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第四十九話 こていえんざんまどうじん

「ふむ。これは、我輩が開発した、固定演算魔導陣高密度並列式技術を用いていますな。それも、多重演算特化で」


「よくわからん用語を使うな。ヘイシル。つまり、どういうことだ?」


ヘイシルが、手元の魔道具(デバイス)と、図面をにらめっこしながら、背後からの魔王の声に振り替える。


「魔お、ール殿はせっかちですな。そんなんでは、良い縁談がなくなるのであるぞ」


「うるさい」


「ヘイシルさん。すみませんが、僕たちにもわかるように教えていただけませんか?」


やんわりとゼクスが発言を促す。

ダライ・トカズマ帝国の基地襲撃を無事に成功させた魔王たちは、帝国内の拠点にて、今回の襲撃の戦利品を吟味していた。


「そうであるな。……この魔導陣が刻み込まれた魔道具は、ある特定の魔術を誰でも行使できる代物であり、簡易なものであるならば、普段から皆様も使っているものである」


「『照明』や『保温』の魔術板……」


シルフィがぼそり、と呟く。

彼女たちが普段から使っている、教会から支給される便利な魔術道具の数々。

一般人には、その快適な魔道具がどのようなメカニズムにて動いているのかはいまだ理解されてはいない。


「左様。あれは、位階一か二位程度の魔術の発動を常時化させ、内蔵する魔晶石に蓄えた魔力と、周囲のマナを取り込み消費させることで、ある程度の期間光ったり、温度を高めたりする魔具。そして、これは、その発展的な最新モデルですな」


「ヘイシルさん。では、そちらの魔道具が持つ魔術とはいったいどのようなものでしょうか?」


「……この魔導具(デバイス)に封入されているのは、『隕石召喚(メテオ・ストライク)』。位階十位の魔術であるな。だが、このレベルの魔術になってくると、魔晶石の消費が多すぎるので、あまり効率は良くなく、需要も少ないのであるが」


「ですが、原理的には可能である、と?」


ゼクスが問いかけた。


「可能であるもなにも、これは、我輩が昔に試作して、いくつか納入したものの一つである。だが、燃費が悪いとかぬかす、そこの男に捨てられたものであるな」


「……そんなものは知らんぞ、俺は」


ヘイシルに視線を向けられた魔王は、素で首を傾げている。

本当に知らない様子だ。


「ぜ、ゼクス様。もしかして、マオール様って……」


「……良いですか、シルフィ。あなたは何も聞かなかった。わかりますね」


「……あ、はい」


にこやかなゼクスの微笑みを前に沈黙を選択したシルフィ。心を無にする。


「しかし図面を見るに、明らかな間違いが十ヶ所以上あるので、複製はいまだ作れていない様子。そうであれば、我輩達のところからの横流し品そのものを無理にゴーレムに装備し、使っておると思われる。しかし、この図面を見るに魔晶石の利用の仕方が未熟すぎてもったいない。我輩ならば、これの効率を十倍以上高められるのであるが……」


ぶつぶつとつぶやくヘイシル。


「……アイアン・ゴーレムに、メテオ・ストライクが発動できる魔導具ですか。もう少し、品物の管理に心を砕いて欲しいのですが。アインスさんと遊んでばかりおられずに」


ゼクスからの小言に顔をしかめた魔王がそっぽを向きながら呟く。


「ぜ、善処する」


「……はあ。ですが、困りましたね。今、ソニヤ姫と一緒にアインスさんも、パプテス王国にいるのですよね」


「それが、何か問題か?」


「いえ。ダライ・トカズマ帝国はアイアン・ゴーレムをパプテス王国に持ちこんでいるみたいですし、もしかしたら、その魔導具も……っと、おや?」


驚愕の顔をした魔王が、一瞬にして目の前から消え去ったことに肩を竦めるゼクス。


「まったく、せっかちなお方だ」


◆◇◆◇◆


「ねえ、カミーナ。ちょっといいかしら」


「なんでしょうか、姫様」


パプテス王国軍の本陣。

パプテス国王アマシンを中心としたお歴々が、椅子に座り、次々と伝令から伝えられてくる情報を吟味し、将軍たちと相談しながら、作戦指示を出している。

場は緊張はしているものの、悲観的ではない。

王弟軍との戦力差がそれなりにあり、さらに、軍が押し込んでいる、という報告が多数なためだ。

しかし、私からみると、とても不思議なことに誰も指示や伝令の情報について記録を取らない。

だからというわけではないが、私は入ってくる情報を、片っ端から書類に書き留めて整理することに徹していた。

ほかに、ここにいてもやることないし。


そして、この辺りのアバウトな地図ももらい、書き留めた情報を整理していて、少しだけ気づいたことがあった。

どうにも、ゴーレムたちの目撃数が少ない。


「ゴーレムたちって、百体だか、それくらいいるっていう話があったわよね」


「そうですね。少なくとも確認できた数が百体だった、と」


「でね。先ほどから記録している情報を眺めてみても、ゴーレムが全然いないのよ。見た目も大きいだろうから、見かければ、絶対に報告があると思うのよね」


「たしかにそうでございますね」


「王弟軍の兵士の数は二万以上。つまり、今回の戦いは明らかに総力戦よね」


「そうなります」


「じゃあ、ゴーレムたちは出し惜しみして使っていない、ということ?」


「……あまり、考えられないかと」


「それなら、この消えたゴーレムはどこにいるのよ……」


嫌な予感がする。

大事な何かを見落としているかのような嫌な感じ。


「ねえ、カミーナ。少しだけ調査してほしいことがあるの」


「なんでございましょうか?」


「この地図によると、私たちと王弟軍とが対峙しているこことここは、南東の湖沿いじゃない」


地図の北東と、南西を指差す。

北東部には王弟軍が陣取り、南西部にはパプテス王国軍が陣取っている。

地図の南東部には広く湖が広がっているが、お互いに海軍がないので、そちらには防衛ラインは築いていない。


「そして、湖の反対側の北西は森。そして、そちらには十分な兵力を私たちは置けていない」


私は、地図の上に石ころで、大まかな兵力を置いていく。


「でね。この森の方からゴーレムたちが私たちの横っ腹に突っ込むの」


私は大きな石を、森から出てくるところにおいてみた。


「分断されて囲まれますね」


ボソッとカミーナが呟いた。


「あれだけの大きい巨体がまさか、森から出てくるなんて思わないから、ビックリよね。で、私としては杞憂であって欲しいのだけど、その森の方で何か異変がなかったのか、調べてほしいのよ」


「承知いたしました。しばしお待ち下さい」


カミーナが素早く出ていった。

私は本陣の端の方で、所在無げにしているアラン辺境伯に声をかける。

今、私がこの恥ずかしい格好をしている理由の張本人なわけだけども。


「伯爵。北東部の森の状況を調査したいので、兵士を貸していただきたいのだけど」


「ふ、ふひひひ。も、申し訳ない、姫。か、彼らはこの本陣、すなわち我、じゃなかった、パプテス国王を守るという使命を帯びてここにおりますゆえ。ひ、姫のわがままにしたがって勝手はできませぬ。ぱ、パプテス国王のご裁下をいただかねば。ふひー」


ぴきぴき、っとこめかみあたりが、ひきつる。

こ、こいつ。

少しは、協力的な姿勢を示せばいいのに。

自分の周りを安全にすることにしか、興味がないように思える。

こいつに話をしても無駄か。

私はシュガークリー騎士団の将軍に話を向けた。


「少しだけ調べたいことがあるので、偵察部隊の一部隊を貸してもらえる?」


「はあ。姫が気になさる、というのであれば。先ほど前線での偵察任務を終えた一個小隊五十名が戻ってきておりますので、そちらをどうぞ」


「ありがとう」


私は地図に目を落とし、ゴーレムたちが隠れている可能性のありそうなところを考えてみる。

ダメだ。森は広すぎる。

しばらく地図とにらめっこをしていると、カミーナが戻ってきた。

情報を仕入れるのが早いなあ。


「……ソニヤ様。ただいま戻りました」


「あ、カミーナ。どうだった?」


「はい。ゴーレムを見かけた、などの情報はなかったのですが、なんでも、森の北部にある村からの、農作物を持ち込む定期便が遅れているみたいです。三日ほど」


「それって特異なことなの?」


「いえ。天候などの影響で、たまにあるみたいです」


「……その村の位置ってわかる?」


「はい。こちらです」


そういって、森の北方に街の位置を書き込む。

補給をしたりするのに、ちょうどよい位置関係に思える。


「うーん。……これは最悪を想定したシナリオなんだけど、この村はすでに王弟軍に占拠されていて、王弟軍の補給基地になっている。そして、ここからゴーレム軍の別動隊が森を抜けて、パプテス王国軍の横合いから奇襲をかけてくるものと、考えます」


「そんなことは可能でしょうか?」


「まさにできないと私たちが思っているのだから、奇襲する側にとっては好都合ね。調べる価値があるわ。カミーナ。偵察部隊を率いて、出発よ」


「え? 姫様も行かれるのですか?」


「私が考えたんだから、私も行くに決まっているじゃない。それに……」


「それに?」


「早いところ、この破廉恥な服を脱ぎたいわけよ」


自分のシースルーな外套を引っ張りながら、肩をすくめてみた。


次回更新は、来週を目標に。

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