寮生活の始まり③
絶対、マサウの意見など、聞くものか。
マサウが入って行ったドアを睨みながら、キサは思います。
ここ数年、マサウが何か言いたげな表情を、浮かべているのを知っていましたが、キクスお兄様を自分から、引き離そうとする意見など、キサは全く聞く気はありません。
自分の目の前から居なくなれと、魔力を込めてマサウの名を呼ぶのは、マサウの気持ちなど、聞き入れる気は自分にはないという、シャッター代わりの意味も入ってました。
そこまで拒絶感を出したのです。
流石に部屋には暗い気配が漂いますが、それに気持ちを引き摺らずに済んだのは、アリナが問いたそうに、キサを凝視していたからです。
それに気付いたキサが見つめ返すと、アリナの目にはタイーと同様で、自分に対する不審が窺えました。
「貴女、本当にウーノ家のお姫様ですわよね? 身代わり、ではなくて?」
「……私が身代わり、とは?」
意味が分からず、キサが見つめ続けていると、アリナは顔に朱を上らせて、捲し立てて来ました。
「しっ、しおらしい振りをしても無駄よっ。お綺麗なのが顔だけなのは、有名だわっ。大人しい格好をしていれば、私が騙せるとでも思ったのかしらっ? 公費を流用して、至る所にあちらこちらから集めた、お気に入りを住まわせ、乱交パーティーで、屋敷に帰らない日もあったと聞いているわっ」
「それ、は……」
しおらしい振りをした覚えはないのですが、キサは激しく動揺して、そわそわと自分の服を見下ろしました。
入寮するからにはと、園生っぽい姿を想像し、2本のお下げにして、キサなりに小綺麗にしたつもりだったのです。
研究所に通っていた時のキサは、髪を一纏めにし、汚れてもいい格好で一日中過ごしていたので。
でも、アリナに言わせると、少し頑張ったぐらいじゃ、まだまだ足りなかった模様です。
更に、アリナの後半の言葉に、キサは心当たりがありました。
少しですが……。
だから。
「否定出来ない」
キサはそう答えざるを得ませんでした。
なぜなら、公の場に出ていないにも関わらず、キサには支度金として、ずっと莫大な額の予算が振り分けられているのですが、本来なら返上すべきところを、キサは魔動車の線路や車両停留所作りの為に雇った、人々の賃金に無断流用していたのです。
一応、実験段階から、ウーノと同じ様な都市部や、鉱業・林業が盛んな地域から、魔動車は注目を集めてはいるらしいのです。
だから動力源の仕組みも含めて、魔動車の技術が他所に売れたなら、その流用資金は黒字となって返って来る……はず。
そう未来の黒字を見越して、動力源がものになりそうだ、となる前から、支度金を人件費等に無断流用し、使途不明金を大量に出しました。
そして魔力を学ぶ為に来る人々用の、宿泊施設も借り上げて、魔動車研究に携わってもらう為に雇った人々に安価で提供もしていました。
雇った人々との直接交渉はしませんでしたから、当然乱交パーティーになるものに、キサは首を傾げるしかありませんが、あともう少し、もう少し……で、いつの間にか朝だったという日も多々あります。
キサは研究所で、好きな魔動車をいじっていられた時間を、形としてただ残したかったのです。
いつまで研究所に入り浸っていられるか分からない、という焦りがキサには常にありました。
キサにだって、いつかはキクスお兄様から離れなくてはいけない事ぐらい、分かっています。
きっとそれは、お兄様の立場や体質やらを全て承知の上で、結ばれた伴侶をキサに紹介してくれる日。
そうなった時には、ちゃんと種馬の存在だって受け入れる、とキサは決めていました。
そしてキサは、ウーノ家の姫の名前も使いました。
キサにとって都合が良い事に、学園都市中央の広大な緑地帯から、東西南北に必要以上に、だだっ広い幅の道がずっと伸びていたので、線路を作るのに立ち退きを要請せずに済みました。
だから魔動車を走らせる為の、申請・承認・周知という手順を踏みはしましたが、許可が異常に早かったのを覚えています。
魔動車事業が期待されている、という以上の早さでした。
黒字になるかどうかも、あくまで予定は未定状態。
それら全て含めて、面白可笑しく噂になり、それをアリナは聞いたのでしょう。
「そ、そう」
完全に認めはしないが、否定もしないキサに、アリナはなぜか戸惑っています。
しかしここが肝心だと、キサは続けました。
「だが、訂正してほしい。綺麗というのは、お兄様のような人をさすのだ」
「……は? いえ、まぁそうね。えぇ、確かにそうだわ」
やはりキクスお兄様の綺麗さは、万国共通。
決して妹から見た贔屓目ではなかったのだと、キサは満足します。
「それから貴女に1つだけ、お約束する。一族が種馬探しをしているのは本当だ。でも今は1号を薦められていて、事情があって断ってもいない。ひとまずは、この寮内で手当たり次第に男漁りはしないつもりだ」
「……」
アリナは驚いた表情を浮かべていますが、例えいつか種馬を持つ事になっても、自分には多くの種馬を捌く力量がないとキサは思っています。
種馬を持てば持つほどキサの手に余って、下手をすればキクスお兄様へ害が及ぶかも知れない、とも考えていました。
いつか子供は欲しいけれど、父親が誰か分からないほど、乱交するつもりがキサにはありません。
「そのお言葉、信じてもよろしくてよ」
「ありがとう」
「私の事は、アリナで結構。……かっ、勘違いしないで下さるっ。名前があるのだから、貴女だなんて呼ばれ方をされたくないだけよ!」
「……」
何だろう、ツンッと横を向いているアリナの姿が、非常に可愛らしく見えるのだが……。
キサは何やら心が、うずうずするのを感じます。
でも、これは口には出さない方がいいのだろうな。 嫌々、名を呼ぶのを許してくれているのだから。
そう考えて、キサはアリナの頭を撫でたくなる衝動を、こっそり耐えました。
「話が落ち着いたようなので、昼食はこの3人で行きましょ~。もう1人は遅れて入寮するそうですから」
「この3人?」
タイーの提案に、キサは首を傾げます。
キサはマサウなんかと、一緒に食事などしたくないに決まっていますが、逆にマサウもそう思っているはずです。
だからこの寮では新参者の自分が、今までずっと一緒に過ごしていただろう、マサウに取って代わって、食事に混ざるのは、さすがにキサも気が引けました。
もしかしたら、気遣われたのだろうか?
それにアリナもタイーも、自分の存在を歓迎している様に見えなかった為、キサは、つい思わず問い直してしまいました。
「ま~いつもの事なので、マサウは放っといていいんです。アリナもいいよな?」
「構わないわ。目の届く所にいてもらった方が、監視しやすいもの」
「監視ねぇ。そう来たか~。……アリナもこう言ってますし、行きましょう姫」
あっさり返して、再度誘って来たタイーとアリナに付いて、キサは昼食へ向かう事にしました。
その後、2人に寮内をざっと説明してもらい、のんびり自室でキサが過ごしていると、夜には1人遅れていた、ヨズミが入寮したのでした。




