表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/138

第三十八話 あまやどり

「アインスよ。どうした、そんな怪訝な顔をして」


「え? いや、なんでもないですよ」


かたこたかたこと、と馬車が揺れながら街道を走っている。

ローマ帝国の石畳の街道など夢のまた夢で、舗装されていない、砂利だらけの荒れた土の道を馬車が通っていく。

ただ、このような道ではあるが、隣国ライナー王国との主要街道の一つではあるので、道幅は十分に広い。

そして、数時間おきに到着する宿場町は、しっかりと整備がなされており、道中の安全は比較的マシな方だと思われる。


今回は結局、魔王と共にライナー王国へと向かうことになったのだが、魔王が用意したこの馬車がすこぶる怪しい。


「この馬車なんですけど……」


「む? 何か気になるか? 一応簡素な馬車ではあるが、快適だとは思うのだが」


「……いえ。なんでもありません」


馬車の中には、荷物の他は私と魔王の二人しか乗ってはいないが、先ほどから一切の休憩もなく、馬がひたすら街道を走っている。

普通、馬車が一時間も走ったならば、馬を休息させるために小休止を挟むものなのに、それすらない。たぶん、かなり怪しい馬(?)がこれを牽いていると予測できる。

それに加えて、周囲を警戒している騎馬上の護衛たち。

彼らは皆マントを羽織り、顔を隠しているのだが、その醸し出すオーラが半端ない。

どうやら、あれでも恐怖効果を伴うようなオーラを抑えているみたいだ。

まあ、それでも、一般人には近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのだが。


「次はライナー王国に入ってすぐのところに、俺の知り合いの領主が治める土地がある。今夜はそこで泊まる予定だ。まあ、予定よりは少しだけ早く現地に到着することになるが構わないよな」


「あ、はい」


というか、通常の手段では一週間以上はかかる旅程を、わずか三日で到着って、色々な意味でやばい移動手段だよなー、とは思う。

とりあえず、魔法を使っているのだと自分に言い聞かせる。

うーん、魔法って便利な言葉だよね。


馬車は街道を離れ小道を進んでいく。

そして、林の中にある一見、獣道かと間違えそうな細く荒れた道を進む。


「お。見えてきたぞ。あそこだ」


「……あれが」


街道から少しだけ離れた場所にある、林に囲まれた小高い丘の上にある石造りの館。

たしかに、外見は立派な邸宅なのだが、夕暮れ時という雰囲気と、暗い林に陰影がある館という組み合わせが、ホラー映画の雰囲気を醸し出している。


しかも、近くまで来てよくよく見てみると、庭には草も延び放題、邸宅へ続く門にも厳重な鍵がされていたりと、人が普段使っているような形跡もない。


「む。おかしいな。ここは奴の居城のはずだが」


魔王様が隣で首をかしげている。


しかも、最悪なことに雨も降ってきた。


「雨が降って参りましたので、もしマオール様のお知り合いの方の館でしたら、ご主人が不在であっても、そのまま逗留させていただければと思うのですが」


こんな怪しいところでも風雨は凌げそうだしね。

まあ馬車の中ならば雨には濡れないが、さすがに、馬車の中での一泊とかは避けたい。腰が痛くなるし。


「……うむ。そうだな。よし。とりあえず、中に入るか」


「はい」


こうして、私たちは怪しい館で一晩過ごすことになった。

ちなみに門にかかっていた鍵は魔王がゴニョゴニョと開けた。

えらくごっつい鎖で閉鎖されていたような気がしたけど、気にしたら負けだ。


◆◇◆◇◆


「……困ったな」


「これはいったいどういうことでしょうか」


とりあえず、予想通りというか、なんというか、玄関の鍵は閉まっていた。

そして、鍵を破壊し中に入ったことはこの際どうでもよいのだが、荒れ放題の館の中を見てすぐに、この館が無人となって久しいことが判明した。


「おかしいな。ここは、奴の……。いや、詮さきことか。今さら他の場所は……」


「もう遅いですし。今晩はこちらでお世話になるしかないのではないでしょうか」


「……そうだな。よし、お前たち。部屋を片付けよ。その後は周囲の警戒につけ」


「……」


魔王の命を受け、動き出す護衛たち。しかも、一言も言葉を発しない。


「あのー、マオール様」


「ん。なんだ?」


「あのお付きの方々は、お料理とか、湯浴みの準備とかはできますでしょうか」


「……そのような高度な命令はプログラムされてはいないな」


プログラムってあなた……。

なかなかに不穏な単語を聞いた気もしたが、この際、そこは聞き流そう。


「でしたら、マオール様。きれいなお水の確保はいかがいたしましょうか?」


一応、馬車の中には葡萄酒(ワイン)が積み込んであるので、最悪、飲料としてそれらを飲めば喉の乾きは癒せる。

しかし、そんなに量も多くはないし、当然、湯編みにも使えないので、できれば飲み水を手に入れたい。


「ふむ。そうだな。この形式の館であれば、内庭に井戸を常備するのが基本だ。まずはそれを見てみよう」


「あ、はい」


おや。予想外に魔王様が物知りだ。

そして、魔王の指摘どおり、内庭には井戸がちゃんとあった。

しかも、まだ使えそうだ。


「よしよし。……そこのお前。片付けが終わったら、井戸の水をくんでバケツに水を溜めろ。そして、残りの者たちはその汲んだ水を館の中へと運べ」


「……」


フードの隙間から赤い目がキラリと光り応答する。

だから、そんな物騒な光通信をしないでよね、と。

自分で水をくむのが嫌なので、黙ってはいるけどね。


あとは……。


「火がありますと何かと便利ですので、先ほど通ったリビングに暖炉がありましたから、火でもおこしましょう」


「そうだな。よし、そこのお前、薪を集めてこい」


なかなかに魔王様は人(?)使いが荒い方のようですね。


◆◇◆◇◆


「んー。美味」


「少し意外だな。お前、料理が出来たのか」


「まあ、簡単な調理程度ですけどね」


なんとか、飲み水が手に入ったので、キッチンでも火起こしをして、馬車の中に積み込んでおいた、干し肉とチーズと豆とで簡単なポタージュを作った。それと、小麦粉を練って、干し葡萄や、干しイチジクを少々いれた簡単なパンケーキも焼いて、腹持ちを良くする。


こんな時には、調理のスキルが役に立つなー、なんて思う。


本当は外出できるならばハーブや、山苺なんかも見つかったかもしれないが、もう遅いので、そういった危険なことはしない。

館の中を少しだけ探索して、地下の貯蔵庫を発見したのだが、食材についてはもぬけの空だった。

一応、瓶も何本かあったのだが、中身の色がすごいことになっていたので開けることなく放置することにした。


あとは、明日の朝の分のパンでも焼いておこうかしら。

でも、生鮮食品はどうやって手に入れようかなどと思案をする。

まあ、どちらにしても、この天候だとどうしようもないが。


「えーと。とりあえず、湯編み用のお湯も用意しましたので、汗などの汚れを落としましょうか?」


「……ふふふ。アインスよ。俺を誰だと思っている。先ほど部屋の探索をしているときに、蒸し風呂の設備が整った部屋を発見しておいたから、今、部下に掃除をさせている。そこがきれいになったら、蒸し風呂にするぞ」


「あー、それっぽい部屋がありましたねー。じゃあ、掃除が終わりましたら、蒸し風呂用の石を焼かないといけませんね」


「よしそこのお前、暖炉に石をくべて焼いた後、風呂場へと持っていけ」


言葉を発することなく、命令に従う従者A。というか、そんなに重そうな石をよく運べるね。


そんな風に思いながら作業を見守っていると、焼けた石を、道具も使わず、風呂場へとそのまま手で運んでいったわけですが。

……もう、気にしないことにしよう。


「さて、そろそろ準備できたから入るか!」


「あ、どうぞ、先に入っちゃって下さい。私は後で入らせていただきますので」


「何をいっている。一緒に入るぞ。別々に入るなど、資源の無駄遣いだからな」


むむむ。そう言われると、なんだかそんな気がしてくる。


「そ、そうですかね? で、でも少々気恥ずかしいのですが」


「なんだ、アインスらしくないな」


「そ、そんなことはないと思うのですが……」


あれー? 私のイメージってそんな感じだっけ?


「うむ。なに、俺とお前の中だ。共に蒸し風呂に入ることを許す」


「あー、えーと。ありがとうございま、す?」


なしくずし的に一緒に入ることになってしまった。

ま、お互いに裸を見たことあるし、まあ、いいのかなー。


◆◇◆◇◆


とりあえず、私にも一人前には、羞恥心というものがございますので、風呂場では隅っこの方で縮こまって入る。

一応薄布をまとって入っているので、見えない……はず。


風呂場は真ん中に石造りの桶と、その周囲に石造りのベンチのような座るところとでできている。

石造りのベンチに直に座ると非常に熱いので、板木や絨毯なんかを調達して適当に下に引いた。

真ん中の石の桶の中に焼けた石をおき、そこに水をかけると、むわっとした蒸気があたりに立ち込め、部屋内がサウナ状態になる。

あとは、館の近くで手に入れた葉っぱつきの木の枝でもって身体中を叩き、垢を落とす。

実に蛮族な感じである。


石桶の真ん前には魔王が座り、一心不乱に水を焼けた石にかけ、部屋の温度を調整している。

なんだってまた、そんなところに拘るんですか?


「……あー。マオール様。なかなかの良い加減です」


「うむ。そうであろう、そうであろう」


やはり、真剣にお湯を焼け石にかける魔王様。

こちらには、あまり注意を向けない。

ちなみに魔王様は薄布などという野蛮な風習はないらしく、男らしく引き締まった肉体をこちらに見せつけてくれる。

しかし、魔王様。なかなかに惚れ惚れするようなボディラインですね。

ま。別に気になりませんけどね。あれが、チラチラと視界には入るけど。


……で、何事も起こることなく風呂からあがり、毛布にくるまり、部屋で雑魚寝をする。


夜中に魔王に襲われる……というイベントもなく、爽やかな朝を迎えた。

外の雨もやんでいる。


あれ。少しだけ意外。

もうちょっとドキドキなイベントがあるのかもなどと、勝手に思っていただけに。


はぁー。ドキドキしながら寝転がった自分が一番バカみたいだ。

なんだか、色々とサバイバルな体験をした一日だったなあ。


次回更新は来週を目標にがんばりまーす。

過去分に関しては、適宜修正していますが、シナリオの変更は特にありませんので、読み直すほどのものではないと思いますのでご承知おきください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ