寮生活の始まり④
ヨズミはキサよりも世慣れしていない様子の、子でした。
キサが思わず、子という言葉を使ってしまうくらい、無垢な雰囲気をまとっています。
「紹介しま~す、ヨズミです。アリナは分かってるだろうが、高等からの編入生だ」
「ヨズミです」
最後の1人が来たと、班長であるタイーが呼び出され、帰って来た時にはヨズミと一緒だったのです。
ヨズミはソレと気配が似ていました。
気配と雰囲気が手伝ってか、キサにはヨズミが人離れして見えました。
「高等からの編入という事は、私と一緒だな。もしかして私の入寮の時も、タイーは呼び出されたのか? 勝手に部屋に行ってしまって、拙かったか?」
「来なかったんでしょ? なら良いんじゃないかしら?」
「呼び出されましたよ~。もう既に部屋に行かれた後でしたけどね。ソレらを案内して部屋が整えられたのは、確認済みでしたので、大丈夫だろうと私用に出ていた時でしたが」
「それはすまなかった。勝手に部屋に落ち着いてしまった」
「いえ~。お気になさらず」
「それで、貴方。荷物はどうしたの?」
「もう既に送り済みだよ。タイーくんに聞いたら、ちゃんと部屋に届いているって。これからよろしく。アリナちゃん、キサちゃん」
この言葉に、キサはかなり衝撃を受けます。
ちゃん付けで名前を呼ばれた事など、覚えて居る限り始めてです。
とっさに言葉が出なかったキサの代わりに、というわけではないと思うのですが、アリナの反応は素早いものでした。
「貴方っ! ウーノ家の姫にそんな呼び方、許されると思っているのっ?」
そんなアリナに、ヨズミは困惑顔を浮かべます。
「え、あ、あれ? 学園では名前に、女の子にはちゃんを付けて、男の子にはくんを付けなさいって、教わって来たんだけどなぁ。違った?」
「分かったわ。家から女を孕ましついでに、下手に出て、お姫様に取り入って来いって、指示が出ているのね……って、なぜ顔を赤くっ?」
「そ、その、だって、孕まし……って、そのぅ」
見る見る、ヨズミは顔を真っ赤に染めて、俯いてしまいました。
それが演技には見えなくて、キサはアリナのヨズミに対する想定を、聞き流す事にしました。
「私も、そんな風に教わった事がないな。あぁだがそういえば、名前にお兄ちゃんと付けて呼んでくれと、言われた事ならある」
キサがそんな風に言われたのは、研究所での事。
魔動車に魅せられ、研究所に通い始めた頃に、研究員から言われたのです。
それはさておき、キサの言葉を聞いた、アリナとタイーが顔を引き攣らせました。
「なっ、ななな……」
「姫、それは~」
「大丈夫だぞ。私のお兄様はお1人だからな。ちゃんとそう言って、お断りした」
「「……」」
「でも兄って事は、キサちゃんにそう言って来た相手は、年上だったんじゃない?」
「確かに」
キサが特別枠だったので、研究員達は皆年上でした。
そういえば、魔動車の研究の為に単身赴任して、勤めている研究員からは、小父様と呼んでくれと言われた事もあったなと、キサは頷きます。
園へ通うのだと言ったら、高等から通うのか? と、心配されたり、呆れられたり。
もうそんな年になるのかと、しみじみもされました。
妹分が大きくなっていっている事を、視覚しているはずなのに、皆の脳内でのキサのイメージは、小さい時のままなのだそうです。
研究所は領線開通式の無事を見届け、誤作動が起こらない事を確認してから、辞職した格好になっています。
キサは正式に勤めていたわけではないので、辞職と呼んでいいかも分からないのが、悲しいところですが。
「同い年相手には、どうすればいいんだろう?」
「呼び捨てでは駄目なのか?」
現に、アリナとタイーはそうし合っています。
しかしヨズミには、それが難しい様です。
そこでキサは言いました。
「私は、ちゃんで構わない。新鮮だ」
「わぁ、良かった。ありがとう、キサちゃんっ」
ホッと安心したように息を吐き、次いで心配そうに、ヨズミはアリナをおずおずと伺います。
そんな視線を向けられて、アリナは黙っていられないとばかりに、声を張り上げました。
「もうっ、もうもうも~うっっ」
「あ~、アリナっ。気持ちは分からなくないが、落ち着いてくれ」
「分かってるわよっ! 暴走しなければいいのよね、タイー。でも言うだけぐらい、いいでしょうっ!?」
「どうぞ~」
タイーから許可が出て。
では遠慮なく、とアリナは一気に言葉を連ね出します。
「高等からの入寮者って、皆こうなのかしらっ? 自室からあっさり出て来たお姫様はイメージと違うし、割り切ってるしっ。もう1人は、そのお姫様以上にずれてるしっ!」
「「……」」
懸命にもヨズミとキサは、激昂するアリナに問い質したり、反論しませんでした。
言ったらもっと言われる、という予感があったからです。
「お望み通り、貴方の事はヨズミ君と呼んであげるわっ。お姫様は姫ちゃんよっ。感謝しなさいっ!」
はは~っ、ありがたき幸せっ!
とてもアリナに、希望を出せる雰囲気ではありません。
もし出しでもしたら、たぶんお姫様と呼ばれ続ける羽目になると、キサは悟りました。
キクスお兄様以外からお姫様と呼ばれるのは、違和感しかありませんでしたし、それより姫ちゃんの方が断然マシです。
キサはヨズミと視線を合わせ、呼び名を黙って受け入れる事にしました。
こうして、5人班での寮生活は始まったのです。




