八つ当たり
キサがウーノ家の姫だと、みんな知っている。
そうアリナが言っていたが、予想していた通りなのだろうか、この状態は?
クラス内ばかりではなく休み時間になると、他クラスばかりか他学年からも、「へ~あれが」と、ヒソヒソ囁かれ、見学され。
しかも指差し確認まで、されてしまう始末。
遠くからの覗き見なら、まだ有名税だと思えたのだが、寮内でも全く同じ。
始めは我慢、というか、無視しようとキサも思っていたのです。
しかし元来キサの気は長くなく、周り中から向けられる無遠慮な視線に、日々段々苛立って来ました。
とはいえ高等学園や寮は、ウーノの屋敷とは違って、キサが暴走して壊した箇所をすぐに直してくれる、ソレらは周りに居ません。
キサが何かを壊せば、きっとキクスお兄様に迷惑が掛かる。
そう思い、これまで培った魔力制御の技をフルに使い、何とかキサは日々を乗り越えていました。
それなのに、入寮日の夜から共用風呂に、アリナが誘ってくれたので、今日もアリナと一緒に、寮の大浴場へ入りに行った夜。
超が付く長風呂のアリナより、いつものようにキサは先に上がって、脱衣室から出た途端、待ち伏せをされていました。
こんな時間、こんな所にいるのは同じ寮生です。
不躾な視線は何度も向けられたキサでしたが、さすがに風呂上がりに、待ち伏せされたのは始めての事で、思わず足が止まってしまいました。
そんなキサに、上から下へじろじろと舐める様な視線を、その男は向けてきます。
こんな輩は無視するのが一番。
キサにも分っています。
が……。
考えるまでもない事なのに、キサの中で無性に、怒りが込み上げて来ました。
本当に、我慢して魔力を制御してるのに、どうやらキサが未だ始終癇癪を、爆発させると思ってるらしいこの男が、キサをひたすら見て来るのが苛つきます。
つまりこの男が思っているように、キサが癇癪を起こして魔力を暴走させても、この男が苛つかせたから悪いに違いない。
きっとそうだ。
キサの中で答えは、簡単に弾き出されました。
今の状況だけでなく、キクスへの疑問や、更には種馬候補の事など、何とか抑えこんでいたものの、次々と起こっていた、キサの悲しみと苛立ちが手綱を離れ、膨れ上がります。
久しぶりに自分を抑えられなくなりそうで、それでも一応魔力の制御を手放す前に、キサは聞いておく事にしました。
「遠慮しないで、いいのだな?」
返事はありませんでしたが、相手は逃げ出しもしませんし、ますますキサを凝視してきます。
キサの目には、自ら進んで留まっているかの様に見えます。
「待て! マジで俺に世話掛けさせる気かよ、お姫様」
マサウにお姫様と呼ばれた事で、キサの怒りは倍増です。
「……あぁ、格好の八つ当たり相手が来た」
マサウなら、少々派手にぶつけても、何とか防いでしまうので、八つ当たり相手にばっちりです。
安心して魔力の制御を手放せます。
「は……? って、……おいおい……おいッ!」
「いつも、いつもいつもいつも、割って入って来て邪魔をする……ッ。お兄様との間もッ! それなのにお兄様はどうして、同じ班なんかにッ!」
「キクス様に直接聞けばいいだろ、それをっ」
「キクス様……?」
タイーはキクスの事を当主様と呼んでいました。
つまり様付けとはいえ名前を使っているのは、それだけマサウとキクスが、良好な主従関係を築いている証拠の様な気がします。
「何で、そんな風に呼んでいるッ? いつからッ? 邪魔だったのは私なのか? だからお兄様は私を寮へ入れって……ッ?」
キサの中で怒りよりも、悲しみの方が一気に膨れ上がりました。
この気持ち、コントロール……など……したくないっ!
「キサちゃん、落ち着いて」
突然、声と共にキサは手を掴まれます。
冷たく澄んだ清らかな水が、キサの手へと流れ込んで来る感覚。
その感覚は、人でないモノである、ソレらをキサに思い出させます。
ソレらが、どれだけキサの魔力の暴走に巻き込まれても、キサを愛し続けてくれた事も。
キサは、慌てて魔力の制御を取り戻します。
悲しいですが、自分にキクスお兄様以外の存在として、ソレら達がいた様に、キクスお兄様にも自分以外の存在として、マサウがいたというだけなのです。
「キサちゃん」
園内でキサを名前で呼んで来るのは、ヨズミしかいません。
キサはふぅっと息を吐きました。
「……。……ヨズミ。もう大丈夫だ、ありがとう」
「何があったのっ!?」
普段なら、アリナはまだ入浴中のはずなのに、髪からは水滴が垂れ、体にバスタオルを巻いただけの姿です。
キサの魔力を感じて、慌ててお風呂から飛び出たようです。
「アリナも驚かせてすまなかった。いつも通り温まって、しっかり乾かして来てほしい」
言ってる間にキサの前に、タイーが立ち、
「マナー違反にも程がある」
放心状態で突っ立ったままだった輩を、軽く蹴飛ばしています。
それに釣られて、キサも視線を移した途端、
「申し訳ありませんでした~ッッ」
「あ」
唐突に逃げ出されてしまい、キサはマサウが来るまで、八つ当たりの対象にしようとしていたのも忘れ、微妙にショックを受けました。




