009 イチャイチャしてますよね
強い浮遊感が二人を襲う。
落下する体が感じる感覚に心を締め付けられる。
このまま地面に落下すれば即死するだろうと予想ができるだけに、どこまでも続き、体を引っ張る重力は心を失わせるのに十分だ。
そんな中を二人は必死に意識をつなぎとめていた。
気絶すればどんなに楽だろうか。
この不安感も、ガスの恐怖も何もかも忘れて楽になれる。
だけどそこに逃げることは終わりを意味する。
簡単に生を放り出すこと良しとしないほどに、二人には生にしがみつく理由があった。
(シーニャだけでも守りたい!)
極限の中、マナはそう思った。
何故そう思ったのか。自分が生きている意味が見いだせていないからなのか、目標があるシーニャを死なせなくないと思ったのか、それともただ単にシーニャの笑顔を失いたくなかったのか。それはマナ自身も分かっていない。
とにかくそう思ったマナはシーニャの体をぎゅっと抱き留めると、ぐいっと体勢を入れ変えて自らの体を下にした。
身長は僅かにシーニャの方が高く肉付きもいいため、父親が子供を抱きしめるようにはいかない。だけど想いは父親のそれと同等であり、自らの体を盾にしてシーニャにかかる落下の衝撃を僅かでも弱めようと思ったのだ。
抱きしめているためシーニャの顔を見ることはできない。
だけどシーニャが自分に身を預けてくれていることは分かる。自分の胸の中で静かにだが、小さく、強くしがみついてくれていることは分かる。
飛び降りてからどれくらい落下しているのだろうか。
無限にも感じる時間。実際はそんなに時間が経っていないのかもしれない。
シーニャを守るんだという想いの中、マナはそんな風に感じていた。
あと1分後かもしれない。それとももう10秒もないかもしれない。
なんにせよその瞬間には自分はシーニャを守るのだという決意を持って。
そして唐突に終わりはやってきた。
――ドウッッッ
衝撃がマナの体を襲う。
シーニャには痛みを感じさせまいと、しっかり体を抱き留めるマナ。
最後の最後まで、自分が死んで意識を失うまでは、という思いで抱きしめる。
そして体を駆ける痛みにマナは意識を手放した……。
◆◆◆
「いつつ……。いき、てる……」
意識を手放してからどれくらいが立ったのだろうか。
辺りには砂煙やほこりが舞い散っていることから、少なくても落下直後からほとんど時間が経っていないことは分かった。
体があちこち痛い。
だが、痛みを感じるという事はまだ生きているということでもある。
マナは普通の人間だ。落下して地面に叩きつけられれば死んでしまう。
だが幸運にも崖下は地上から流れ込んだ細かい砂や落ち葉が吹きだまっており、それが落下の衝撃を吸収してくれたのだ。
「マナっ!」
守ろうと思って無意識のうちに胸に抱き留めていたシーニャが顔を上げる。
「よかった……シーニャ、無事なんだね」
「うううううううう」
「う?」
唸りだしたシーニャに疑問を飛ばす。
シーニャの口はへの字になっており、可愛いたれ目はもっと垂れている、そんな表情。
痛みで泣きたいのか、怒っているのか、怖かったのか、感情が高ぶっているのは分るが、どうなのか判断がつかない酷い顔。
「マナっ! マナっ!」
限界が来たのか、感極まったシーニャがマナの体を抱きしめる。
「い、痛いよ、シーニャ、痛い!」
これまでのシーニャからは考えられないくらいの力で抱きしめられるマナ。落ち葉がクッションになったとはいえ、体への痛みはあった。それに追い打ちをかけられたことになる。
その瞬間――
――ガサッ
落ち葉が揺れる音がしたかと思うと――
「うわわわわーっ!」
クッションになっていた砂や落ち葉が、流れ滑るように動き出した。
その上に乗る二人と一緒に。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ」
絶叫が洞窟内に木霊する。
落下した場所は平ではなく、傾斜がかかっていたのだ。二人が落ちた衝撃でそれまでの均衡が崩れて、溜っていたものが滑りだしたというわけだ。
抗う事も出来ずに流れに身を任せる二人。
まるで流れるプールのように洞窟を移動し――
すぽん、と外へ排出された。
「ち、地上……」
青い空が見える。
まごうこと無き地上だ。
ホラの町周辺は山のようになっており、町の最深部に当たる場所は山でいうと中腹であり、その底から滑り落ちた二人は山の下の方に出たというわけだ。
「やったねマナ! 私たち助かったよ!」
洞窟と違って外は無限の空気がある。
さすがのガスも拡散してしまうため、外では効果を発揮しない。
「うん。よかった……」
「あ、ごめんね。ホラの町は……」
沈んだマナの表情を見て、自分がはしゃいでしまったことを後悔するシーニャ。
「ん。気にしないで。滅びたものは仕方がない。特にいい思い出もないしね」
実際にはマナは町の事を考えていたわけではなく、シーニャが無事だったことをかみしめていただけだったのだが、そんなことはシーニャには知る由もない。
「そっか……。マナはこれからどうするの?」
「んー。住む場所を探さないとなぁ」
「じゃあさ、一緒に行こうよ。世界の果てまで!」
「楽園ってやつを探しに?」
「そう!」
「冗談。そんな危険なことはしないよ」
「そ、そうだよね……」
しょぼんとするシーニャ。
思った以上に簡単に断られた。窮地を切り抜けてすぐで気持ちが大きくなっていたこともあるが、一緒に行ってくれるに違いないと思っていたため、その落差が胸を打った。
視線を地面に落として考えるのは、断られた理由。
(そもそも突飛押しも無い話だし、普通は断られるよね……)
正しい認識にたどり着いて悲しくなってきた。
先ほどまで輝いて見えたはずの地面も、今はどんより薄汚く汚れたように見えてくる。
「そうだなぁ、次の町までなら一緒にいってもいいよ」
空耳かと思った。
自分の妄想が生み出した都合のいい夢かと思った。
そう思った瞬間、シーニャは聞き返していた。
「本当!?」
顔を上げてみると、マナは明後日の方向を向いていた。
本当に一緒に行ってくれると言ったのだろうか。
次の町までとはいえ、二人で一緒に旅をすることができるのだろうか。
「うん」
その返事は確かに返ってきた。
「本当に本当!?」
「そうだよ」
「やったぁ!」
両手をあげてぴょんぴょんと飛び跳ねるシーニャ。
全身を使って嬉しさを表現する素直な女の子。
「あ、ちょっと!」
その勢いのままマナは両手をがっしりと握られて。笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねる勢いで、手もブンブンと振られている。
素直に返事が出来なかった照れもあって、マナは顔に熱が集まっていくのを感じた。
「マナ、顔が真っ赤だよ?」
「あ、赤くないっ! こ、これはそう、さっき打った背中が痛いの」
「ええっ! 大変。ほら見せて!」
「あ、シーニャ、何を!」
「何をって、打った所を治療しないと」
マナの服に手をかけるシーニャ。その目には動揺も迷いもない。
その手は力強く、マナも振りほどくことはできないほどだ。
つまりはまあ、マナの事を本気で心配している。
「うそ、うそだから、痛くないから!」
力で屈してしまったマナは早々にネタ晴らしをするが――
「だーめ、私に気を使って隠してるんでしょ! さあ見せて!」
「い~や~!」
照れ隠しのためについた嘘によって、しっかりと背中を見られてしまったマナなのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第1章はこれで完結です。
辛い展開が続きましたが、きっと幸せな展開がやってくるはずです。
思い出してください、楽園でイチャイチャする二人の姿を。
さてさて、ここまでお話はいかがでしたでしょうか。
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一通り作者が喜ぶアクションを終えた後、次回をお待ちください。
第2章のタイトルは「出会いと別れ」です。
どんなお話が待っているのか、お楽しみに!
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と書き終えた後に、バレンタインデー話を書きました。
本日夜に公開予定です。お楽しみに!




