ヒロインは誰?
キクスお兄様とゆっくり話をした後、ソレらから温かい歓迎を受け、穏やかに眠って一夜明け、朝の祈りの時間が訪れます。
「毎朝、お兄様の願いが叶いますようにと、お祈りしていました」
「そうだろうなぁと思っていたよ。でもキサが直接祈った方が、効果は高いはずだ」
「……お兄様は、実は意外と自信家ですね」
言葉がなくても、ずっとキサの好意を疑わずにいられたのですから。
「長年、当主をしていれば、多少の機微くらいはね。それにキサの場合は、結界の壊れ具合だってメーターに出来たから」
そんなキクスお兄様をちょっぴり恨めしく思いつつ。
知ってしまったからには結界についても祈るけれど、これまで通りお兄様の願いが叶う事を、キサは祈り続けようと思います。
とにかく、これでもう結界は大丈夫だと。
久々に、大好きなお兄様と朝のひとときを過ごせたのもあって、キサは安心しきっていました。
なのに。
「……お兄様?」
しばらくキサが空を仰いで、そして視線を戻した時。
キクスお兄様が目の前から消えてしまっていました。
こんなに短い間に、お兄様が立ち去ったとは考えられません。
まるで始めから、側に立っていなかったかの様。
……そんなはずが、ないっ!
「何処へ!?」
キサは慌てて、気配を探します。
ウーノ領ではない。
この世界でもない。
でも、いる。
ちゃんといたっ!
それに、マサウまでいる?
「何故マサウが一緒に?」
疑問には思いましたが、キサはそれどころではありません。
キクスお兄様とマサウがソレによって、引き摺り込まれて行く先は、ヨズミのじじ様の水の世界ほどは、隔絶されていない世界ですが、ただ、どんどん遠ざかっているのです。
いざとなったら、力を借りられるマサウが居るのは心強いですが、全く安心出来ません。
キクスお兄様とマサウの2人が、生身で通れてしまった、世界と世界の狭間の穴は、世界が離れていく事で塞がってしまい、キサはもう生身ごと通れそうにありません。
けれど、辿り着く先を見届けなくては、2人を取り戻す事が叶わなくなります。
御母様と出会ったあの日以来、魂駆を試した事はありませんでしたが、夢の中でキサは散々御母様と魂駆をしています。
案の定キサは手間取る事なく、すんなりと魂駆出来てしまいました。
体に戻れるだろうかと一瞬悩みましたが、今は魂駆しなければ、2人を取り戻す事が出来ないのだからと、キサは迷わず追う事にしました……体を置いて。
キクスお兄様を追う、という最大目標がキサにあったからです。
でも魂駆で、遠くへと離れていく別世界へ向かう事など初めてです。
ヨズミのじじ様が言ってくれた、水の世界に行っても、消えない魂を持つとの言葉を信じて、行くしかありません。
キサは後悔しています。
キクスお兄様(とマサウ)が攫われてしまったのは、これまでの結界の緩みを突かれた結果、起きてしまったのではないかと。
もしずっと結界についてちゃんと祈っていたなら、お兄様(とマサウ)が攫われる事は、なかったのかも知れないと。
しかし、現状2人は攫われています。
過ぎた過去をただ後悔するより、目の前の今を何とかしなければなりません。
今キサに出来る事は、キクスお兄様(とマサウ)を見失わないよう追う事だけしかありません。
だからキサは思考を後悔に取られそうになりつつ、キクスお兄様(とマサウ)の気配に、神経を凝らし続けました。
そうして追っていった先には、まるで薄い雲の上に浮かぶ土地が出現したのでした。




