問題ない
先に連絡が届いていたのでしょう、屋敷の入り口にはキクスお兄様が立っていました。
「おかえり、キサ。送り役ありがとう、ヒタカ」
「ただいま帰りました、お兄様」
「じゃあ、俺は帰る」
キサをキクスお兄様に押し付けると、踵を返したヒタカの背は、ぐんぐん遠ざかってしまいます。
「キサ。ヒタカに何か言ったか、したか、したんじゃないかい?」
「え?」
「あれは相当嬉しくて、かな? 悶え転げたいのを我慢している感じだったよ。だからお手柔らかにと言ったじゃないか、可愛いお姫様」
心当たりは、たぶんあの答えだけですが、それは黙秘してキサは尋ねます。
「あの、人は、お兄様の友人ですか?」
「そうだよ。同級生でね。始めはキサのせいで、僕が学園に通えないなんて、おかしいと憤っていたのになぁ。いつの間にやら、キサの夫にさせろと言い出して……どういう心境の変化があったんだろうねぇ?」
「そうですか」
「キサを目にしたら、憤りなんて続かなかったってところかな。面倒臭い奴。もっとも僕はただキサが可愛くて、病気で苦しんでいるキサを淋しい屋敷に、1人放って置けなかっただけなんだけど」
面倒臭い奴と聞いて、つい先程ヒタカについて、そう感じたところだったキサは笑ってしまいます。
更にキサは質問を重ねました。
「お兄様。マサウについては、どう思いますか?」
「マサウは始めっから、素直で可愛いよね」
「……」
それに対して、キサは思いっ切り首を捻ってしまいました。
初っ端キクスお兄様対し、暴言を吐いたマサウにそういう評価が出来るのは、お兄様だけでしょう。
まぁ、素直といえば、そうなのかも知れませんが。
可愛いは絶対にないと、キサは承服不可です。
キサ自身もたまに、キクスお兄様から可愛いと評されますが、どうやらお兄様の可愛いの判断基準はズレている様です。
それでもキクスお兄様の前では、少しでもその言葉に沿おうとしてしまうのか、ついついキサは「可愛らしく」を心掛けてしまっているのですが。
まさか、マサウも?
しかし全く想像出来ないキサでした。
「おや? 僕を取り合う場面じゃなければ、キサもそう感じると思ったんだけどなぁ」
「マサウと話している所に割って入ってしまって、私はお邪魔でしたか?」
するとキクスお兄様はふふふと、思い出し笑いを浮かべます。
「可愛い子達に取り合いされていたんだからね、嬉しかったよ。2人から好かれていたのが、よく分かったからねぇ」
「私はっ! 今でもお兄様が大好き、ですっ!」
キサはここぞとばかり、力説しました。
「私だってキサが大好きだよ、ずっとね。久々に言われると、何だか照れてしまうなぁ」
「久々……かも知れませんけど、そうですっっ」
すると、お兄様の綺麗な顔がはにかみます。
「うん、知っていたよ」
「私はお兄様が、私をもう好きじゃなくなったんじゃないかと、自信が持てなくて不安でした」
キサが気持ちを吐露した途端、キクスお兄様の表情は曇りました。
「すまない、キサ。それはわざと私がそんな態度を取っていたせいだね」
「わざと、ですか?」
「キサの大切なものが、兄である私と、ソレらだけになってしまっているのが、心配で仕方なかったんだよ。ウーノはソレらで保たれてはいるけれど、人の世界だから」
確かに5年ほど前のキサは、お兄様とソレらだけがいれば良かったのです。
「キサはウーノ領を守りたいと思える様になったかい?」
そう問われて。
「はい、お兄様」
神聖な誓いをするように、キサは頷きました。
「朝の時間にはちゃんと、ウーノ領の為に祈ろうと思います。これで結界は大丈夫でしょう? でも当主はお兄様がこのまま続行して下さい」
「あれ? これでようやく肩の荷が降ろせそうだと、思っていたんだけども?」
肝心な事を一気に続けたキサに、キクスお兄様は驚いています。
「お兄様はそう望まれ、必要とされています。当主を続ける事に対する、反発は起こらないと見ていいです」
入園式や、タイーのキクスお兄様に対する様子しか知りませんが、絶対そうだとキサは思います。
「これからも側にいて欲しいです。いなくならないで下さい、お兄様」
キサはキクスお兄様にお願いします。
確信犯ですが、こんな風に話し合った後だから余計に、拒否されないだろうとキサは思っていました。
「仕方ないなぁ、キサは」
そして思った通り、懐かしい言葉でキクスお兄様は応じてくれました。
「でもね、キサ。これからはもう、そういう言葉はヒタカに言うんだよ」
などという付け足しもあったのですが……。
スルリと耳を素通りするほど、お願いを受け入れてもらえたキサは幸せでした。




