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第七十八.五話 閑話 それぞれのいま

「騎兵はつかみで千騎といったところでしょうかね。……まあ、たいした数ではないですが、ゼクサイス様からの指示にはちゃんと従わなくては」


ゼクス配下の特殊陸戦隊隊長、シルフィ中佐は、フリフリのメイド服姿にて、駐屯地から出発するゲーゼルライヒの騎士団を見送った。

暫くして、何事もなかったかのような顔で屋敷の中へと戻る。屋敷の誰も、彼女が外出したことには気がついていない。


シルフィは、ゲーゼルライヒ『白熊』騎士団の団長部屋にて、お茶汲みに精を出しながらも、目の前の坊主頭にカイゼル髭を蓄えた、ぷるぷるとしまりのない贅肉姿の騎士団長を無感情な瞳で見つめる。


……こいつを消し炭にしちゃえば、私の仕事はさっさと終わるのですが。


そんなことをついつい思ってしまう。

だが、ゼクスからの指令は絶対。監視という任務を至急終わらせて、ゼクスの元へと駆け寄りたい気持ちをなんとか押さえつける。


……あの女狐(カミーナ)が、ゼクサイス様のお側にずっといる。そのことを考えただけでも(はらわた)が煮えくり返るというのに。


シルフィは、ポーカーフェイスを装いながらも、その煮えたぎる嫉妬の心をめらめらと燃え上がらせていた。


「わ、ワインを一本出すがよい。祝勝会である」


「……よろしいのですか? まだ執務時間は終わってはおりま」


パシッ!

最後までシルフィは発言が許されず、団長の杖にて頬を殴られた。


「わ、わしに口答えするなど百万年早いわ!」


「……もうしわけございません」


……あ、あぶなーい。反射的に、懐のナイフでカウンターを決めて、この肉の塊を刺し殺すところだったわ。気を付けないと。


シルフィは、唇の端から一筋の血を流しながら、自らの意思の強さを褒め称えたのだった。


◆◇◆◇◆


「さてさて。ソニヤは、此度の状況をどのように捌くのかのー」


ダライ・トカズマ帝国の元皇帝ナレンは、その燃えるような紅い髪の毛先をくるくると弄りながら、最高級品の葡萄酒(ワイン)で唇を湿らせる。


彼女のもとには、ゲーゼルライヒの騎士団に潜り込ませている密偵からの情報が、逐次に入ってくる。

カレハ族が『巫女』を自称するイ・ハ辺境伯の娘ミオ・ハの下にまとまりつつあり、それを驚異と判断したゲーゼルライヒの『白熊』騎士団が、これを鎮圧しようと騎兵隊を送ったところまで報告が上がってきている。


「十日たらずで、ここまで劇的に物事を進めるとはのお……」


今回の騒ぎは間違いなくソニヤ姫たちの仕業であると認識しているナレンとしては、報告書にあった、不死の軍団の報告を、苦笑しながら読むしかなかった。

……ここ西方大陸において、現在もっとも政治的、軍事的に強力な、特異点とでも形容すべき場所は、ソニヤ姫その人であることを、彼女はすでに、虎の子の『装甲人形(アームド・ドール)』師団の壊滅と皇帝位の返上という大きな代償を伴いながらも学んでいる。


「しかし、あやつも欲がないのお。望めば、西方大陸の覇者にでもなれるというのに」


ソニヤ姫がもつ権謀術数と、それに協力してくれている人脈を考えれば、一夜にして、西方大陸を統べる大帝国を築けるのではないか、そんなことを考えてしまう。


「だが、まあ、あやつはそういったことは面倒だ、の一言で拒否してしまうかもしれんがな」


くっくっくっ、と喉をならして一人笑うナレン。


「……しかし、やはり、あやつがおらんと寂しいのお。あの程度の問題ならば、早う片付ければよかろうに」


ナレンはソニヤと話ができないので、少しばかりの寂しさを感じるのであった。


◆◇◆◇◆


「……つまらないわね」


魔王の妹エミーは、(元)辺境伯の屋敷の一室を勝手に占拠し、ソファにふんぞり返りながら、天井を仰ぎ見た。


「あなたもそう思うでしょ?」


『Ω×※℃←∞☆』


ほのかに薄紫色に光る半透明の、いそぎんちゃくのような生物が、ゆらゆらとその触手を蠢かせ、その先っちょをピンク色に光らせる。


「そうよね。やっぱりそう思うわよね。このまま、うまいことあの売女(ばいた)の思い通りになるなんて許せないわよね!」


『Ω×※℃←∞☆!』


先程よりも明るく、いそぎんちゃく風の生物の触手の先が赤く光輝く。

何か感情を表しているようにもみえる。


「ふふふ。私、閃いちゃった。戦乱のどさくさに紛れて、しびれ針の一本でも、売女に撃ち込んでやるわ。そうしたら、あとは、ほら。戦場のどさくさでね。うふふ……」


『Ω×※℃←∞☆』


エミーの邪悪な笑みに呼応するかのように、いそぎんちゃく風の魔物が、気持ち良さそうにゆらゆらとその触手を蠢かすのだった。


◆◇◆◇◆


このまま、異教徒どもの勝手を見過ごしてもいいものだろうか。

オクトーバー司教は頭を抱える。

たしかに、ペテンの首謀者は自分達だが、神の御業(みわざ)と称してのそのペテンについて、良心の呵責をかなり覚えている。


……やはり、我らの神の導きとした方が良かったのではないか。


そんなことを思うが、ソニヤ姫の、元々のカレハ族の信仰に乗っかった方が成功確率が高い、という言説を容れて、現在のようなかたちで収まっている。


……しかし、(ソニヤ)の言うとおりに事が進みすぎている。何か大いなる力が姫に味方をしているのではないか。それこそ、我らが『神』の……


そこでオクトーバーはそれ以上の思考を打ち切る。

これ以上の妄想は、自らの信仰を毀損(きそん)するだけではなく、姫の身をも危うくする危険思想だ。


……教皇猊下(きょうこうげいか)が姫に注目なされるのもむしろ当然なのかもしれない。


最近はそんなふうにも思っている。


「さて。これが最後の仕上げだ、と姫は言っておられるが、どうしたものかな」


オクトーバーは顎髭を、武骨な大ぶりのナイフで剃りながら、独り言を呟いた。


とりあえず閑話を勢いで書いちゃいました。

あと、1,2話くらいで、傭兵編を終わらせいなー、とは皮算用があります。

次回も、来週中に更新できたら御の字です。

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