壇下から見た、お兄様
次の日の朝、寮のベットの中で、キサはいつもの起床時間に、目を覚ましてしまいました。
まだ日が昇り始めたばかりらしく、ゆっくりゆっくりと、窓の外が明るくなっていきます。
起きるか起きまいか、キサが布団の中で迷っていると、誰かが自室から出て来て、そのまま班部屋からも出て行った音がしました。
自室の位置関係から察するに、出て行ったのはマサウです。
マサウはウーノ一族の中でも、魔力が強いと言われており、またこの朝の時間です。
祈りの時間に関係しての行動に、違いありません。
屋敷へ行ったのではないだろうかと、ふとキサは思い付きます。
マサウに気づく前よりも一層、起きるかどうかを悩み、しばらく悶々としましたが、結局キサはベットの上に正座し、屋敷のある方を向いて、いつものように、キクスお兄様の願いが叶う様に、祈りを捧げる事にしました。
そして祈りを捧げながら、今日からは、キクスお兄様と一緒の祈りの時間は、行えなくなったのだと、悲しくなってしまいました。
寮から屋敷までは往き来可能な距離で、キサがお願いをすれば、きっとキクスお兄様はキサを、毎朝送迎してくれるに違いありません。
けれど、キサが嫌うマサウと、同じ班になるのをご存じなのに、キクスお兄様が何も言って下さらなかったと聞いてから、キサは本当に屋敷へ帰っていいのか、分からなくなっていました。
通学できる距離に関わらず、何故寮を勧めて来たのか。
キクスお兄様は自分をどう思っているのだろうかと。
「もちろん好きに決まっているじゃないか、可愛いお姫様」
昔のように、キクスお兄様がそう答えてくれる自信が、キサにはなくなっていたのです。
ずっと側に居たい。
会いたい。
一晩会わなかっただけなのに、キサの中でキクスお兄様への思いは募ります。
でも、側に近寄って、迷惑だと嫌われたくもありません。
うじうじ悩んでいたキサですが、ふと今日は入園式だった事を思い出します。
入園式に出れば、毎年来賓として招待されている、キクスお兄様にお会い出来る!
もちろん、すぐ隣は無理だろうけど、それでいい。
遠くから見るのならキクスお兄様も、キサをお嫌いにならないだろうから。
そう考え、時計を見ますと、入園式の開始までそう時間がありません。
キサはなるべく、女学生らしく見えるように準備して、入園式の式場へと向かいました。
一園生として出席した高等学園・入園式が、キサの久しぶりな、公式の場への参加となります。
生徒達の内情は、ほぼ中等からの繰り上がり組で、ヨズミやキサの様に本当の意味での、新入園生は少数です。
ヨズミも体さえ弱くなければ、中等からの入園予定だったそうです。
もっとも、キサのように生まれも育ちも学園都市内で、魔力持ちが、学園へ通わない方が珍しいのですが……。
そのキサが入園式で印象に残ったのは、式事前に示し合わせたわけでもないのに、来賓として招かれ、式場に入って来たキクスお兄様に気づいた順から、自然と立ち上がっての拍手が沸き起こり、キクスお兄様が挨拶で、壇上へと上がったり降りたりした時も、同様に拍手が沸き起こった事でした。
その様子に、キクスお兄様が、当主として学園都市の人々に認められているのを、肌で感じたキサは嬉しくなります。
この光景が学園都市の住民の総意ではないにしても、キクスお兄様がウーノ家の当主である事に、反対する者ばかりではないのだと、しっかり窺い知る事が出来たからです。
3年後、キサが18歳になっても、そのままキクスお兄様がウーノ家当主であれば良いというくらいに……というのは、キサの期待し過ぎでしょうか?
どちらにせよ、ウーノ領で必要とされているなら、キクスお兄様はここから出て行かないでしょう。
そういうお兄様のはずだと、キサは思います。
でも、キサはキクスお兄様にウーノ家当主になりたいか、聞いた事がありません。
自分よりキクスお兄様の方が、ウーノ家当主にふさわしいと感じるし、自分は当主になりたくないと、ずっと思ってきました。
キクスお兄様が、ウーノ家当主でいたくないと思っていたら、どうすればいいのでしょう。
入園式が終わって、寮に帰って来てからも、そんな風にキクスお兄様の事ばかり考えて、落ち込んでいた為。
「姫、来客~です」
そうタイーから声を掛けられた時、キサの胸は飛び跳ねました。
その来客が誰かも聞かず、急いでキサは玄関ロビーに向かいます。
例え親・兄弟だろうが、寮生の生活空間には入れない規則なのです。
しかし、玄関ロビーにいた人物を見て、キサは思いっ切り落胆しました。
「キサ。諸手を挙げて歓迎しろとは言わないが、仮にも婚約者にその顔は酷いんじゃないか?」
居たのはキクスお兄様ではなく、1号だったからです。
婚約者ではなく種馬候補、だと訂正するのも、面倒臭いです。
「そちらの要求はなんだ? なぜポポを知っている?」
キサは低い声で切り込みました。
今日もヒタカの近くに、ポポの姿はありません。
「それは俺を観察すれば、すぐに分かる。今日は入園祝いを持って来た、おめでとう」
1号はキサに花束を差し出して来ました。
ふざけるなと突っ返したり、投げ付ける事だって出来たのですが、花に罪はないので、キサはぐっと堪えます。
「では、ありがとうと言っておこう。活ける」
「活けて、ちゃんとここに戻って来いよ、キサ」
1号の言いなりになるのは癪でしたが、続けられた言葉にむっとしつつも、キサは頷きました。




