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第四十一話 まおうさま ごとーじょー

「皆様、静粛に! 静粛にお願いいたします!」


聖堂内の最も大きな礼拝堂。

磨きあげられ光沢を放つ、重厚な石造りの壁や床。それに十メートル以上はあるかと思われるどこまでも広がる天井のドーム部分に、司会者の声が響き渡る。

天井の高さが否が応でも礼拝堂の解放感を演出し、その天井部分に描きこまれた宗教画が、聖堂の神秘性をこれでもかと演出している。


「只今より、『魔王軍に対する西方諸国家の統一的な基本方針を定めるための準備会合』を開催致します。議事進行は私、西方統一聖教会にて司教の任を拝命しているオクトーバーめが勤めさせていただきます」


あー、オクトーバーが司会者なのね。

彼とも一悶着はあったけども、あの騒動のあとは、憑き物がとれたかのように、穏やかに接してくれている。

オクトーバーの、ホール内によくとおる声を聞きながら、やけに長い会議名だなあ、などとどうでもよいことを考えてしまう。

そして、ぼんやりと周囲を眺める。

西方諸国家二十数か国の代表が、一堂に顔を揃える機会はそんなには多くない。

この世界では国家制度がそれなりに整っているとはいえ、ほとんどの懸案事項は隣国同士の外交程度で済んでしまうので、他国間の枠組みでの会合など、そうそう多くはないのだ。


今回は教会が各国を奔走して、なんとかこの会議にこぎ着けた、というのが実情らしく、こういった統一的な議論の場を持つことすら難しいというのが今のこの大陸の現状だ。


ちなみに、会議は円卓会議などのような平等なものではまったくない。

礼拝堂では、大きな長机が複数個繋げられ、真ん中がぽっかりと空いた大きな四角形が会場に設置されている。

四角形の机の各辺には厳密な序列があり、ホールの奥、神の彫像の前に置かれた長机の中央には、西方諸国で最も広大な土地と、多くの国民、それに強力な軍隊を所有しているダライ・トカズマ帝国の皇族連中がふんぞりかえって座っている。


そんな中、小国である我がシュガークリー王国に割り当てられた席は入り口に近い末席もいいところで、しかも私の席一名分だけだ。

しかも、隣の出席者との間隔も詰まっていて、かなり肩身が狭い。

明らかな差別だ。だけどまあ、小国の悲哀でもある。


その長机を囲むように、椅子だけがずらりと並べられている。

そこには、実務を取り仕切る部下たちが、各国代表の背後に控えるように座っている。

そしてさらにその周囲を、各国の護衛や従者たちが立ちながら見守っている。

護衛は板金鎧(フルプレート)の完全装備で直立不動だ。なかなかに物々しい。

やはり、各国に参加者の人数制限を設けているのは、いやがらせでもなんでもなく、会場の収容容量(キャパシティ)の問題のようだ。


そんな中、私は会場内にぐるーっと視線を向けてみる。

……そして本当に発見してしまった。


我らが魔王様がオリーブ嬢とともに、しれーっとライナー王国関係者の中に紛れ込んでいることを。

ライナー王国は今回の会合でのホスト国なので、どうやら他の国よりは若干参加者が多い席を確保しているみたいだ。

この会合での特権でも持っているのだろう。


しかも、会議中だというのに、魔王の隣に侍っているオリーブ嬢は、それはもう楽しそうに魔王に語りかけている。

君たちは、いったい何をしにここに来ているんですか。

しかし、まさか本当にいるとわね。


私の席は魔王とは離れているから、直接話し合ったりはできないけども、お互いに顔はバッチリとわかってしまう。

そして目があった。

私は微笑んでみせた。


魔王が目をパチパチとしばたかせた後、眉根を寄せた。

なにやら疑念があったらしい。


とりあえず、口許に手を当てて、静かに、のポーズをしてみた。

魔王が一つ頷いたので、とりあえずこんなものだろう。

あとで、この状況をちゃんと説明しないといけないけども。

その横で不思議そうな顔をしながら、オリーブ嬢がこちらに視線を向けてきた。

よしよし、細工は上々みたいだ。

まあ、小細工を弄していますからね。仕方がない。


◆◇◆◇◆


「私はナーレンシア王国の王子バビロンです。この度の会合を主宰されました、西方統一聖教会のアンジェ教皇猊下の御慧眼、誠に恐れ入ります。私が猊下に……」


開会の合図と同時に、各国代表の簡単な自己紹介が始まったのだが、これがまたうんざりするくらいに長い。

久方ぶりの多国間交渉の場なので、少しでも自国、いや、自身をアピールしようと躍起になっているようだ。

しかし、さすがに二十数ヵ国ともなると一人一人が短い挨拶でも長くなってしまう。


「ダライ・トカズマ帝国首席法務官のホンジャであります。此度の会合は我が帝国のギリナデス皇帝陛下のお口添えがあってこそ実現されたこと、ここに一言、付言させていただく。そして西方域での統一した戦略が纏まることを期待させていただく」


挨拶が延々と続いている。でもまあ、全員が自己紹介をするというわけではないらしく、多くの出席者がいる大国は、何人かは挨拶すらしない。でもそうすると、あの参加者は誰だよ、という疑念がないわけではない。

そしてついに、私の番が回ってきた。

事前に挨拶をするようにと言われていたので、仕方なく挨拶をすることになった。


「あー、私はシュガークリー王国の第一王女ソニヤです。此度の会合はオクトーバー司教をはじめ、多くの教会関係者の方々の尽力があってこそ開催されたもの。まずは感謝させていただきます。それと、我が国は現在、魔王軍によって砦が一つ占拠されている状況でございますので、我々から提供できる情報もあるかと思います。今回の会合が西方域の安寧に少しでも役に立つことを祈念いたします。神の御加護がありますように」


参加者の皆様からは、あんまり歓迎されているような視線は向けられなかった。

むしろ、侮蔑や嘲り、好色な視線を向けられる。

まあ、女性参加者はそもそも少ないし、いたとしても、オリーブ嬢みたいにただ侍っているだけで、声を発していないし。

というか、自己紹介した女性って、私だけじゃない?

すさまじくアウェイ感が強い。

ニッコリと微笑みながら着席した。

今日は女優として、ソニヤ姫を完璧に演じなければならないので、洗練された所作を心がける。

ありがとうカミーナ!

あなたのスパルタ指導のおかげで、ここまで完璧な立ち振舞いを身につけることができました。


……しかし、魔王様の猜疑に満ちた視線だけは他の者とは違い、熱心にこちらに向けられていたわけだけど。


◆◇◆◇◆


挨拶が一通り終わり、小休止(ブレーク)となったところで、ホールから回廊へと移動し、柱の影にて待機した。そうしたら予想どおり、魔王が速攻やってきた。


「説明しろ」


開口一番、口から出てくるのはこの言葉。

四の五の言わない、直情的なところが実に魔王らしい。


「……マオール様にはやはり効かないのですね」


「……む」


そういって眉根をよせる魔王。

そして、一つ頷いた。


「そうか……『偽装(ディスガイズ)』か」


実は今、私の顔には、ベリアルに魔法をかけてもらっている。

まあ、元の顔を若干、補正する程度、化粧されるように見える程度の弱い魔力だ。それでも元の顔をあまり知らない人間には他人のように見えるだろうし、まったく魔力がない人間には赤の他人に見える魔法だ。

だが、魔王にはまったく効かないので、魔王は魔法が行使されているのはわかるが、変化後の顔はまったくわからない状況なのだ。


「御名答でございます。ですが、これは我が国の最高機密。他の方にはくれぐれも御内密に」


「……うむ。しかし、なぜ、アインスが。……いや、待てよ。そうか、影武者か」


私は魔王の独白に、ただ微笑みを浮かべるだけだ。あとは勝手に魔王がこの状況から合理的な案を考え出してくれる。


「……すると、やつは、これから起こることを前もって予想していたのか。……そのために影武者を。……なるほど砦から無事に脱出できたわけだ」


魔王がぶつぶつと小さい声で独り言を呟いたあと、実に楽しそうな笑顔を浮かべた。

何を言っているのかはわからないが、とりあえず、偽装工作だけはうまくいったようだ。

ちなみにベリアルの魔力行使は、極力、弱い魔術を使ってもらっているものの、それでも魔法の才能がまったくない私には、滅茶苦茶負担になっており、今この瞬間ま、精神力をガリガリと消耗している。

たぶん、会合が終わった瞬間に倒れる。


「くくく。アインスよ。そなたの主は優秀だぞ。誇ってもよい」


「……はぁ。お褒めいただいて光栄です、とソニヤ様ならばおっしゃるでしょうね」


「だが。全て俺にはわかった。なるほど。……ますます、ソニヤという女が俺は気に入ったぞ!」


一人、なぜか楽しそうにはしゃぎ出す魔王様。

あれ。なんでそうなるの?

だけど、まあ、これで私がここにいても、魔王にとっては不自然な状況ではなくなったようで嬉しそうにしている。

それはなによりね。


「では、すみませんが、マオール様。私はこれから打ち合わせがございますので、これにて失礼いたしますね」


「うむ。まあ、あとで少しばかりびっくりすることが起こるかもしれんので、楽しみにしておけよ」


そういって、回廊を歩いて行ってしまった。


……びっくりすること?


一体、何をするつもりかしら。


◆◇◆◇◆


「我が、ダライ・トカズマ帝国の威光に影を落とすような、浅ましい態度をとることは許容できない」


「はんっ! 勇ましいことばかり言ったとしても、魔王軍相手に実際に戦っていない口先ばかりの大国ではないか! それよりも、前線の維持のために、補給路の確保や、外交的に解決することに注力すべきではないか」


会合は最初は穏やかに始まったものの、実際にどのような形で魔王軍に相対するかというところに議題がさしかかったところで、いきなり揉め始めた。


ダライ・トカズマ帝国などの、歴史が長い老舗の大国群が断固徹底して戦うべきと主張し、新興国家群は魔王軍を驚異ととらえるだけではなく、交渉相手とすべき、と主張して対立している。


「……では、参考までに、すでに魔王軍の脅威にさらされているシュガークリー王国の見解を伺いたいのですが」


議事進行役のオクトーバーがいきなり話をふってきた。

私は少しばかり思案したあと、立ち上がった。


「我がシュガークリー王国が求めることはただ一つ。占拠された砦を開放したい。そして領土を安置して欲しい。だだそれだけでございます」


「では、戦って取り戻すのがよいのか、交渉で取り戻すのが良いのか、どちらの方針が良いと考えておりますか?」


少しばかり意地悪な声音でオクトーバーが聞いてきた。

私は一つ頷くと諸侯の顔を見回した。


「ここに座られている皆様の中で、実際に魔王軍と刃を交わし、その力を自ら味わった方はどれほどおられますか?」


私は静かに問いかけた。


「私どもはその力を熟知しておりますので、軽々しく、武力でもって魔王軍を制圧せよという主張に与することはできません」


「では、外交的な解決をお望みかな。シュガークリーの姫君は?」


皮肉な口調で、ダライ・トカズマ帝国のホンジャ法務官が問いかけてきた。


「いえ。外交的解決をするためには、相手がそのような意思を見せなければ無意味でしょう。ですので、相手の意図がわからない状況では武力的な対応しかできない。そう考えます」


会場のあちらこちらから、ほー、という感嘆の声が聞かれた。

よしよし。事前に考えていたとおりに話が進んでいる。

あとは、各国からの援助を取り付けて、この状況を長引かせることができれば、ある程度たったら、もうちょっとよいアイデアが浮かぶでしょう。時間稼ぎをしないとね。


……本来ならば、交渉により、魔王軍からの賠償金の支払いで手打ちとかの戦略もありうると思うけど、現状、魔王軍の攻めこむ目的が不明だ。

侵略であれば、交渉なんぞ最初から無理だし、ゲーム内での魔王の行動原理である(ソニヤ)が目的ならば、人身御供として、私が国家の被害の代わりに魔王に差し出されかねない。

私は、皆のために誰か一人が不幸になるという話は嫌いなのだ。

平等主義者なので。みんな揃って不幸になって欲しい。

というか、私一人を切り捨ててハッピーエンドなんかに、させてたまるか!


「きゃー!」

「なんだ!」

「何が起こった!?」


喧々諤々と会議が進んでいるなか、突如異変が起こった。


会議場の長机にて作られた四角形の真ん中。

誰もいない空間に『それ』は突如現れた。


禍々しい光沢を放つ椅子。そこに座りくつろいだ様子を見せている立派なひげを蓄えた老人。

鈍く黒光りする刺々した鎧みたいなものに身を包み、手にはワイングラスを傾けている。

その瞳は邪悪な知性を湛え、ただ下々の下等な人間たちを睥睨(へいげい)している。


しかし格好がなんだかラスボスっぽいなー。

それにこの老人の姿形。ゲームでみたことがある。

そう。これは……


「余は魔王軍総帥にして、グリーンゴルツ魔法帝国第六百六十六代皇帝である『魔王』。汝ら人間族自治領の頭目たちよ。余との会見を許す」


この魔王の姿は、部下達と接見するために使うホログラムで、魔王としての威厳がばっちりでている。


ちなみに、我らが魔王様はと思い、見てみると居眠りしているような感じで机に突っ伏している。

たぶん、意識飛ばしているのかなー。


……でも、魔法帝国の皇帝?

魔王のそんな設定、ゲーム中では聞いたことが無いよ。


次回更新も、なんとか、来週中には書きたいなー、と。

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