寮生活の始まり①
入寮の日、新しい自分の部屋を、キサはぼんやりと眺めていました。
クリーム色の壁と、その壁にくっついた机。
椅子が1つに、クローゼットとベット、そして小さなユニットバス。
冷暖房完備の1人部屋です。
寮生は4、5人でいくつかの班に分かれていて、班ごとに長方形の大部屋を使います。
班部屋の窓際の中央に備え付けの棚と、大きな丸テーブルに人数分の椅子が置かれ、その左右の角に2つ、その反対側に3つの個室が並んでいました。
ウーノの技術が目一杯詰め込まれた、洗面・トイレ・風呂場・乾燥機付き洗濯機、小さな冷蔵庫と調理器具が置かれた台所は、共用として、各階にそれぞれ備え付けられています。
個室は周囲に迷惑を掛けない限り、自由に使っていいが、その代わり共用部分と違って、片付けや掃除も自己責任。
そう寮へ入る時に、キサが配られた紙には書いてありますが、ソレらの手を借りるのは暗黙の了解になっているらしく、キサの引っ越しもソレらが全て手配してくれました。
身の回りの手荷物を1つだけ持って入寮し、共用部分を通っている時は、荷物を運んでいる誰かを見たり、音を聞いたりしたのですが、今のところ班部屋には誰の気配もせず、個室に入ってみると、更に静けさをキサは感じました。
腰を下ろし、撫でてみたベットのシーツと、掛け布団カバーには見事なくらい糊が効いていて、ほんの少し固いです。
送った荷物はソレらが片づけてくれましたし、持ち込んだ手荷物は少なくて、その片付けも終わったので、せめて同じ班になった人だけには、挨拶をした方がいいかも知れないと、キサは思います。
思うのですが、先程入寮してきた相手は、まだ片づけ中のようです。
僅かに聞こえて来る音に耳を澄ましながら、キサはベットの縁に座ったままでいました。
キサに付き添いはいませんが、今日の入寮日と明日の入園式では、保護者にも寮の食堂が開放されるらしく、先程利用・不利用を受付で尋ねられました。
キサが今日から食堂を利用する旨を伝えると、ちゃんと昼から食堂の利用が可能だったのですが、利用者が少ないので食堂が操業している時間が少ない事と、使用方法の軽いレクチャーをしてくれました。
それをふと思い出し、時計を見ると、食堂の昼操業の時間まで、後30分もありません。
このまま、お昼を食べに食堂へ出るまで、こうして動かずにいよう。
そうキサが思った矢先、部屋のすぐ外から声がしました。
「マサウ、ご存知よね? どうして私はこの班になったのかしら? ねぇ、教えて下さらない?」
「……ただの数合わせだろう」
どうやら、キサと同じ班になる2人らしいです。
キビキビした声と、それに対する面倒臭そうな声。
その2つは決して大きな声で話しているわけではないのに、一字一句しっかりと聞こえてきました。
どうやら思っていた以上に、個室の壁は薄そうだとキサは感じます。
それよりも何よりも、聞こえて来たその名前と声に、一気に反応したキサは、立ち上がってバンッと勢いよく扉を開きました。
途端、真っ直ぐに挑む様な視線とぶつかります。
「……あら。お姫様の御出座しだわ」
「……」
キクスお兄様が呼んで来る響きと、あまりに違って、キサは眉を顰めました。
「だってそうでしょう? 貴女様はここの、ウーノ家秘蔵のお姫様ではありませんか」
「……秘蔵」
ただ公の場に出たくなかっただけなのだが、第三者から見ると、そんな感じだったのだろうかとキサは考えました。
これを秘蔵とは呼ばないだろうが、確かに昼食までは、部屋に引き篭もっていようと思っていたキサです。
確かに、思っていたのですが……。
それなのに残念ながら、そうはいかなくなるくらい、キサにとって聞き捨てのならない名前と声でした。
ひとまず秘蔵という言葉について、考えるのは止め、キサはマサウを睨み付けます。
なぜ、5年程前、キクスお兄様への対面で、お兄様に暴言を吐いたマサウが同じ班なのかを、自分にこそ説明が欲しいとキサは思いました。
「マサウ」
静かに名前を呼んだがその実、キサは強く魔力を込めます。
1回暴言を吐いただけなら、名前すら覚えなかったでしょうが、事もあろうにキサがキクスお兄様を探す度に、マサウが側にいる時が何度かあって。
いつしかキサはマサウの名前を『目の前からとっとと失せろ』と、呪いを込めて呼ぶ様になっていたからでした。
今のところ成功した試しがないのは、マサウが初回以外吹き飛ばされない様に、キサの魔法を綺麗に防御しているからでしょう。
今回も何事もなかった様な顔をして、マサウは自室へと引っ込んでしまいます。
でも、マサウが引っ込んだ自室は、キサが今いる班の共用部分に続く個室の中。
マサウが同じ班だと気づかされたキサは、一気に不機嫌になりました。




