付け、心音を確認してみるが、復活していない。
再び心臓マッサージを行い、2度目のトライ……。
が、これもダメだった。
そして3度目……。
3度目の正直とでもいうのであろうか、心臓の鼓動が再会した。
「よしっ!」
ルードヴィヒに思わず気合が入る。
だが、最悪の危機は脱したものの、本番はまだこれからだ。
「皆。小屋から出てってくれねぇけぇ」
とルードヴィヒが静かに言うと、皆が小屋を出ていく。
「おいっ! 何をする気だ! まさか……」
そう言いながら、一人ライヒアルトは抵抗するが、ニグルに強引に連れ出されてしまう。
(悪ぃのぅ。こっから先を見られるわけにぁいかねぇすけ)
ルードヴィヒが行おうとしているのは、闇の儀式魔術だった。
闇魔法は黒魔術とも呼ばれ、教会によって禁忌とされているため、誰かに見られる訳にはいかない。
ルードヴィヒは物体引き寄せの魔法で、豚小屋の豚を取り寄せた。村の豚小屋の豚が生きていることは、生存者を捜していたときに把握済みだ。
瞬間的に豚が目の前にあらわれると、ルードヴィヒは闇系の麻痺の魔法で意識を奪った。豚が声を上げて小屋の中での行為を推測されては困るからだ。
豚は、儀式魔術の生贄である。これから豚の血肉を再構成して、ゲルダの失われた血液を補うのである。
豚は体を構成するタンパク質が人間に近いため、生贄としては最適なのであった。
この世界の農村で豚を飼うことは一般的だったが、ダークエルフの村でも飼われていたことが幸いした。
ルードヴィヒは静かに目をつぶり、集中して念じると、呪文を詠唱する。本来は、複数人で行う儀式魔術なのだが、ルードヴィヒの場合は一人でもできてしまう。
「我は求め訴えたり。メルボゲゲ ノノッ ウテアキグチ ココデイ ゲゥブノダズ ゥボムポァ ピキ 邪悪で傲慢なる地獄の主ルシファーよ。今日、汝の魂を我とともに在らしめ、我の祈りを聞き、汝に従う意思を高からしめ、ここなる贄をもって、かの者に血肉を与えせしめる機会に、我の譎詭の根源を行使することを助けたまえ。世々限りなき闇の精霊王と闇の精霊の統合の下、実存し、君臨するルシファーを通じ、ルードヴィヒがこれを乞い願う。かくあれ」
すると、ゲルダと豚の双方の体の下に魔法陣が生じ、輝いている。
魔術を終えると豚はもはや原型を留めていなかった。豚だったものを、今度は物体転送の魔法で、森の奥に送り廃棄する。
これでゲルダにはなんとか体力が戻ったはずだ。
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