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第五十七話 まおうさまのていあん

ゼクスが手に持っている、その古い巻物(スクロール)は羊皮紙みたいな質感だった。


「巻物、ですか」


「はい」


私の言葉にゼクスが頷きながら、スクロールを拡げてみせた。

拡げるとA3くらいの大きさになるスクロール。

それを私たちが座っている席の近くにある、空いている机の上に置いた。

私たちは、各々立ち上がり、机を囲んで、そのスクロールを覗きこむ。


そこには普段、私が使っていない古い文字が書かれていた。私の感覚からすると、漢文が書いてあるようなイメージだ。

しかし、私の乏しい知識だと、なんと書いてあるのかはさっぱりわからない。


「この巻物は、僕の家に古くから代々伝わる古文書になります。まあ代々伝わると言いながらも、実は、現物自体が見つかったのは、つい先日のことなのですが」


そういって、ゼクスは苦笑しながら私たちを見回した。


「ま、まさか、それは……」


オクトーバーが、驚愕に目を見開く。


「まあ、そなたの実家にも、あるのは道理か」


ナレンも重々しく頷いている。


……やっぱり、あったんだ。


魔王が嘘をつく理由なんてこれっぽっちもないので、ライナー王国での会議の中での発言、すなわち、私たち人間種族は単に魔王により自治を許されているにすぎない、ということは事実なんだろうなー、とは薄々思っていたのだけど、本当に証拠がでてきたんだな、と。


ナレンの口ぶりから察するに、ダライ・トカズマ帝国は事前に知っていたようだし。

やっぱり、ナレンたちが戦争を起こしたのも、このことに関係があったのかも。


「……ここにあるサインは、当時の魔法帝国の皇帝のもので、いわゆる特許状というやつですね」


「特許状?」


「そうです。皇帝が特別に許したことを証文として書き残したものですね」


「そ、そなたは古代魔法帝国文字(ハイ・エンシェント)を読めるのか!?」


「まあ、多少は」


ナレンからの質問に頷くゼクス。

ナレンの驚いている顔から察するに、古代魔法帝国文字は、普通は読めないものらしい。


……よかった。実はこの中で私だけがこの古代文字を読めない、とかじゃなくて。

もしかしたら、私に学がないから読めないだけなんじゃないか、と少しだけ恐れていたのだが、この古代文字は、基本読めない文字なのである。

そうなの。私はアホの子ではないの。


「で、何が許されているんだ?」


そんな風に自らを慰めているとき、オクトーバーがゼクスに質問をした。

その質問の言葉で、精神を現実に引き戻す。


「はい。……ここには、僕たち人間族だけの国を千年の間、社会実験として作ることを許可する、という趣旨が記載されていますね」


「人間族だけの国……」


私の呟きに、ゼクスは頷いた。


「そうです。人間族だけの国です。ここには皇帝がなぜ、そのような特許状を発行するに至ったのか、その理由が長々と書いてありますが」


「えーと。要約して説明してほしいのですが」


「はい。では手短に要約します。……魔法帝国はある程度のところで文明のレベルが頭打ちになってしまった。そのため、その上限を打破するための一つの試みとして、魔法がほとんど存在しない環境下にて、人間たちだけの国を作らせてみる。そのような制限された環境下においては、文明が実際にどのような進化を遂げるのかについて実験せしめよ、ということですね」


「所謂、社会実験、というやつであるな。しかも大規模の」


ナレンがふむふむと頷いている。


「つまり、僕たちは実験動物(モルモット)だった、ということですよ」


くくっ、とゼクスが皮肉げに嗤い声をあげた。


「……しかし、それであれば、色々と納得できることもあるか」


顎に手をあてて考え込み始めたナレン。

割と真面目な顔をしている。


「……では、それが、事実だったとして、どうしますか?」


「どう、とは?」


私の言葉に首を傾げるゼクス。


「はい。私たちは単なるモルモットでした。今まで生意気な態度をとっていて申し訳ありませんでした、と、今さら魔王軍に、……いや、魔法帝国に頭を下げるのですか?」


私は本当にそんな答えでいいのか、と皆に問いただした。


「我らは神により作られし意思ある存在。魔法帝国だか、なんだか知らんが、俺たちを実験動物のように好きにして良い理由はない!」


机をどん、と叩き、オクトーバーが拳を振り上げて力説をする。

ねえ。ちょっと、暴れないでよ。

この店、出禁になったらどうしてくれるの。


「……といっても、真正面から戦って、白黒つける、とか不可能じゃぞ」


ナレンが真顔で言った。

この間、魔王に、徹底的にやられたナレンが言うと妙な説得力がある。


「では、マオールさんの見解は?」


意地悪そうな笑みを浮かべながら、ゼクスが魔王に聞いた。

悪意、百パーセントですね。


魔王は、少し思案した後に一言つぶやいた。


「要は、証拠を出せばいいのではないか? ちゃんと成果を出しているのだ、と」


「つまり?」


私が先を促す。

魔王は私の目をじっとみた後、羊皮紙を爪先で弾き、呟いた。


「魔法帝国が、産み出せない貴重な何かが、この千年の間にあったことを証拠として探すべきだろう。そうすれば、めでたく、この実験は成功と認定。そして引き続き、人間族の自治が許される、というシナリオだな」


魔王が重々しく頷いた。

もしかしたら、魔王がわざわざ、王都にいる理由って、実はその何かを探すために私たちに協力をするためだったりして。

まぁ、単にソニヤとお近づきになるためだったり、暇なだけかも知れないけど。


私はクリームをたっぷりと塗りたくったパンを一口で食べながら、そんなことを考えていた。


「マオール様。私たちにお力を貸していただけますか?」


私は魔王の目を真っ直ぐに見ながら問うた。


魔王は、その目を受け止め、こちらに向き直るとハッキリと答えた。


「むろん。俺も力を貸そう」


ちょっとだけ、魔王が頼もしくみえた。


◆◇◆◇◆


「おや。叔母上。ご機嫌うるわしゅう」


夜間。シュガークリー王国、王都トルテの人気のない路地裏。

燕尾服姿の少年が、キセルを咥えたバニーガールスタイルで、屋根の上に座っている女性に声をかけた。

ソニヤに仕える悪魔ベリアルと、魔王の側近である悪魔ベルゼブブの二人だ。


「わっちとしても、あんまり、この世界には介入したくはないのではありんすが、残念ながら我らは悪魔。契約上、借りがある場合には、死んでもそれをこなさないといけないのでありんす」


「おやおや。叔母上をも縛る契約となると、相当な対価を相手が支払ったものとお見受けします」


「ま。わっちの請け負った仕事は、今日から丸一日だけ、そなたの身柄を縛り付けることなんで、精々、いい子にしておいておくんなまし」


そういって、ベルゼブブの影が複数に分かれ、それぞれが意思ある生き物でもあるかのように、ベリアルの手足へと絡み付く。

そして、あっという間に、ベリアルを飲み込み、球体の金属の塊のような見た目になってしまった。


「『多重捕縛呪(マルチバインドカース)』ですか。これを振りほどくのは、難儀しそうですね」


「抵抗しないでくれると、うれしいでありんす。明日には自由の身にするでありんすから」


「……叔母上。一つだけ教えて下さい。今回の仕置きは魔王様の指示ですか」


「ほんなわけあるものかい。魔王様のお仕事であれば、こんなつまらん気持ちで、わっちは動きません」


「なるほど」


ベリアルは呟くと、その魔力の放射を抑えた。


「叔母上相手にこれ以上抵抗しても無意味でしょう。その代わり、丸一日後には、その首謀者にはしかるべき罰を与えます」


「それが、よいのでありんしょう」


「ただし、私のあるじに危害を加えることがわかりましたら、叔母上とて許しませぬ。明日以降の私からの懲罰につき、期待してお待ち下さい」


「うふふ。ベリアルの仕置き。堪らぬなあ。わっち、もう、我慢できないかもしれないでありんす」


そういって、ニンマリと、ベルゼブブは恍惚(こうこつ)な表情で微笑んだ。


とりあえず、更新です。

次回は、たぶん、閑話になると思います。

来週中に更新できたら、うれしいなー、と。

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