朝のひと時
朝は祈りを捧げる時間です。
毎朝必ず、雨でも雪でも、体調が悪い時でも……といってもキクスお兄様の寝込んでいる姿を、キサは見た事がありませんが。
キクスお兄様が何を祈っているかは知りませんでしたが、いつもキサはお兄様の願いが、少しでも叶うように祈ります。
ただそれだけの時間。
けれどここ最近では、キサがキクスお兄様の側にいられる貴重な時間でした。
その時間も、兄妹2人っきりの時間ではありません。
ウーノ家に仕えているソレらも、一緒に祈りを捧げています。
1つは毎日同じソレで、あとは日によって、入れ替わり立ち替わります。
その日は珍しく、祈りの時間が終わっても、キクスお兄様は立ち去らず、キサに聞いてきます。
「キサ。昨日、婚約者候補に会ってみてどうだった?」
心配というより、何だか面白がっている風です。
キクスお兄様が知っているということは、昨夜の事は、屋敷中に広まっている可能性が高い模様です。
都市中ではない事を、キサは願うばかりです。
それよりもキクスお兄様の口調が、心配そうではない事を不安に思いながら、キサは嫌だという気持ちを前面に出しました。
そんなキサを見て、キクスは微笑んで言います。
「お手柔らかにね、お姫様」
お姫様。
よくキクスお兄様は小さい頃、キサをお姫様と呼びました。
15歳になって、その呼ばれ方は恥ずかしい気もするけれど、久々に聞いたその言葉の響きはキサの心を優しく宥めます。
そしてほんの少し、いえ、かなりキサは気分を上昇させたのですが、まだキクスお兄様の話は続いていました。
「キサの力の状態も落ち着いた事だし、高等学園の寮へ入ってみないかい?」
3年前にも話題に上った事のある、園の寮。
ソレらに聞く限りキクスお兄様は、寮には入らなかったし、園にもほとんど通えていません。
ウーノ家当主になった為、当主の仕事をこなさねばならなくなり、更に感情と同時に力が不安定だった、まだ幼いキサの側に、付いていなくてはならなかったせいです。
3年前に中等の寮を薦められた時と同じ様に、キサは悲しくなりました。
3年前はどうしても悲しさが、心の中だけに押さえ付けられなくて、キクスお兄様以外を吹き飛ばす事で話は流れました。
ですが、今のキサは少しは現実が3年前より見えています。
ここで我が儘を言い続けていれば、一族は妹も御せないのかと、またキクスお兄様の当主退陣を言い出すでしょう。
そして周囲の声に抗いきれず、キクスお兄様がキサを見限って、屋敷から出て行ってしまったら、きっと王都に行ったきり帰って来ない両親のように、もう2度とウーノに帰って来てくれない。
そんな気がして仕方がないキサは、3年前にもう我が儘は言わないと決めたように、高等学園に入学を決めたのです。




