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第六十三話 いちにちいちぜん

「え? 今からかよ? うーん、人手が足りないんだよなぁ……」


季節はめっきり秋めいてきて、寒さが徐々に忍び寄ってきている頃合い。

中央市場でのいきつけのパン屋にて、店主と、初老の男性とが、カウンター越しに言い合いをしている。

今は国々の紛争は鳴りを潜め、王都トルテは存外、平和なものである。


「うーん、店は閉じておかないといけないかなあ」


困ったような声をあげている、店主。


「どうかしたのですか?」


よせばいいのに、ついつい声をかけてしまう私。


「お。アインスの嬢ちゃん。おはよう。いやなに、ちょっと、町外れに用事があってな……」


そこで一旦、店主は口を閉じ、少し思案顔をした後、私の身体を頭のてっぺんから爪先まで、ジロジロと、何かを期待する眼差しで凝視してきた。


「な、何ですか……」


私はなんとなく気恥ずかしい思いで、自分の身体を両腕で抱き抱えるようにしながら、上目遣いで店主を見つめる。


「アインスの嬢ちゃん。ちょっと頼みごとがあるんだが……」


「……は?」


そうこうしているうちに、なぜだが昼時まで、私がパン屋の店番をすることになってしまった。


「すまんな、嬢ちゃん。賃料は弾んでおくから。じゃ、あとは、宜しくな」


そういって、店主は、先ほど話し込んでいた初老の男性とともに外に出ていってしまった。


私だって、そんなに暇ではないんだけどなあ。

だがまあ、成り行きとはいえ、与えられた任務(ミッション)は果たされなければならない。

仕事は仕事なのである。


よし。全力を尽くそう!


◆◇◆◇◆


「いらっしゃいませ!」


店の扉が開き、扉に備え付けられたベルが、からんころん、とよく響く音を店中に鳴らす度、条件反射で元気よく挨拶をしてしまう。

これも、前世でのバイト経験の賜物かもしれない。


「む。アインスか。どうしたんだ、その格好は?」


「あ。マオール様。どうもこんにちわ」


新しく入ってきた客は魔王さまだった。


魔王はちょっと驚いたような顔をしながら、カウンターまで、ずかずかと歩いてきた。

今日も魔王さまは、相変わらずのイケメンである。


かくかくしかじかと、これまでの経緯を簡単に魔王に説明した。


「……ふむ。なるほどな。臨時で店番をしていたのか」


魔王が私の話を聞き、現在の状況に納得したのか、一つ頷いた。


……それにしても。

私は店の中をぐるりと見回してみる。

うーん。もしかして、いつもよりお客さん多くない?


店番をしていて思ったのだが、いつも私が客としてお店に来ているときよりも、なんだか今日は混んでいる気がするのだ。

特に男性客の割合が多いように感じる。

しかも、買い物を終えて外に出ていった客が、なぜだかまた戻ってきて、私にプレゼントだ、とか言って大きな花束を持ってきたりするのが何回かあった。

こんなにお花をもらっても仕方がないので、花瓶に入れて、入り口近くの外側に、店のディスプレイのために使わせてもらっている。

そのためか、店がまるで新装開店かのような雰囲気を漂わせている。


「あ。マオール様。ここに出ているパンを全部購入していただけませんか? 売り物のパンが全部売り切れちゃえば、私の仕事も終わりますし」


「断る。そんなに買っても、一人では食べきれん。それに、お前のそのメイドドレス姿を、もう少しくらい見ておきたいしな」


にやにやと、魔王さまは、カウンター越しに笑いかけてくる。


くっ。そんな正論は吐かないで欲しい。


……ちなみに今は、これは仕事着だから、とかいって、店長からフリフリのメイドドレスの衣装を支給され、それを店員として着る羽目になっている。

なぜ、パン屋でメイド服、なのかは謎だけれども。


「……それじゃあ、私の代わりに店番をしてくださいよ。外で私が客引きしてきますから」


少しでも人目を引けば、客がより多く来てくれるかもしれない。

広告、広報活動はマーケティングの基本である。


「お前が店主から店番を頼まれたのだから、店番の仕事は、アインス、お前の仕事だぞ」


だから、そんな正論はやめてください!


「じゃ、じゃあ、マオール様が外で客引きしてきてくださいよ。このままだと、店主さんが帰ってくるまで、私、ずーっと店番をしないといけないじゃないですか」


「そんなものは知らん。お前がそもそも店主から、仕事を安請け合いしたのが悪いのだろうが」


魔王さまはまたもや正論を吐いてくる。

くっ、悔しくなんかないもん。


「だが、まぁ、ここでアインスが働いているのを眺めているのも面白いのだが、俺もお前に別途、用事があるのだ。……仕方がない。ちょっと待っていろ」


そういって、魔王さまは外に出て行ってしまった。しかし、私に用事があるっていったいなんだろう?


しばらくすると、外から次から次へと女性客がなだれ込んできた。

社交界で、出会ったことがある女性もちらほらと混じっている。


「い、いらっしゃいませー!」


「銅貨三枚になります」


「ありがとうございました!」


凄まじい勢いで店の中の品物が消えていく。

まるで、コ◯ケの大手サークルの薄い本の如く、すごい勢いで捌けていく。


「……あ、ありがとうございました」


「いやなに、近くに知り合い達がいたものでな。一声かけたら、知人友人たちを紹介してくれただけだ」


恐るべし、貴婦人層のバイラルマーケティング。


「マオール様がお手伝いしていただいたおかげで、頼まれていた仕事は無事に終わりました」


私がスマイル0円の良い笑顔を向けると、魔王さまも笑い返してきた。


「なに、気にするな。さて、次は俺からのお願いを聞いてもらう番だな」


「……え?」


「……いやなに、簡単な用事だ」


「ど、どんな用事ですか?」


私は緊張に打ち震えながら、魔王さまからどんな無理難題が来るのかと待ち構えた。


「うむ。耳掻きだ」


「……は? 耳掻きですか?」


私は相当、阿呆な顔をしながら、問い返したと思う。


「だからな。膝枕をして、耳掻きをして欲しいのだ。この前、別のところで試してみてな。思いの外、気持ちがよかったので、アインスにも、その、やって欲しいと思ってな」


「そ、それくらいならば……」


他人の耳掻きなんて、やったことはないけれど、その程度で良ければ……。

パン屋の入り口に、クローズドの看板をひっかけ、フローリングの床に、簡単に布を敷いて、そこに正座をする。


「ど、どうぞ」


ぽんぽんと、自らの膝を叩きながら、魔王さまに呼び掛ける。

ちょっと、気恥ずかしい。


「む。ここでやるのか? ま、まぁ、いいか……」


お互いの息遣いと、外の喧騒しか聞こえないような静寂の中。


なんだか、秘密めいた男女の秘め事をしているような変な気分になってくる。


「あ、あのー。いかがです?」


「うむ。よいな。続けてくれ」


恐る恐る続ける、私。


すると、突然、


「ソニッ!……あの、アインスさん……」


店の扉を勢いよく開け、血相を変えて急に飛び込んできた侍女のカミーナが、眼下の状況を見て、急に、何かを言いたげな瞳で見下ろしてきた。

その声音も、一オクターブ低い気がする。


「あ、あのー。これはね。カミーナ。えーっとね」


「……アインスさん。説明は後でたっぷりと聞かせていただきますので」


おかしい。なにかがおかしい。


私は、今日は基本、一日一善の心意気で、皆がよろこぶ、正しいことをしていたはずなのに……。


夜、自室の床にて、正座をさせられながら、カミーナのお説教を、右から左へと聞き流しつつ、そんなことを思っていた。


前作の外伝をちょっとだけ改稿。

今回は、省エネ投稿なので、さくさくと更新できました。


次回はなんとか、来週に投稿できれば。

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