水を司るソレ
溺れない様に自分を防御するのではなく、自分に近づくなと全身で扉を攻撃します。
そうしてキサは取り巻く水から、自分を守りました。
呼吸も視界も問題ありません。
水中にゆらゆら漂って見えるヨズミはまるで、溶け掛けている様に、輪郭がぼやけて見えました。
「ウーノの姫よ。邪魔をしないでもらう。このコがずっと我を、いや我らが世界を呼んでいたのだ。それに我は応じただけなのだよ」
周りの水からは、
「ここではない、どこかへ」
そんな意志というか、思いが伝わってきます。
ウーノ家の姫の役割とやらも、みんな打ち捨てて。
覚えのある感情だとキサは思いつつ、ヨズミの近くに辿り着きました。
「近頃はあのムスメの元を離れたにも関わらず、全く声が聞こえず心配しておったのだ。それほどに疲れたのであろう。
今まであのムスメに何度も拒まれたが、ようやく直接問える時が来た。さぁ、我と我らが世界へ参ろう?」
ヨズミが、水のソレと行く気があるなら。
この調子なら行ったとしても、決して悪い扱いは受けないだろうと窺えます。
だから本当なら、キサがこの誘いを邪魔する筋合いはないのでしょう。
「ヨズミ」
この手を。
もしヨズミの手を取る事が出来なかったら、諦めようとキサは思いました。
けれど、ヨズミの手は絶対に取れる。
その実、きっと取れるとキサは疑いませんでした。
「じじ様。僕はこうして水に浸っていると、どうしても心地好くて……」
「あぁ、そうだろうとも。そなたは水のコだ。この世では行き辛かろう」
そしてキサの手は、ヨズミの手に握り返されました。
それを見たソレの気配が、一気に剣呑になります。
瞬間的にでしたが、水圧が強くなりました。
確実に、それでもかなり手加減してもらっている様です。
「心配してくれて、ありがとうございます。でも。ごめんなさい、じじ様。こうしてキサちゃんも迎えに来てくれたし、きっと部屋の外でだって心配させているから」
「……」
ヨズミのじじ様は、じっとヨズミを見つめています。
「……ならば、ウーノの姫。そなたは一緒に行かぬか?」
「私っ? ですか?」
敵意を向けられてしまった事だし、自分にお鉢が回って来るとは夢にも思わず、キサは驚いて問い直してしまいました。
「あぁ。そなたも来れる。その魂ならば、我らの世界でも消えはすまい」
「……」
キサが、ここではないどこかへの思いに、先程反応してしまったのを、見透かされた気がしました。
握り返された手が強くなって、視線を転じると、ヨズミが心配そうな表情を浮かべています。
そうしたならば、きっと楽なのでしょう。
が、キサはそんなヨズミに、大丈夫だと微笑み掛けました。
「ありがとうございます、ヨズミのじじ様。しかし、私も行きません。もしそちらの世界のモノになってしまったら、お兄様に私の姿は見えなくなってしまいますから」
「ウーノの姫にまで振られてしまったか」
落胆はした様子でしたが、ヨズミの時ほど気を悪くしたわけではなさそうです。
「そなたらの気が変わったなら、いつでも申して来るが良い」
その言葉にもキサは頷きませんでした。
気が変わる事などないと表すべく、眼差しを込めるだけで。
「そうか。ならば我は我らの世界へ帰るとする。……時に、ウーノの姫」
「はい?」
「気を付けよ。この地の守護の膜が緩んでおるぞ」
「守護の膜?」
「……」
ヨズミは首を傾げましたが、キサには心当たりがあります。
「うむ。ではな、我がコよっ!」
「えっ! じじ様、お元気で……っ!」
そんなヨズミの声は届いたかどうか、部屋にあった水が錯覚であったかのように、ヨズミのじじ様は水と同時に消え去ったのでした。




