寮生活の始まり②
マサウの自室の扉を、しばらく睨み続けていたキサに、マサウと話していたもう1人が名乗って来ました。
「まぁ、いいわ。私はアリナ、よろしくお願いいたします、お姫様」
こちらこそ、とキサも言おうとしたのですが、それを遮る様にアリナが続けて言います。
「せっかくこうして、お部屋から出ていらしたのだし、私、お姫様にお尋ねしたい事があるの。この班の男子はみんな、お姫様のものなのかしら?」
「……え?」
「個室があるとはいえ、鍵はなし。年頃の男女を同じ寮に、しかも同じ班にするなんて、どうぞ間違いを犯して下さいと、言っているようなものじゃなくて? そうでなくても、お姫様の婿探しに、一族中が奔走しているというお話ですし?」
「……」
あぁそれで寮に入る事を、一族連中が駄目出しして来なかったのだと、キサは今更ながら合点しました。
「だから同じ班の男子も、そうなんだって考えるのが普通でしょう?」
「違う。私のものではない」
「本当に? 後からやっぱり返せだなんて、仰らないで下さいね」
「あとの1人か2人が、どんな者なのかは知らないが、マサウに関しては絶対言わない」
キッパリと言い切ってから、そんな風に聞いて来るという事はもしかして、とキサは逆に問い返します。
「マサウと仲が良いのか?」
「私は中等の時から寮に在籍しています。だから今年で4年目ですね。さっきのマサウと、もう1人のタイーはウーノ一族の者でしょう?」
そうアリナから答えが返って来たのですが、残念ながらタイーという名前に、キサは覚えがありません。
そこへ、もう1人の声が割り込みます。
「何々~。もう仲良くしてるんですか? いやもうお兄さん感激です。中等ん時とは違うよな~。高等バンザイ」
「噂をすれば。これがタイーですわ、お姫様。本当にご存知ない? ……ちょっと、誰が兄なの? そしてなぜ敬語なの? 気持ちが悪いわ」
「これ扱いかよ~。オレはマサウみたく、怖いもの知らずにはなれないんで。それに、アリナ。分かってるとは思うけど、園内で家の名を出すのは禁止だぞ」
「それぐらい言われずとも。でもお姫様がここのお姫様だって事、大概みんな知っているはずだわ」
「そりゃ~、そうだろうけど」
タイーは肩を竦めて、そしてキサの方へと向き直ります。
「始めまして~、姫。この班の一応班長のタイーです。当主様には対面ご挨拶以外でも、何度もお目に掛かってます。まぁマサウのついでに、ですが」
そんなタイーの言葉で、キクスお兄様の方から何度も、マサウの所へ行っていたのだと、キサは始めて知りました。
自分がマサウの失礼な言動に対して、腹を立てたのと同時に、キクスお兄様だってマサウに対して、同じ様に感じたはずだとキサは思っていました。
なので、公式の場以外でキクスお兄様が、マサウと会っていたのを知って、キサはびっくりです。
一体どんな話をしていたのか?
それも何度も……そう思い、ますますキサは不愉快になりました。
その感情は完全に、表に出ていたのでしょう。
タイーが慌てて言って来ます。
「ああぁ姫! 姫、姫、姫君~ッ! 一応寮も暴走対応構造にはなってますが、如何せん限界ってものがありますのでっ。そこんとこよろしくお願いします。オレは名ばかり班長で、そっち方面の能力ほぼゼロでして、止められませんからっ」
何だろう、この反応は?
今にもキサが癇癪を起して、力を暴走させるに違いない、というくらいの焦りようです。
タイーの反応に戸惑いながら、キサは返事をします。
「大丈夫だが?」
「そうですか~? それならいいんですけどねぇ……」
タイーから思いっ切り、不審気な表情を浮かべられてしまいました。
「お兄様は私がマサウと、同じ班だと知っているのだろうか?」
「ご存じだと思いますよ~。当主様は魔法学園の理事長ですし。可愛い妹姫と同じ班になる奴の名前くらい、押さえているはずです」
「……そうか」
キクスお兄様は、マサウとキサの仲が悪い事を、ちゃんとご存じのはずです。
それなのに、なぜよりにもよって、マサウがキサと同じ班になる事を、承認したのだろうかと、キサは暗い気持ちになったのでした。




