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第八十五話 れきしてきなかいだん

教皇アンジェとの会談から数日がたった。

……早いところ、あの悪夢を忘れないと。


私はそんなことを考えながら、自室のベッドで横になり小説を読みつつ、ビスケット片手にくつろいでいた。


え? 御行儀が悪いって?

すみませんねー、なかなか、自堕落という悪癖が治らないものですから。えへへ。


心の中で良心に言い訳しつつ、自堕落に過ごしていたところ、部屋内の飾り棚の上に置いておいた、ソニヤ重工業試作第一号機(第五十五話参照。)である、例の魔法のベルが鳴った。

私は、そのベルが鳴る間隔から、符号を読みといた。


……どうやら、魔王様がお呼びみたいだ。


今日は、カミーナやアンジェと一緒に行かなくても、大丈夫かな。

そういうわけで、私は一人で、のこのこと魔王様の常宿『白鷺亭』へと向かうこととした。


◆◇◆◇◆


「お邪魔しまーす」


私は、ホイホイと白鷺亭までやって来たわけですか、けっして暇というわけじゃないです。

本当です。信じてください。


特に警戒をすることもなく、いつものように、するりと部屋に入る。


「あら?」


「うひゃ!?」


と、そこには、魔王様だけでなく、モヒカン頭のヘイシル、微笑みを浮かべたゼクス、苦虫を噛み潰したような顔をしているオクトーバー司教、それに、あろうことかアンジェ教皇もいた。口から変な言葉がまろびでた。

しかも、目がばっちりと会ってしまったし。


私は急ぎ、回れ右をして、とっさに扉を閉めようとしたものの、閉まる扉の隙間にアンジェが足を入れてきた。


「待ってよ、ソニヤ。帰らないで! 今日は、とっても大事な用事があるのよ、ゼクスの用事だけど」


「ん? 何? ソニヤだと? まさか、そこにソニヤ姫がいるのか?」


魔王様が身を乗り出してきた。


や、ヤバい!

魔王様に聞かれた!


私は、ぐいっとアンジェの腕を引っ張って、廊下にアンジェを連れてきて、小声で耳打ちをする。


「も、申し訳ないのですが、マオール様の前では、私のことはアインスとお呼びください!」


「マオールって誰よ? ……ふーん。あいつかー。ふふ。隠し事?」


ニヤニヤと嗤うアンジェ。


「ふふふ、わかったわ。私とソニヤの仲だしね。……でもいいかしら。これは貸しだからね。わかってくれるわよね?」


魔王様を指差して、哀願の眼差しを向けると、アンジェは、にっこりではなく、にんまりとした嗤い顔を浮かべ、私の頬を、きれいな指でスーっと撫でた。そして、そのまま、その指を自らの唇に重ねた。


獲物を見つけた猛禽類、鴨が葱を背負ってきたのを見た狩人のような微笑みを浮かべている。


「おい、結局、誰かいるのか?」


「……いえ、ソニヤ姫がいると思ったのは気のせいでしたわ。廊下にいたのはソニヤ姫ではなく、アインスさんでした」


そう言ってアンジェは、私の腕に、自らの腕を絡めながら、部屋の中へと招き入れた。


「お、アインスじゃないか」


魔王様が私を認識し、頷いた。


「アインスさんと、ソニヤ姫は雰囲気が良く似ていらっしゃるので、勘違いしてしまいましたわ」


アンジェが、魔王様に向かって説明口調で話をした。


「ああ。アインスは、ソニヤの影武者をしているんだったな。似ているのも当然だろう」


うむうむと頷いている魔王様。

そんな魔王様を横目に、少しだけ、頬を赤らめ、こちらをとろんとした目付きで、舌舐めずりをしているアンジェ。


……こ、怖すぎる。


一番ヤバい相手に弱みを握られた感がとても強い。

私は意気消沈しつつ、渋々とベッドの端の方に座った。


私が座ったのを合図にしてか、ゼクスが口火を切った。


「これで、一応、今回声をかけさせていただいた全員が揃ったと思います。……今日は、僕の提案で皆さんに集まってもらいました」


魔王様に呼び出されたと思ったけど、主犯はゼクスだったのね。


「あ、マオールさん、こちらはアンジェ。僕の従兄弟になります。ちなみにこちら、マオールさん。僕の頼れる友人です」


「む。そうか。よろしくな、アンジェとやら」


「よろしくお願いしますね、マオール様」


よろしく、と魔王と教皇とがお互いにぎこちなく握手をしている。


実はこれって、魔王と、教皇という、両陣営の最高責任者に近い人同士の会談であり、教科書に載せてもおかしくないような、歴史的な会談ではなかろうか。

そして、私は今、その歴史的な会談に立ち会っている気がしたけど、この二人はお互いに対して、毛ほども興味がないらしく、握手をした後、何かを話すでなく、早々に飲み物をすすっている。


ん。それでいいの、二人とも?


「……さて、今日お話したいことはいくつかあるのですが、まずは、一番大きな話題から」


そこで一旦、口上を止めて、私の方を見て微笑むゼクス。


「……うちの国の騎士団の強硬派が、今にも暴発しそうなものですから、ガス抜きを手伝っていただければと」


「……あー」


なんで、そんな規模の大きな問題を、今日の夕飯はカレーですかね? くらいの気安さで振ってくるのですか。


「む? その程度で良いのか?」


魔王様はやや拍子抜けしたような顔で呟いた


「ふはははは。吾輩に任せて頂ければ、お安いご用である」


ヘイシルは、やけに自信満々に頷いている。

まあ、たしかにこいつがいれば、ボス役としては十二分の働きをしてくれるだろう。


安請け合いのバーゲンセールとばかりの、即答だった。

でも、本当に大丈夫なの?

むしろ、この人たちが絡むと、問題が大きくなっちゃうんじゃないの?

私としては、そちらの方を心配してしまう。


しかし、そんな話だったら私抜きで話を進めてもらっても良いような……。


「たぶん、揉め事が起こるのは、シュガークリー王国の近くですが、知っておいた方が良いですよね?」


私の心を読んだかのようにゼクスが、意地悪そうに微笑んでいた。


というわけでさくっと更新です。

次回更新は来週を予定しております。

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